第030話 神意の聖剣
時間は少し遡る。
俺はアドニス子爵の護衛に出る勇者達を見送った後、居残り組のみんなに声をかけてある場所へ向かった。
「わぁー……すごいです……! コルマール村の地下に、こんなに広いダンジョンがあったなんて!」
装甲メイド服とウォーハンマーで武装したラミルルが、辺りを見回して感嘆の声を上げる。
今俺達がいるのは、村の小さな神殿から入れる隠しダンジョンだ。
目の前には馬鹿みたいに広い通路が遠くまで伸びていて、道は途中から迷路のように分岐している。
通路の全面は白亜の石材で覆われ、壁には光源となる魔石が一定間隔で埋め込まれていて明るい。
一見広大な神殿に見えなくもないこの場所だが、周囲には冷たい殺気が充満していた。
「本当に驚きでござる! 主様も、よくあんな仕掛けに気づいたでござるなぁ」
「ワオン!」
大太刀と真紅の鎧を装備したツバキが感心したように呟き、巨大なケルベロスに変身したベルがそれに三つの首で頷く。
かくいう俺も腰に剣を下げ、珍しく鎧を着用している。全員が完全武装の臨戦態勢だ。
「光輝神の神殿に少し興味があってな。色々と調べていたら隠し扉に気づいたのだ。まぁ、信心深い神官ではまず気付かなかったであろうなぁ。デュフフ……」
などと笑って見せたが、ここを見つけられたのはもちろん原作知識のおかげだ。
ここは俺が知る中でも最高難易度の隠しダンジョンなのだ。
面白そうな場所見つけたから一緒に探検しようぜとみんなを連れてきたけど、目的は全員のレベル上げと装備強化である。
これは主に俺のせいなのだけれど……今はこの後の展開が全く読めない状況だ。
原作なら今頃、魔族の強力な増援にこの辺りの人族は避難を余儀なくされ、勇者達は力を求めて王都の英雄学園に向かっているはずだった。
しかし、狂信者エゼキエルが来て全てが狂った。
奴がこの村の状況を伝えてしまっているだろうから、勇者達を迂闊に王都に向かわせることはできない。
魔族側の援軍も来る様子がない。きっとツバキの四天王離脱でゴタゴタしているんだろう。
そんな予測不能な状況に対応するには、やはり力。これまで以上の力が必要なのだ。
特に武器の問題は切実だ。並の剣では、今の俺が使うとあっという間にダメになってしまう。
最近はツバキ以外に配下も増やしていないのに、日々力が増しているような気さえするし……
だが、ここの最下層にいるボスを倒せば作中最強クラスの武器が手に入る。あれなら俺の力にも耐えてくれるはずだ。
「さすがデュラン様です! あ……でも、このままみんなで探索するんですか? 全員で村を留守にするのは……」
「そこは問題ない。俺様に変身したシャドウに領主代理を、その補佐をトリュッグ卿に頼んでおいた。村の警備もアスラ達に任せたので、まぁ大丈夫だろう」
村を要塞化する際に大規模地形操作魔法を見せてしまったので、筆頭騎士のトリュッグ卿には俺の手札をある程度共有済みだ。俺に化けたシャドウを見て大層驚いていたけれど。
ちなみに勇者達の様子はガイアに見守ってもらっている。領都周辺にエゼキエルのようなヤバいやつがいないのは確認済みだが、念のためだ。
ヴァッカスにも周辺の警戒を頼んだが、きっとサボって酒でも呑んでるだろうな……
「アスラ殿なら安心でござるなぁ。おろ……?」
その時、通路の奥から強い気配が迫ってくるのを感じた。
俺とツバキがほぼ同時に武器を抜き、少し遅れてベルとラミルルも身構える。
そうして全員が注視するなか姿を現したのは、小さな二つの人影だった。
「「クスクスクスッ……」」
そいつらは、西洋の絵画に出てくるような子供の天使の姿をしていた。
整った顔に微笑を浮かべ、一枚布のような服を纏い、武器の類は持っていない。
背中からは小さな翼が生えていて、羽ばたきもしていないのに中空に浮いている。
加えて異様なのは、そいつらの肌や髪、服すらもが、白い大理石のような質感をしていることだった。
「え……? か、可愛い……!」
「ワゥ……?」
「気を抜くな! 来るぞ!」
ヴンッ……
ラミルルとベルが隙を見せた直後、天使達は瞬く間に距離を詰め、二人の背後に回り込んだ。
油断していたせいか、二人は反応できていない。俺とツバキは同時に地を蹴り、拳を振りかぶる天使達に武器を振るった。
「むん!」
「えいっ!」
ガキキィンッ!
手に返ってきたのは異様に固い手応え。
俺とツバキの斬撃は天使達を両断できず、その体勢を崩すにとどまった。
「わっ!? カ、砲弾撃!」
「ガォン!」
慌てて振り返ったラミルルとベルが、それぞれ強力な武技と火球を放った。
砲弾のようなハンマーの一撃と超高温の爆炎に、天使達がたまらず吹き飛ぶ。
俺とツバキはそこへさらに追いすがり、裂帛の気合いと共に武技を放った。
「剛撃斬!」
「灼光炎斬!」
俺の打撃属性を付与した一撃が天使の一体をバラバラに砕き、ツバキの赤熱する斬撃がもう一体を溶断した。
「「クス……クスクスクス……」」
天使達は不気味な笑い声を上げながら消滅し、後には魔石だけが残された。
「——ふぅ。皆、怪我は……なさそうだな」
残心を解いて振り返ると、ラミルルとベルは少し気まずそうにしていた。
「す、すみません。可愛くって、つい……」
「クゥーン……」
「仕方あるまい。あのような異様な魔物は初めてだろう。ツバキ、よく合わせてくれた。そして大した技の冴えだ。竜魔剣士・炎の天職は伊達ではないな」
「お褒めに与り光栄にござる! 主様も流石の業前にござった!」
一方ツバキは褒められて嬉しそうだ。彼女の天職は、竜族の強力な武技を操る最上級かつレアなものだ。
さらに対軍レベルの広域殲滅魔法まで使えるので、彼女一人で万軍に匹敵する力を持っている。流石は元四天王筆頭だ。
「さて、最初の敵があれほど強力だったわけだが……皆、どうする?」
このダンジョンでは、先ほどの天使のような異様な敵ばかりが出現し、その強さは階層を降りるごとに上昇する。
もし最下層まで進むことができれば、その時には全員かなり強くなっているはずだ。
けれど無理強いはできない。俺はみんなの反応を窺った。
「うー……デュラン様! 先に進みましょう! わたし、もっと強くなりたいですぅ!」
「ワンワン!」
「お、やる気満々にござるなぁ。某も賛成にござる!」
「……! 了解した。では、行けるところまで行ってみるとしよう!」
***
その後俺達は、強力な天使型の敵を倒しながらひたすら階層を下った。
敵が強力な分、位階の上昇も顕著で、特にラミルルとベルは目に見えて力を増していった。加えて、たまに見つかる宝箱からは強力な武器や防具が手に入り、装備も強化されていった。
そして攻略開始から数日後。俺達は最下層で待ち受けていたボスと会敵し、その激闘も終わりを迎えようとしていた。
「六道斬!」
ゾンッ!
俺が放った巨大な光の斬撃が、六つ同時に空間を疾る。
それは異様な速度で飛翔するボス、大理石の巨像のような男性型天使を捉え、その体を寸断した。
『ル……ルオォォォ……』
天使がその巨体を崩壊させながら墜落していく。
そしてその体が完全に消失した瞬間、落下地点には一本の剣が残されていた。
俺は剣の元へ歩み寄り、そっと拾い上げた。
それは翼の形の鍔をもつ直剣だった。
全体が白銀に輝く壮麗な造りをしていて、刃には絡み合う蛇の意匠が施されている。
漂う神聖な気配と、握った手から伝わってくる絶大な力に俺は頬を歪めた。
「ふぅー……手に入れたぞ、神意の聖剣……!」
カオスマキアの光の勇者ルートにおける最強武器。それがこの神意の聖剣だ。
作中最高峰の攻撃力を誇り、各種バフに加え、勇者の剣技を強力に増幅する効果まで持つ。
——そう、これはほとんど勇者……つまりはアンジェリカ専用の武器なのだ……!
それを横取りするのは非常に気が咎めるし、勇者の剣技を使えない俺には正直宝の持ち腐れだ。
だが他に俺の力に耐えられる剣に心当たりがない。なのでこれは仕方ないのだ……! 最悪、後で譲ればいいんだし……うん。
脳裏に不機嫌そうなアンジェリカの顔がチラつくので、俺は必死に理屈を捏ねて自分を納得させた。
「よし……皆、ご苦労だった! これで攻略完了だ!」
振り返って声をかけると、みんなボロボロの状態だった。
「ひぃ、ひぃ……し、死ぬかと思いましたぁ……」
「ハッ、ハッ、ハッ……クゥーン……」
ラミルルとベルは身を寄せ合ってへたり込んでいて、身体中に傷を負っている。
流石のツバキも無傷とはいかず、ぐったりと座り込んでいた。
彼女達がいなかったら、俺はあの強力なボス相手にあと数日は戦っていたかもしれない。
「いやー、手強かったでござるなぁ……! まさかこの四人でこれほど手こずるとは……まっこと、世の中は広いでござる」
「うむ、そうだな……それでその、相談なのだが……この剣、俺様が貰っても良いだろうか……?」
全員で協力してボスを倒したのだ。ドロップアイテムの所有権は話し合いで決めるべきだろう。
そう思っておずおずと聞いてみると、彼女達はきょとんとしながら頷いてくれた。
「えっと……勿論です。わたしとベルちゃんには使いこなせないでしょうし」
「ワオン」
「異議なしでござる! 某も直剣の扱いには不慣れ故」
「そ、そうか……! 感謝する! では地上へ戻ろう。急げば勇者達の帰還に間に合うはずだ」
無事に目的を達成した俺は、みんなを連れてほくほく顔で地上へと帰った。
そして替え玉のシャドウと交代したところで勇者達も帰還し、通商契約締結の報を受け取ることができた。
この世界に来てから予想外続きだったけど、今回は全て上手くいった……!
俺はそのことに有頂天になっていたが、勇者から神意の聖剣について言及され、盛大に冷や汗をかくことになった。




