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キルロイド  作者: 武嶌剛
第二章 約束
17/51

夜の攻防 (2/3)

 なまぬるい夏の闇。


 秀一が街路灯の並ぶ白い道をゆっくり進むと、すぐに彼女はこちらに気がついた。

 二人の目が合うと――ノインは、思わず表情をこわばらせた。


「げっ、あ、アンタッ……?!」

「よう。昨日ぶりだな、マイハニー」

「き、キモ……」


 秀一のキザな台詞に、彼女はぞぞぞっと両腕を震わせた。

 すぐにでも襲いかかってくるかと思ったが、やはり追跡はうまく成功していたのだろう。


 彼女は、まるでこちらに気がついていなかったようで、面食らったように驚いている。そして、秀一にとびきり警戒している様子だった。


(……もう少し、隙を作らないとな。不本意だけど、手っ取り早いのは――)

「昨日の言葉だけじゃ足りなかったろう? 今日はもっと愛の想いを伝えようと思ってね――」


 胸元に手をあてて、まるで貴族のようなポーズを取って、秀一。

 だが、彼女は予想外の反応を示した。


「……ふふ。そんな手がまだ通用するとでも思ってるの? こっちは今日、アンタを確実に殺すため、とっておきの秘策を準備してたんだから――」

(なっ――!?)


 慌てる秀一。

 そうして彼女はポケットをゴソゴソさせると、その秘策とやらを片手に掲げてみせた。

 青色の小さな粒が二つ――というか、それは、


「……ただの耳栓?」


 であった。

 少女は得意げに笑うと、


「わはは! これでアンタのゴキブリじみたおぞましい口撃なんか、すべて漏れなくシャットアウト! あとは、ゆっくりねっとりたっぷり、いたぶってあげるわ!」


 そう言って、両耳にいそいそと栓を詰めていった。

 てっきり拳銃でも出てくるかと思っていたので、秀一は少し拍子抜けしていた。


(……そういえば、さっきの男とのデートでなんか買ってたのが、コレってことか――)


 さすがは殺人兵器のキルロイド。一応、なにも考えずに遊んでいたわけではないのだなと、秀一は微妙な感心を示した。


 無事に装着を終えると、彼女は高飛車に命令してみせた。


「アンタ。試しにちょっと喋ってみなさいよ」


 さっそく耳栓の効果を試してみたいのだろう。

 秀一は声のトーンを下げて、とても紳士的な口調で語りかけてみた。


「俺の願いはただ一つ。お前の体の匂いがとても知りたい」

「うむうむ。聞こえないわね」


 山の上にそびえ立ったように両腕を組んで、ノインが満足そうに頷いている。

 秀一がそんな変態な台詞を口にしていたとは露知らず、彼女はなおもテストを続けた。


「もっと大声だと、どうかしら?」


 彼女は、まるで買ったばかりの玩具を試したくて、ウズウズしている子供のようであった。うきうきとした笑みを浮かべている。


(……こんな上手くいって良いものなのか……?)


 一方で、秀一は訝しんでいた。なにしろ彼女のほうから、わざわざ隙を作ってくれているのだ。一瞬、罠も疑ったが、彼女の様子からして、それはない。どう見てもチャンスだった。見逃すべきではない。


 意を決すると、秀一は息を吸って、大声で伝えた。


「春香さん! 今!」


 もちろん、それは合図だった。

 そして――


「なんだオマエ――! はなせッ――!」


 当然、そんな悲鳴で春香が怯むわけがない。

 春香は己の長い手足でがんじがらめに羽交い絞めにすると、彼女の四肢を完全に拘束していた。


 そして、例のスイッチを無事に押したのだろう。きっかり三秒後、ノインは、ろくな悲鳴をあげる間もなく、その場にドサッと崩れ落ちた。


「……もう。あんまり隙だらけで、こっちは逆にタイミングに困っちゃったわよ」


 春香は、秀一のほうへ視線を送ると、両手を広げて深々と嘆息した。


「用意してた作戦……。ほとんどいらんかったですね」


 秀一もまたあきれていた。

 こうして戦いは、あっさり終焉を迎えてしまったのであった。


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