第009話 起きたら魔王になってた件
「支配の魔王……それにこの見た目の変化……これ、俺も魔王になったってことなのか……!?
だとしたらストーリーへの影響は……? これから俺、どうすれば良いんだ……!?」
場所はコルマール村の広場に張った天幕の中。
絶賛混乱中の俺がぶつぶつ素で呟いていると、ラミルルが焦った様子で口を開いた。
「あ、あの、デュラン様! 顔色がひどいですし、ご様子も変です……わたし、神官様をお呼びしてきます……!」
「ま、待て! それには及ばん。どうやら俺様の天職が進化して、その影響で見た目も変わってしまったらしい。体調も悪くないし、むしろ絶好調だ」
「そ、そうなんですか!? えっと……でしたら、おめでとうございます……?」
「ワフン……?」
ラミルルとベルは、あまり納得できていない様子で顔を見合わせた。
そりゃそうか。いきなり肌の色が緑から薄紫に変わって、額に宝石が生えるなんて、この世界の常識でも異常だ。
「うむ、ありがとう……それで、えっと……少し時間をくれ。新たな天職について考えたい」
俺は二人にそう言うと、ベッドに腰を下ろして思考を巡らせ始めた。
俺はカオスマキアを誰よりもやり込んだ自信があるが、支配の魔王なんて天職は初めて見た。
初見の天職を得て嬉しい気持ちもあるけど、「魔王」というのが非常に不吉だ……カオスマキアでは、魔王と勇者は殺し合う定めにあるからだ。
俺が見てきた99個のエンディングでは、魔王と勇者はそのどちらか、あるいは双方が必ず命を落としていた。
もしかしてこれ、露骨な死亡フラグなんじゃ……?
「あ、あんなに頑張って準備して、この村で死ぬ運命から逃れたのに……」
項垂れて呟く俺に、ラミルル達が心配気な視線を向けてくる。
というか、そもそもなんで天職が魔物使いから進化したんだ?
俺は勇者と戦う前の段階で、すでに魔物使いの天職を限界まで鍛え、位階も種族上限に達していたはずだ。
そうなると……心当たりは一つだ。勇者に勝利する。これが進化の条件だったんじゃないだろうか?
その点も考えると、昨夜の夢で遭遇したあの強大な存在の正体も想像が付く。
きっとあれは、暗黒神エレボロスだったのだ。そもそも、魔族に天職を授けてくれるのって暗黒神だけだし。
そして勇者は、暗黒神と敵対する光輝神の御子だ。その勇者を倒したご褒美か何かということだろう。
——まぁ、全て推測の域を出ない話だ。
神々の思惑は置いておいて、今は天職に付随した新たなスキルの確認が先だ。
死亡フラグを乗り越えてラストエンディングに辿り着くには、やはり力が必要なはずだ。
「魔王の器に、支配か……」
一つ目の魔王の器については、実は見たことがある。
カオスマキアで何度も戦ったラスボス、魔王グラノスが持っていたスキルと同じなのだ。
これは使用者の全能力値と耐性を激増させ、レベル上限を無くしてしまうチート級のパッシブスキルだ。
現に、体の奥底から強大な力が湧き上がってくるのを感じる。
次に二つ目の支配。天啓で得られた情報では、これは調伏の強化版のような魔法らしい。
この魔法が成功すると、対象を「配下」にすることができる。
配下は俺の位階に応じて能力値が強化され、さらに俺自身も配下の数に応じて能力値が上昇する。
つまり俺は、配下を作れば作るほど際限なく強くなれるというわけだ。
非常に強力な……いや、強力過ぎる魔法だ。一つ目の魔王の器が霞むほどに。
だが問題もある。それは魔法の対象が、魔物から人にまで拡張されてしまっている点だ。
魔物であるヴァッカス達を配下にするのにも罪悪感があったのに、人間相手になんて使えるわけがない。
あと名前が悪過ぎる。もし人格に強い影響を及ぼす洗脳じみた魔法だったとしたら……
効果はとても魅力的だけど、ちょっと怖すぎて使えないな……
——キィィィン……
「ん……?」
そう思った矢先、ラミルルとベルの足元に禍々しい魔法陣が生じた。
「え……!?」
「ワウッ!?」
「なっ……馬鹿な! 俺様は使ってないぞ!?」
思わずベッドから立ち上がる。直感的に、それが支配のスキルによるものと分かった。
まさか、周囲に対して無差別に発動するスキルなのか……!? ——くそっ、駄目だ! 止められない!
魔法陣は俺の意思を他所に展開を続け、黒い光を放ちながら二人を包み込み、消えた。
直後、ベルだけでなく、ラミルルとも強い繋がりが生まれたのが分かった。
そしてベルの額には、支配が成功した証だろう。俺の生家、ヨーヴル男爵領の猪を模った紋章が現れていた。
「ベル、そんな……! ラミルル! お前の体のどこかに、ベルと同じ紋章が現れていないか……!? すぐに確かめるんだ!」
「え……!? も、紋章ですか……? えっと……あの、調べますので、その……」
ラミルルは俺の剣幕に少し怯えつつ、恥じらうように両手で胸元を隠した。
「あ……す、すまん」
俺がそう言ってラミルルに背を向けると、少しして背後から衣擦れの音がし始めた。
そ、そうだよな。確かめるには脱ぐしかないもんな……
「あっ……あ、あの、デュラン様。見つけましたぁ……」
「本当か……!? くそ、やはり成功してしまって——」
慌てて振り返ると、ラミルルはメイド服のボタンを開け、赤面しながら胸元をはだけていた。
一瞬、彼女の豊かすぎる谷間に目が吸い寄せられたが、その少し上の胸元、そこに紋章が刻まれてしまっているのが見えた。
やはりラミルルも……しかしなんて場所に……
「えっと……確認した。もう仕舞っていいぞ」
「は、はいぃ……」
顔を背け、ラミルルが衣服を直し終わると、俺は震える声で二人に尋ねた。
「二人とも、何かこう、変化はないか……!? 例えば、俺様の命令に絶対服従してしまいたくなったり、俺様のこと異常に好きになっていたり……」
俺はこの世界に転生してから、大半の時間を二人と過ごしてきた。
その彼女達の人格を、俺がスキルで歪めてしまったのだとしたら……
言い知れない恐怖と巨大な罪悪感に、胃のあたりが冷たく、重くなってくる。
だが本人達は互いに顔を見合わせ、首を傾げている。あれ……?
「ワフン……?」
「えっと、どうでしょう……? わたし達は昔からデュラン様の家来ですから、ご命令には従いますし……その、元々ご主人様として、お、お慕いしていますし……
あ、でも……さっきみたいなご命令は、その、ちょっとだけ心の準備をさせて欲しいですぅ……」
ラミルルが大きな体を縮こまらせ、消え入るような小さな声で言う。先ほどからずっと顔が真っ赤だ。
なんか、大丈夫そうだな……二人が変わってしまった様子はない。洗脳されてしまうという俺の予想は、幸運にも外れたのだ。
「そう、か……はぁーーー……」
俺は巨大な安堵の息を吐きながら、崩れるようにベッドに座り直した。
支配と言う名前の割に、どうやら人格への影響がないスキルのようだ。
そこは本当に良かったけど、発動条件がわからないな……
——もしかして、俺への忠誠心とか、好感度なんかが発動条件なのか……?
一定の条件を満たす対象が俺の前に現れると、自動的に発動してしまうとか……
かなりはた迷惑なスキルだけど、完全に無差別というわけでもなさそうだ。そこは不幸中の幸いだな。
あとは、なんとか発動を制御したいところだけど……
「そうだラミルル。先ほどのような命令は二度としないから安心しろ。すまなかったな」
「え……? そ、そうですか……」
ラミルルは、ほっとしつつ残念がるような、なんとも不思議な表情になった。
あれ、何か変なこと言ったかな……?
「デュラン様! 少しよろしいでしょうか!」
話がひと段落したところで、天幕の外から声をかけられた。
「ああ。入って良いぞ」
そう答えると、入ってきたのは小隊を任せている騎士だった。
「失礼致し……!?」
しかし彼は俺の顔を見ると、驚愕の表情で固まってしまった。
あ、そうか。彼も今の俺は初見だった。いきなり上司の顔色が緑から紫に変わったらビビるよな。
「あー、この顔のことなら気にするな。少々魔術の実験に失敗してな……それでどうした?」
「な、なんと。そうでありましたか……では報告いたします! 隣の天幕にて拘束していたヒューマンの娘が、先ほど目を覚ましました!」
「……! そうか。すぐに向かう。案内せよ」




