如月春香の秘密 (2/2)
(……春香さんがキルロイド……)
秀一は心底びっくりしていた。五年間も顔を突き合わせていて、まったく気がつかなかったのだ。いや、それよりも秀一は、昨晩の彼女の言葉を思い出していた。
――限りなく人間に近い姿をした殺人兵器なの――
「まさか、春香さんも殺人を……?」
おそるおそる尋ねると、春香は面白がるように口元を押さえてみせた。
「……さあ? どうかしらね」
秀一の顔が青ざめていくことに気づくと、春香はそこでからかうことをやめた。
「ふふ。安心しなさい。私は確かにキルロイド。でも、欠陥品なの。時空遷移がスムーズに成功しなくてね。その影響で、殺人命令に対して自分で制御をかけられるようになったの。貴方たち人間が普段、無意識にセーブしてるようにね。だから不要な殺人なんてする気はまったくないわ。おかげで普通に暮らせてるの――」
そう言いながら、春香は縁側に転がっていた石を拾いあげた。
それを秀一にも見えるように突き出すと――その細い三つ指にほんの少し圧力をこめるだけで、持ち上げた石をバキッとたやすく押し割ってしまった。いったい、ほっそりした身体のどこにそんな力が蓄えられているのか――つまり、それがキルロイドの証ということなのだろう。
割れた石の破片を見ながら、秀一が尋ねる。
「もしかして……うちの家政婦になってたことって、今回の一件と関係があるの?」
「答えたくないってカンジだけど、それくらいは教えてあげる。答えはイエス。私はある理由から、貴方がいずれキルロイドに襲われる可能性を知っていた。だから、事前に監視するようにしていたの」
「……なんで襲われることを知ってるの、って聞いても、教えてはもらえないんだよね?」
「そういうことね。ものわかりが良いと助かるわ」
それらは、あまりに予想を超えた話である。ただ、受け入れなくてはいけないことだった。
「ま……。俺はべつに気にしないよ。最初はちょっとびっくりしたけど……春香さんは春香さんだ。そうだよね?」
「貴方が秘密を守ってくれるなら、私もそうしたいと、少なからず願ってるわ」
「うん。約束するよ」
彼女が満足そうにうなずくと、秀一はふっと一息ついた。
それから彼はスマホを取り出すと、その小さな液晶に、昨晩のニュースの一件を表示させた。破壊されたタクシーの画像と運転者のイカれた供述が、そこには記載されている。
「それで、昨日のことなんだけど――」
そう切り出して、秀一は昨晩の出来事の概要を伝えた。
そうして春香が端的に内容を理解すると、彼女は一つ問題点を口にした。
「ふぅん……少し厄介ね。そのノインって子。キルロイドの性能としては私よりかなり上っぽいわ」
「……勝てなさそう……?」
春香は自分の顔に向けて、広げた手をかかげると、そのままアゴを天井へ突き上げて、まるで頭部を撃ち抜かれたようなジェスチャーをしてみせた。
「問題はコレね。タクシーのボンネットをカンタンに破壊してしまったんでしょう? それだけの威力だと、いくら私の身体でも致命傷になってしまうもの」
秀一はありありと思い出せた。その『光の杭』の威力と恐ろしさを――あんなものを喰らえば、だれだってひとたまりもない。
「……ちなみにだけど、同じキルロイドなら、春香さんも似たようなことができるの?」
期待するように尋ねるが、彼女は首を横に振った。
「ごめんなさい。残念ながらできないの。私にもちょっとした攻撃系の能力は備わってたんだけど、それも時空遷移で壊れてしまったみたいでね……」
「つまり……まともに取っ組み合うと、危険ってことか」
「そう。だから、一番の良策は、奇襲よ。向こうは、自分と同じキルロイドが、まさか貴方の味方をしているなんて思いもしないでしょうから、不意をつければ、まず成功するわ」
「でも……どうやって? こっちから攻撃を仕掛けるには、アイツの正確な居場所が分からないと難しいよね。……昨日の場所にいればいいんだけど、鉢合わせなんて一番避けたいし――」
心配そうに眉をひそめる秀一に、春香はご機嫌そうに人差し指を掲げて、こう告げた。
「それなら心配いらないわ。さっきまで貴方が学校に行っている間、私は昨晩の場所を調べていたの。そしたらやはりあの子、そこに隠れて住んでて、ついでに隙があったから、彼女の私物に発信機をこっそり仕掛けておいたの。だから、いつでも追跡可能よ」
それはなんとも頼もしい話だった。
しかし、同時に秀一には、腑に落ちない点が一つ生じた。
「……えっと……。俺、昨晩に話しましたっけ? ノインに会った場所なんて」
すると、春香は秀一のスマホを得意げに指差して、答えた。
「なにいってるの。そんなこと聞かなくても分かるわよ。だって、そこにしっかり記録してあるじゃない」
「……ス、スマホって、俺、見せてないですよね――?!」
秀一の声がたまらず裏返る。
(……なんだかものすごく嫌な予感が――)
むろん、それは見事に的中する。
「ええ。でも、さっき言ったでしょう。私は貴方のことをずっと監視してた――って。それはつまり、スマホからパソコンまで……ナルルのデジタルデータからEドライブの中身まで、ぜーんぶ、って意味よ」
彼女はけろっとした調子で、そんなとんでもないことを打ち明けてみせたのである。
一瞬にして、秀一の顔に、濁流のような汗がどばっと噴き出していった。
「ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜーんぶ………………?」
春香は満面の笑みを浮かべて、
「そう。ぜーんぶ。○×▼◆○▼◆○×▼◆×▼◆(およそ如月春香が口にしないような卑猥な文字列たっぷりのタイトル)とか、×■■×◆◆○□▼◆◆○□▼△△(およそ業界のプロの方でも実演をためらうほどおぞましいイメージプレイの名称)とかもね」
そんな誰もが知り得ない秀一の秘密を、一字一句間違えず、正確に答えてみせた。
「……」
かくして――
ナルルデジタルデータ流出事件の謎は、わずか一日ですべて解決とあいなった。
犯人は彼女、如月春香だったのである。彼女が母親へ情報を漏らし、そこから琴子へ派生、という簡単なルートだ。
確かに、未来の世界の技術を知る彼女なら、セキュリティ突破も容易なのだろう。
だが――今はそんな真相のことなどどうでも良かった。
その後、秀一の悲鳴が庭一帯に響き渡ったのは、語るまでもないコトである。




