追跡 (1/2)
秀一がとんだ辱めを受けた後、二人は街にやってきていた。
見渡す限りのビルと雑踏――その日陰になった一角で、かれこれ三十分ほど彼らはターゲットを張り込んでいた。
むろん、二人とも目立たないような軽装に着替えており、人々の傍目には、ほとんど兄弟みたく見えるよう簡単な扮装を工夫している。
「夕方になっても、まいっちゃう暑さね……」
春香がぼやく。秀一もまったく同感であった。できることなら、早く冷房の効いたデパートにでも入りたい気分である。だが、そこを離れるわけにはいかなかった。
「……なんで、クレープ屋の前なんかに座りこんでるんでしょうね、あいつ」
なぜなら二人の視線の先に、彼女の姿があったからだ。金髪金眼のキルロイド――ノインである。
春香はじっと彼女の様子を見ると、さして考えもしないで、直感のように答えた。
「きっと見たまんまじゃないかしら。クレープでも食べたいんでしょう。それで、お金がなくて見てるだけって状況」
そのなんとも間の抜けた回答に、秀一はガクッと肩を落とした。
あれだけの冷徹な殺し屋に想像もつかない理由だったからだ。
「……そんなバカな。だいたい、アイツ、クレープなんて食べられるんですか――」
そう言いかけたところで、秀一は気がついた。
「――って、そういえば……春香さんも普通にモノ食べてますよね。もしかしてキルロイドの食事も人間と同じ方法なんですか?」
「そうね。詳しくは教えられないけど……感覚的には、ドラ○もんみたいなモンって覚えておいてもらえば、とくに不都合はないわ」
「……なんちゅう便利でテキトーな例え。まあ、べつにいいですけど」
秀一は嘆息すると、そこで質問を止めておいた。どうせそれ以上は聞いても教えてくれないことだ。
そうして、さらに待ち続けていると、しばらくして目標にようやく動きが生じた。
「あれ、春香さん」
「ええ――」
秀一の呼びかけに春香が答える。なんとノインに対して接触する者が現れたのである。アロハシャツに、サンダル――軽妙洒脱な装いの優男が彼女へ声をかけていた。
「……なるほど。そういう狙いだったのね、あの娘」
目深に被ったハンチング帽のツバの下で、春香が神妙な顔つきを浮かべる。
その雰囲気で、秀一もなんとなく察した。すなわち、組織めいた敵の存在を――
「あいつは……まさか、ノインの協力者――? それを待っていたってことか……」
だが、秀一の推理を、春香はきっぱり否定した。
「違うわよ。あれはナンパね。それも極めてベタな類のもの。ほら見て、まんまとクレープゲット。男は女を釣ったと思って、女は男を釣ってる浅ましいシーソーゲームの始まりよ」
思わず、ずっこける秀一。
眉根を釣り上げて、ぴくぴくと顔をひきつらせる。
「え、ええと……。春香さん? なにいってるんです?」
「なにって。見たまんまのことだけど」
「だって、あいつキルロイドなんですよね? ナンパって……しかも応じてるし」
「べつに不思議じゃないわよ。私たちには感情が備わってるんだし。恋の一つだってするわよ」
「……だとしても、ほっといていいんですか。あの男の人、このままだと危ないんじゃないですか?」
「うーん。べつに良いんじゃないかしら。彼女もこんな人の多い場所で騒動を起こそうなんて思わないはずだし。うまくいけば隙が生まれるかもしれないしね。しばらくは泳がせて、様子見にしましょう」
いかにも冷静な口調のように振舞っているが、しかし、どう見ても、彼女の表情は楽しげである。
「……なんか春香さん。キャラ激変してません?」
「ふふ。良い勉強になったでしょう。色んな表情があるものよ。女って」
ほっぺに指を添えて、春香がポーズを決める。
秀一はどっと疲れたように、嘆息した。
(……俺の中の春香さん像がドンドン壊れていく……)
それはまるで、天女が魔女に堕ちていくようであった。




