第031話 ツバキの居場所
「チェストォーーッ!!」
某の名はツバキ。今は主であるデュラン様との朝稽古の最中にござる。
裂帛の気合いと共に某が振り下ろした木剣を、主様は僅かも体勢を崩さずに弾き申した。流石にござる。
「エイッ! セイッ! ィヤァァァッーーッ!」
続けて左右から上段を見舞うも、やはり主様は軽々と防ぎ申す。
そしてさらに速度を上げようと振りかぶった直後、正面にいたはずの主様は、いつの間にか斜め前に移動してござった。
「……!?」
剣を振りかぶる一瞬、某自身の腕が死角となってしまうことがあり申す。
猛火のような攻めを信条とする某の剣において、それは僅かながら確かに存在する隙にござった。
すでに振り下ろし始めた剣の軌道は簡単に変えられ申さん。
某の木剣は誰もいない場所を薙ぎ、その直後、主様の剣が某の首に突きつけられ申した。
「ま、参りましたでござる……!」
「ふぅー……流石の気迫、流石の技量だ。俺様から食客殿に指摘できることはない。今後も励んでくれ」
そう言って笑う主様の笑顔に、某は己の鼓動が高まるのを感じ申した。
「は……はいっ、お褒め頂き光栄にござる!」
「うむ。では少し休むといい。俺様は他の者達を見てくる」
「はいでござる!」
主様はそういうと、村の広場で剣を振る村人達の方へ歩いていかれ申した。
最近ではアンジェリカ殿達だけでなく、村人や、それに触発された兵士達も朝の鍛錬に参加しているでござる。
主様の人徳故のこともあると思うでござるが……皆、この村を守りたいのだと思うでござる。
僭越ながら、某も気持ちは同じにござる。
この村は人族と魔族が穏やかに交流する稀有な場所。某の故郷によく似ているでござる。
魔王に追われる身ゆえ、もう故郷には帰られ申さぬが……今はこの村が某の故郷にござる。
主様が、身を挺して某の切腹を思いとどまらせ、ここに居場所を与えて下さったおかげにござる。
「本当に立派にござるなぁ。あれで某より三つも下とは……初めて聞いた時には目玉が飛び出るかと思ったでござる」
某はその場に腰を下ろすと、村人に剣術を指導する主様の姿を目で追い続け申した。もう主様が歩いているのを見るだけで幸せにござる。
でも一番痺れたのはあの演説にでござる。
主様は、たとえ魔王陛下からさえも村の者を守ると言ってくれ申した。
不遜ながら、某は生まれながらにして強者だったでござる。
両親や兄上にも一度も負けたことがあらず、魔王陛下に会うまで少々天狗でござった……
だから守られるなど初めてで……某、思い出すと今でもニマニマしてしまうでござる。
主君に向けるべきは感謝と尊敬……しかし、炎のように燃え上がるこの恋慕の情は止められず、日々強くなるばかりにござる。
最早、主様と顔を合わせる度、抱きついて接吻の雨を降らせたいのを必死に我慢している有様にて……
「——よし、決めたでござる……今夜、この想いを遂げるでござる!」
即断即決こそが某の信条。
主様……この想い、受け取って欲しいでござる!
***
今日も太平な一日が終わり、皆が寝静まる時刻となり申した。
某、普段は誰よりも先に眠りにつくのでござるが、今日ばかりは目がギンギンにござる。
「よし、行くでござる……!」
入念に身を清めた某は、城館内にあてがわれた部屋を抜け出し、主様の寝室へと向かい申した。
するとびっくり。寝室の前には、見覚えのある大きな人影があったのでござる。
「おろ……これはラミルル殿!」
「ひゃっ……!? ツ、ツバキ様……!?」
声をかけると、ラミルル殿は飛び跳ねながら悲鳴を上げられた。
「こんな時分に、主様の部屋の前で何を……あぁ! ラミルル殿も夜伽にござるか!」
「へ……? よ、よよよ、夜伽ぃ!? ち、違いますぅ! わ、わたしはただ、デュラン様がきちんとお休みになられているか気になって、それだけでぇ……」
ラミルル殿はそう言うと、目を泳がせながら顔を真っ赤に染め申した。ふむ、これは……
この展開は想像していなかったでござるが、ラミルル殿なら歓迎にござる。
「お、そうでござるか。では某はこれにて……」
そう言って主様の寝室のドアに手をかけると、ラミルル殿はその手をがっしりと掴んだでござる。
「ちょっ……な、何を普通に入ろうとしているんですか……!?」
「何って、夜伽でござる。どうにも主様への想いが溢れてしまって、お情けを頂きに来たでござるよ。ラミルル殿もそうなのでござろう?」
「え……そ、それは……その……」
「いや、分かるでござる。決心が付かないのでござるよね? でも安心召されよ! 今日は某が一緒でござる!
なぁに。類稀なる武士たる主様なら、きっと某達二人を一緒に相手して下さるでござるよ」
「ふ、二人同時……ま、待って下さい! 心の、心の準備がぁ……!」
ラミルル殿は小声で絶叫すると、そのまま某を羽交い締めにしたでござる。
うぉっ……!? す、すごい力にござる。流石は重戦士を極めしラミルル殿。
先日の隠しダンジョン探索にて、さらに力を増したようでござる。
抵抗しようにも全く動けないでござる。これは困ったでござる。
「ラミルル殿、一緒に行かないなら放して欲しいでござる。某だけ主様にお情けを——」
「それもだめぇっ! あ、でもわたしなんかに口出しする権利は……ゔっ〜〜っ……!」
そんなふうに二人でドタバタとしていると、突然寝室のドアがガチャリと開いたでござる。
「二人とも……何してんの……?」
「ワフッ……」
中から、寝ぼけ眼の主様とベル殿が現れ申した。
普段きりりとしている主様の、寝癖がついた無防備なお姿……破壊力がすごいでござる。
某、思わず生唾をグビリと飲んでしまい申した。
「あ、主様! ちょうどよかったでござる。某らはよと——」
そう言いかけたところで、某の口はラミルル殿の大きな手によって塞がれてしまったでござる。
「わーーっ!? ち、違いますデュラン様! わたし達は……そう! ちょっと眠れなくて、二人で一緒に散歩していたんです! そうですよね、ツバキ様!?」
「も、もがぁ〜……!」
「……」
主様はこてんと首を傾げ、しばし某達を眺めてござった。
が、おもむろにこちらへ歩み寄り、某らの頭を優しく撫で始め申した。
あ……あ゙ぁ〜〜〜……!
主様のなでなで……!
武の極地にまで達した技量による、極楽の如き愛撫……!
さらに配下の紋章を介して、主様から溢れんばかりの親愛と労りの情が流れ込んでくる……!
き、キマるでござるぅっ……!
そのままいつまでも快楽に身を委ねていたかったのに、無情にも、主様はほんの数秒で手を引っ込めてしまったでござる。
「「あ……」」
ラミルル殿と二人して情けない声を出すと、主様は再び某らを見て、大きく欠伸を一つされ申した。
「ふぁ……早く寝なよ。おやすみぃ……」
ベル殿と寝室に戻る主様を呆然と見送った後、某とラミルル殿はどちらともなく顔を見合わせ申した。
「——今日のところは、引き上げるでござるか……」
「そう、ですね……そうしましょう……」
***
その翌朝。城館の自室にて、某はとんでもなくすっきりとした目覚めを迎え申した。
「う〜ん。気持ちのいい朝にござるなぁ! 今日も鍛錬と、某の村の発展に励むでござる!」
寝台から飛び起き、身支度を整えながら昨夜のことを思い出してみると、自然と頬が緩み申した。
想いは遂げられなかったものの、あれはあれで、まっこと楽しき時間だったでござる。
「主様のなでなでは危険にござるなぁ……しかしラミルル殿には困り申した。早く主様と一発キメてくださればいいものを……
ま、先駆けするのも気が引け申すし、気長に待つことにするでござ——」
ドンッ!!
その時。凄まじい衝撃が城館全体を震わせ申した。
「なっ……これは……!?」
直後、村のすぐ近くに、巨大な気配が現れたことに気づき申した。
気配の構成は、夥しい数の手練と、次元の異なる圧倒的な強者のものが一つ……そしてその一つは、某がよく知るものにござった。
某は太刀を引っ掴むと城館を飛び出し、怯える村人や兵達の間を縫って走り、村を囲う防壁の上へと駆け上がり申した。
すると仰天。村のすぐ近くに、万に達する魔族の大軍が出現していたのでござる。
「ば、馬鹿な……!? 一体いつの間に!?」
気配は感じていたものの、目の前の光景が信じがたい。
村の周囲は定期的に兵が哨戒していて、さらに主様配下の魔物達も網を張っていたはずでござる。
あの大軍はどうやってその警戒網を抜けたのか……いや、それよりも……
某は、大軍の先頭に立つ男へと目を凝らし申した。
こちらに気づいたその男は、防壁の上に立つ某をじっと見上げ申した。
人とは思えぬほどの強大で異様な圧力に、思わずこの身が竦む。
人の情を感じさせぬ冷たい美貌と、その額に赤い宝玉を持つデーモンの男。すなわち……
「魔王、グラノス……!」
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