追跡 (2/2)
それから夜の時間になり、デートはなおも続いていた。
彼女たちは、クレープに始まり、ゲームセンター、ショッピング、そして、カップルの定番とも呼べる展望台まで移動していた。街のイルミネーションを一望できるガラス越しの景色が、ムード抜群な雰囲気を作っている。
至る所にべったりと寄り添うカップルが大勢いたが、ノインとナンパ男は、さすがにそこまでの関係に至っていない。ただ、先ほどよりは距離も縮まっているように見える。
そんな二人を柱の陰からこっそり追跡して……
秀一は、すっかりげんなりとしていた。
「……ねえ、春香さん……。これは、さすがにいささかの罪悪感を覚えてきたんだけど。今のおれたちって間違いなく変態的っていうか……これ、ただのストーカー行為ですよね……?」
だが、春香は急に血相を変えて、
「困ったわ。秀一くん。これは……非常にまずいわ」
そう声を震えさせた。秀一がごくりと唾を飲み込む。まさか追跡はなにか致命的な失敗をしているのだろうか。
「な、なにがまずいんですか……?」
「私の予想は大きく外れてしまった。あの男、かなりの手練れだったみたいよ」
彼女の警戒するような言葉に導かれ、秀一は男の様子をあらためて慎重に観察しなおした。
確かに、男の体格は優れている。喧嘩にも慣れていそうな面構えだった。もし真正面から喧嘩したら、自分では到底勝てそうにない。
しかし、その程度の人間的な強さに対して、キルロイドの如月春香がわざわざ恐れることはないだろう。
そうなると、導かれる答えは一つしかなかった。
「もしかして、あいつも春香さんと同じキルロイドだっていうのか――!?」
春香がこくりと頷く。
そして、真剣なまなざしを向けて、力強く断言した。
「このままだと、あの子、ベッドインよ。確実にホテルか自宅に連れ込まれるコースだわ」
秀一はまたしてもぶっ倒れた。しかも今度はさっきよりも盛大に、まるで棒切れのようになって、フロアーの床にべたんとはりついた。
「あら、なにやってるの秀一くん。そんな目立つ行動したらバレちゃうわよ」
柱の陰から春香に首根っこを掴まれて、ただちに回収される秀一。
たまらず、彼は声を荒げた。
「真面目にやってくださいよ! なにを考えてるんですか!」
春香がぼやくように口を尖らせる。
「カリカリしないでよ。固いわね、秀一くん。それに、冗談は冗談でも、いちおう本当の話なんだから。あの男、間違いなく彼女をさらに誘うでしょうし」
「誘うったって……」
じっと春香の身体を見やる秀一。そんな視線を察したのだろう、彼女のほうからこう切り出した。
「中身はロボットだものね。女として抱けるのか? そう思ってるでしょ」
「いや、その……」
「でもね。その考えは逆なのよ、秀一くん。言ったでしょう、キルロイドは殺人兵器だって。だから愛玩道具としてもたいへん優れた機能を持っている。相手を籠絡して隙だらけにするためにね」
「なるほど……くノ一のお色気みたいなものってことか。それは確かに理に適ってるかも――」
綺麗な薔薇にはなんとやらである。彼女たちキルロイドが美しい見た目をしている理由は、そういう暗殺めいたことを実現するためだったのである。確かに、自分も昨晩、まんまとノインの外見に釣られてしまったばかりであった。
そして、春香はさらにこんなことも付け足した。
「ふふ。もう一個、オマケで教えてあげる。キルロイドには出産機能はないから……ぶっちゃけ、やりたい放題よ。人間よりイイの」
秀一はブッと吹き出すと、
「……いっとくけど、俺はそんなことまで聞いてないからね!?」
名誉と誇りにかけて、慌てて全力で否定しておいた。
だが、彼女は見透かしている。全能なる神のように。
「えー。そういう話、本当は聞きたいんでしょ、秀一くん。あんなエグいモノ好んで見てるくらいだし」
「うぐ……そ、それは……」
返す言葉が見つからない。なにせ、彼女はEドライブの秘密を知っている。彼女の前では、自分には名誉も誇りも残されていなかった。
性癖のすべてまでバレている女性――こんなに恐ろしい存在は他にいない。地獄の閻魔が男だとすれば、彼でも怯える相手だろう。
がっくりとうなだれる秀一をひとしきり面白がると、春香は話を元に戻した。
「ま、とはいっても、さすがに彼女も夜の誘いは断ると思うわ。私たちにも感情があるから、必要のない安売りはしないわよ。ホラ、見て」
彼女の言葉に釣られて見ると。どうやら春香と喋っている間に、事態は急展開を迎えていたようだった。
男は急にキスを迫っていて、ノインはそれに拒絶を示した。
そして、さらにしつこく迫る男に、彼女はついに鉄拳制裁。
ピクピクと地面に倒れる男をそのままに、ノインは気まずそうになって急いでその場から逃げ出していた。
かくして彼女のデートは、ようやく幕を閉じてくれた。
(まあ、あの恥ずかしがりな性格を考えると……ああなるわな)
そんなことを、秀一が独りごちる。
春香は告げた。
「チャンスね。もう夜も遅いし、彼女もようやく一人になるはず――」
そうして二人は彼女の跡を追いかけた。




