夜の攻防 (2/3)
なまぬるい夏の闇。
秀一が街路灯の並ぶ白い道をゆっくり進むと、すぐに彼女はこちらに気がついた。
二人の目が合うと――ノインは、思わず表情をこわばらせた。
「げっ、あ、アンタッ……?!」
「よう。昨日ぶりだな、マイハニー」
「き、キモ……」
秀一のキザな台詞に、彼女はぞぞぞっと両腕を震わせた。
すぐにでも襲いかかってくるかと思ったが、やはり追跡はうまく成功していたのだろう。
彼女は、まるでこちらに気がついていなかったようで、面食らったように驚いている。そして、秀一にとびきり警戒している様子だった。
(……もう少し、隙を作らないとな。不本意だけど、手っ取り早いのは――)
「昨日の言葉だけじゃ足りなかったろう? 今日はもっと愛の想いを伝えようと思ってね――」
胸元に手をあてて、まるで貴族のようなポーズを取って、秀一。
だが、彼女は予想外の反応を示した。
「……ふふ。そんな手がまだ通用するとでも思ってるの? こっちは今日、アンタを確実に殺すため、とっておきの秘策を準備してたんだから――」
(なっ――!?)
慌てる秀一。
そうして彼女はポケットをゴソゴソさせると、その秘策とやらを片手に掲げてみせた。
青色の小さな粒が二つ――というか、それは、
「……ただの耳栓?」
であった。
少女は得意げに笑うと、
「わはは! これでアンタのゴキブリじみたおぞましい口撃なんか、すべて漏れなくシャットアウト! あとは、ゆっくりねっとりたっぷり、いたぶってあげるわ!」
そう言って、両耳にいそいそと栓を詰めていった。
てっきり拳銃でも出てくるかと思っていたので、秀一は少し拍子抜けしていた。
(……そういえば、さっきの男とのデートでなんか買ってたのが、コレってことか――)
さすがは殺人兵器のキルロイド。一応、なにも考えずに遊んでいたわけではないのだなと、秀一は微妙な感心を示した。
無事に装着を終えると、彼女は高飛車に命令してみせた。
「アンタ。試しにちょっと喋ってみなさいよ」
さっそく耳栓の効果を試してみたいのだろう。
秀一は声のトーンを下げて、とても紳士的な口調で語りかけてみた。
「俺の願いはただ一つ。お前の体の匂いがとても知りたい」
「うむうむ。聞こえないわね」
山の上にそびえ立ったように両腕を組んで、ノインが満足そうに頷いている。
秀一がそんな変態な台詞を口にしていたとは露知らず、彼女はなおもテストを続けた。
「もっと大声だと、どうかしら?」
彼女は、まるで買ったばかりの玩具を試したくて、ウズウズしている子供のようであった。うきうきとした笑みを浮かべている。
(……こんな上手くいって良いものなのか……?)
一方で、秀一は訝しんでいた。なにしろ彼女のほうから、わざわざ隙を作ってくれているのだ。一瞬、罠も疑ったが、彼女の様子からして、それはない。どう見てもチャンスだった。見逃すべきではない。
意を決すると、秀一は息を吸って、大声で伝えた。
「春香さん! 今!」
もちろん、それは合図だった。
そして――
「なんだオマエ――! はなせッ――!」
当然、そんな悲鳴で春香が怯むわけがない。
春香は己の長い手足でがんじがらめに羽交い絞めにすると、彼女の四肢を完全に拘束していた。
そして、例のスイッチを無事に押したのだろう。きっかり三秒後、ノインは、ろくな悲鳴をあげる間もなく、その場にドサッと崩れ落ちた。
「……もう。あんまり隙だらけで、こっちは逆にタイミングに困っちゃったわよ」
春香は、秀一のほうへ視線を送ると、両手を広げて深々と嘆息した。
「用意してた作戦……。ほとんどいらんかったですね」
秀一もまたあきれていた。
こうして戦いは、あっさり終焉を迎えてしまったのであった。




