第007話 勇者が現れた!
「ま、魔族……!? なんでこんなところに!? みんな、魔族の軍隊だー! 馬鹿でかい魔物もいるぞー!」
村の物見台に立つ男が、進軍してくる俺達に気付いて必死に声を上げている。
俺を乗せたベルが一気に速度を上げ、小隊を引き連れて村の防壁に設けられた大扉に向かう。
「しっ!」
一息に放った何十もの斬撃が、分厚い大扉を細切れにした。
遮るものが無くなった村の中から絶望的な悲鳴が上がる。
俺達は行軍速度を緩めながら、悠々と村の中へ侵入した。
「男衆、武器を取って集まれ! 女子供は家から出るな!」
「くそっ、なんでよりによってあいつらがいない時に……!」
「馬鹿野郎、相手は軍隊だぞ!? あいつらいても無理だ! お前らも抵抗するんじゃねぇ!」
村の中は混沌としていた。
俺達に剣や農具を向ける男もいれば、それを諫めたり、震えて動けないでいる男もいる。
種族はヒューマン……地球世界における人間に当たる種族が多く、ケモ耳の生えたハーフビーストなどの姿もちらほら見える。
戦えそうなのは精々三十人くらいか……原作同様、今この村の最大戦力は不在らしい。
対するこちらは完全武装の小隊。数の上では彼らと同じくらいだが、全員鍛えた戦闘向きの天職持ちだ。三つの首をもつ巨犬のベルまでいる。
村人側もその戦力差を分かっているようで、その全員が悲壮な表情をしていた。
そして彼らの背後に並ぶ木造の家々からは、子供の泣き声まで聞こえてくる。
めちゃくちゃ罪悪感を感じる……ストーリー上、俺はこの村を侵略しなければいけない。けれど、その方法は多少穏便でもいいはずだ。
俺はなるべく刺激しないよう、落ち着いた声色で呼びかけた。
「俺様はデュラン! ヨーヴル男爵家が長子! 魔王様の命により、奪われし祖先の地を取り戻すために来た!
今からこの村は俺様のものだ! 武器を捨て、素直に従うなら命と生活は保証してやる!」
——デュランのキャラを保ちながら、なるべく穏便に呼びかけてみたけど……これ、相手の神経を逆撫でするだけなのでは……?
「ふ、ふざけるな! そんなの信じられるか! この汚らわしい——」
「ガオン!」
案の定、村の男の一人が俺を罵倒し始めたが、それに被せるようにベルが吠えた。
「「ひぃっ……!」」
巨獣の咆哮に、村人達が震えながら後ずさる。
俺はベルの背中をひと撫ですると、再度声を上げた。
「もう一度だけ言う! 武器を捨てて両手を上げろ! 抵抗すれば、命の保証はない!」
再度の警告。よほど怖かったのだろう。村人達は素直に俺の指示に従い、武器を手放して両手を上げた。ほっ、よかった……
「よし! お前達、村の広場に全ての住人を集めろ。まずは人数を把握したい。丁重にな」
「「はっ!」」
俺の指示に小隊の騎士と兵士達が応え、キビキビと動き始めた。
住人を移動させる彼らの様子を見ていると、多少荒っぽいものの無体を働く様子はない。
略奪暴行禁止。可能な限り殺すな。その代わり給金は通常の三倍出す。そう言いふくめていたおかげだろう。
広場にはすぐに村の全員が集められた。全員で百数十人程度のようだ。
「よし、ご苦労。では——」
「待て! 邪悪な魔族共め!」
その時、凛とした声が村中に響いた。
不安そうに俯いていた村人達が、その表情に希望の光を灯して顔を上げる。
ああ……ついに来たか。
ゴクリと唾を飲み込み、平静を装いながら振り返る。
すると扉が無くなった村の入り口に、俺もよく知る三人の人物が立っていた。
「あにゃ!? 大扉がバラバラだにゃ! あ、でもみんにゃ無事みたいだにゃ、よかったにゃー……え、ぐ、軍隊だにゃ! 大変だにゃー!」
白髪に猫耳を生やした人懐っこそうな少女が、落ち着きなく視線をあちこちに向けている。
彼女の名はミネット。「斥候」の天職を持つハーフビーストで、カオスマキアプレーヤーにとっては最初の仲間の一人だ。
「ええ、しかも魔族の……特徴からしてオークでしょうか……? それにあの巨大な魔物……これは、私達の手には負える相手では……」
長い緑の髪を三つ編みにしたとても小柄な少女が、緊張した様子でこちらを観察している。
「神官」の天職を持つハーフフット、ソフィー。彼女もミネット同様、最初の仲間の一人だ。
カオスマキアでは、俺はこの二人とずっと一緒に旅をして、一緒に死線を潜った。もちろん二人とも推しキャラだ。
この世界では初対面のはずなのに、会えた嬉しさと懐かしさで泣いてしまいそうだ。
「オークめ……この村まで滅ぼすつもりなのか……! そんなこと、この僕が絶対に許さないぞ!」
そして最後の一人。金髪長身で中性的な美貌を持つヒューマンの少女が、憎悪のこもった目を俺達に向けている。
彼女こそが「勇者」の天職を持つ俺の天敵、アンジェリカだ。
というか、女の子の方だったのか……
カオスマキアでは主人公の性別を選択可能だったので、この世界の勇者が男か女か会うまで分からなかったのだ。
エンディング回収の都合上、俺は総プレイ時間の半分は女勇者である彼女を操作していた。
だからだろうか。俺にとっての死神のはずなのに、彼女には不思議なほど親近感が湧いてしまう。
「デュラン様、お下がりを!」
勇者達の登場に兵士達がいきり立ち、ラミルルが守るように俺の前に出る。
俺はそれを手で制し、ラミルルとベルだけを伴って進み出た。
「ほう、許さないだと……? ならどうする。ヒューマンの娘」
「決まっている……! お前達は、勇者であるこの僕が倒す! 勇気の呼び声!」
ズッ……!
アンジェリカが勇者の全体強化スキルを発動した。彼女達三人の体が黄金のオーラで包まれ、その存在感が増大する。
「にゃっ!? アンジェ! まさか正面からやり合う気かにゃ!?」
「アンジェ、止まって下さい! いくら私達でも……ああ、もう!」
剣を抜き払い殺気を漲らせるアンジェリカに、ミネットとソフィーも臨戦体勢を取る。やはり戦闘は避けられないか……
——絶大な力を持つ勇者達。俺はこの戦いで、彼女達を殺さずに勝利しなければならない。
非常に困難だけど、殺してしまったらラストエンディングを見ることが不可能になる。何より単純に推しを殺したくない。
そして欲を言えば、戦闘後に彼女達と和解したい。その方が彼女達がストーリーを進めていく際に手助けしやすいし、推しに嫌われたままはしんどいので……
だからここは、紳士的な台詞で彼女達と向き合うべきだ。
けれど……今の俺はデュランだ。最弱と名高い、魔族の中ボスなのだ。
「デュフフフ……身の程知らずめ! いいだろう、この俺様が直々に相手してやる! 貴様らに、魔族の恐ろしさを教えてやろう!」
俺が口にしたのは、カオスマキアで幾度も耳にした、小悪党めいたデュランの台詞だった。
それが引き金となりアンジェリカが地を蹴った。
「はぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、アンジェリカが俺に向かってくる。
その横にはナイフを構えた斥候のミネットが並走し、神官のソフィーが後方で杖を構えている。
「ラミルルは緑髪、ベルは白髪だ!」
「はい!」
「ガオン!」
俺は二人に指示を飛ばしながら剣を抜き、アンジェリカを迎え撃つべく駆け出した。
まずは通常の剣戟で体勢を崩す……!
そして、アスラマンティスから得た武技の六連撃スキルを叩き込み、一気に戦闘不能に持ち込む。
もし俺達三人で手に負えなければ……森に誘い込み、伏せてある万の仲間で囲んで叩く!
「ぜぁっ!」
「しっ!」
間合いに入ったのと同時に、俺とアンジェリカはお互いに向けて剣を振るった。
そしてその瞬間、異変に気づいた。
え……遅い……?
勇者アンジェリカは理不尽かつ絶大な力を誇る。そのはずだ。
しかし大上段から剣を振り下ろす彼女の動きは、俺からしたらスローモーションのようで、剣筋も稚拙だった。
しかも彼女からは、高位階の者特有の強烈な気配も感じられない。俺の攻撃にも全く反応できていない。
感じとった違和感。それが、ずっと抱えていた何かを見落としているような感覚と結びつき、俺は一つの重大な事実に気づいた。
そうか……彼女は一周目なんだ!
カオスマキアは、いわゆる強くてニューゲームが選択可能だ。
そのモードを選択した場合、二周目以降の勇者は最初から高レベルなので、最弱ボスである原作デュランなら通常攻撃の一発で倒せてしまう。
俺はエンディング回収のため、何度も強くてニューゲームで周回していた。
だから忘れていた。一周目の勇者は、原作デュランにすら手こずるほどに弱い事を。
まずい……! 今のアンジェリカでは、崩しのつもりで放ったこの一撃で消し飛びかねない……! 間に合え!
俺は必死に制動をかけながら、手に握る剣の向きを変えた。
ベチィンッ!
「ぎゃんっ!?」
直後、剣の横腹でぶっ叩かれたアンジェリカは、バットで打ち返されたボールのように吹き飛ばされた。
と、止めきれなかった……! 彼女は!?
俺は冷や汗を垂らしながら彼女の元へ駆け寄った。すると……
「きゅぅ……」
彼女は大の字になって白目を剥いた。
急いで確認してみると、呼吸も脈拍もある。気絶しているだけのようだ。
「あ、危なかった……よかったぁ……」
安心して思わず素で呟いてしまった。背中の冷や汗がすごい。
この世界には基本的に蘇生魔法が存在しない。もう少しで取り返しのつかないことになるところだった……
俺はぐったりとしたアンジェリカを肩に担ぎ、後ろを振り返った。
するとすでに、ミネットはベルに、ソフィーはラミルルに取り押さえられていた。
——勇者達と戦い、その全員を殺さず勝利する……アホな見逃しによるトラブルはあったけど、ともかく成功だ……!
ラストエンディングを見るための最初にして最大の障害を、俺は乗り切ったんだ……!
「デュフフッ……! 全くもってたわいも無い! さて、この無礼な娘どもは俺様が預かるとしよう……たっぷりと礼儀を教えてやらねばなぁ。
コルマールの村人達よ! 案ずるな! 貴様らが大人しくしているなら、その内娘どもも返してやろう! デュフ、デュフフフフ!」
「ああ、そんな……!」
「もう、おしまいだ……」
俺が言い放った言葉に、村の人達はがっくりと項垂れた。
——しまった。達成感と解放感で、思わず悪役丸出しな台詞を吐いてしまった。こ、これから勇者達と和解しなきゃいけないのに……




