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中ボス魔族に転生した俺、ラストエンディング回収のため密かに勇者を手助けするはずが、ハズレ天職から超進化した『支配の魔王』で無双してしまう  作者: 藤枝止木
2章 支配と強欲

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第029話 子爵令息の護衛


 デュランがコルマール村を強固な防衛拠点に変えてから数日後。

 アンジェリカ達勇者一行は、村から領都モンフォルムへと続く街道を歩いていた。

 一行の後ろには二頭立ての馬車が続き、御者台にはロイク村長、客車にはアドニス子爵が乗っている。

 季節は初夏で気温は少し汗ばむ程度。空は青く晴れ渡り、街道脇には色とりどりの花が咲いていた。


「はぁ……」


 そんな気持ちのいい日にも関わらず、アンジェリカは重苦しいため息を吐いた。

 力なく肩を落とす彼女に、側を歩くミネットとソフィーは顔を見合わせた。


「おみゃー……やっとベッドから出てきたと思ったら、まーだあのイカレ五聖将のこと考えてんのかにゃ?」


「アンジェ……気持ちはわかりますが、しっかりしてください。この護衛任務はとても大切な仕事なんですよ」


「わ、わかってるよ。あのオークの依頼だってのが気に入らないだけさ……」


 三人はデュランに頼まれ、アドニス子爵を領都へ護衛している最中だった。


 アドニスは元々体調が回復したら領都に戻る予定だったが、そこへさらに、デュラン占領下の村々と領都との通商契約の話が持ち上がった。

 これは村と領都の双方にとって非常に益のある話だったが、領都の人々の感情面に関する懸念があった。


 領都は、つい最近まで血濡れ巨人ヴァルグルによる占領と虐殺に晒されていた。

 魔族が牛耳る村との取引に、領都の人々が難色を示すことは容易に想像できた。

 領主であるアドニス自身は通商契約に前向きだが、関係者全員が彼のように割り切れるはずがないのだ。


 だからこそデュランは、勇者達にアドニスの護衛任務を依頼した。

 ヴァルグルを討った英雄である彼女達が口添えすれば、領都の人々も受け入れてくれるだろうという狙いである。

 しかしそんな重要な依頼の最中だというのに、アンジェリカは別のことで頭がいっぱいだった。


「——ねぇ二人とも。僕もいつか、あのエゼキエルみたいになっちゃうのかな……?」


 魔王討伐を目指すアンジェリカにとって、魔王軍四天王とも渡り合う五聖将はいわば憧れの存在だった。

 その五聖将の一人であるエゼキエルが自分達を皆殺しにしようとし、さらに憎きオークであるデュランに敗れてしまった。

 アンジェリカはそのこと自体に大きな衝撃を受けたが、それに加えて、エゼキエルと自分に重なる部分があることに気づいて愕然とした。


 以前の彼女は、自身の故郷を滅ぼし、両親を殺したオークという種族を激しく憎み、魔族全てが滅べばいいとさえ考えていた。

 その頃の彼女であれば、魔族と付き合う人族も嫌悪の対象としていたかもしれない。

 しかし、ラミルルとツバキ、そしてヴァルグルと出会ったことで、魔族にも好ましい人物と邪悪な人物がいることを知ってしまった。


 このまま魔王討伐を目指すなら、きっと自分は魔族をたくさん殺すことになる。

 もしかしたらそこには、邪悪でない魔族や、魔族に協力する人族も含まれるかもしれない。

 そしてそんな殺戮の道を進む中、自分があのエゼキエルのようになってしまわないと言い切れるだろうか?

 アンジェリカは、自分の進むべき方向が分からなくなっていた。


「は……? にゃーに言ってんだにゃ。んにゃわけねーにゃ」


「貴方はあの残虐な聖騎士とは違います。貴方がそんな人なら、私達は側にいません」


 アンジェリカの言葉を、二人はすぐに否定した。そんなことあるわけがないと。


「そう、か……そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃって。さ、護衛に集中しよう」


 アンジェリカはそう言って話を切り上げたが、その苦悩の表情は晴れなかった。






***






 村を出て数日後。一行は無事に領都に到着した。

 領都の人々はアドニス子爵の帰還に大いに沸き、英雄である勇者達の再来を熱烈に歓迎した。

 アドニスは帰還早々に家臣達を集め、デュランから持ちかけられた通商契約に関して協議を行った。

 予想通り家臣達は難色を示したが、ミネットとソフィーによる説得、そして試供品として持ち込まれた特産品の数々に、最後は首を縦に振った。


 そうして領都での短い滞在を終えた勇者達一行は、大勢の人々に見送られながら領都を発とうとしていた。


「勇者様、また来てね!」


 すると、見送りの群衆の中から小さな女の子が飛び出し、笑顔でアンジェリカの元に走り寄ってきた。


「うん、きっとまた来るよ……」


 アンジェリカは精一杯の笑顔でそう答えたが、女の子は心配そうに眉を下げてしまった。


「勇者様、元気ないね……? そうだ、これあげる! お庭で見つけた四葉のトレッフルだよ!」


 少女がポケットから取り出したのは、四つの丸い葉をもつ可愛らしい植物だった。

 この四葉のトレッフルは幸運をもたらすとされているが、そう簡単に見つけられるものではなかった。

 アンジェリカは言われるままにそれを受け取ると、その健気な気遣いに心から笑った。


「ありがとう……頑張って探しただろうに、本当に嬉しい。おかげで元気が出たよ」


「……! うーっ……! やったー! 勇者様が笑った! 絶対、絶対絶対また来てね! 勇者様!」

 

 女の子は飛び跳ねながら笑うと、手を振って群衆の方へ戻っていった。

 自分の笑顔を心の底から喜んでくれたその子を見て、アンジェリカはハッとした。

 思い出したのだ。どうして自分が魔王討伐を目指したのか、その最初の気持ちを。


 村を滅ぼし、両親を殺したオークのことは許せなかった。

 でもそれ以上に、みんなが笑顔を忘れ、悲しい顔ばかりするのが我慢できなかった。

 だから魔王討伐を目指した。魔族による侵略を止め、これ以上悲しむ人を増やさないために。


 彼女にとって魔王討伐は、目的に至るための手段でしかない。

 それは、あの残虐なエゼキエルとの決定的な違いだった。

  

「ねぇミネット、ソフィー……僕、わかったよ」


「んにゃ!? にゃんだって?」


「もっと大きな声で話してください!」


 割れんばかりの声援の中、迷いから覚めたアンジェリカの体に力が漲る。


「何も迷うことはなかったんだ……世界の……人族と魔族の平和のため、僕は魔王を討つ!」


 復讐ではなく、人々の笑顔のため。

 勇者は魔王討伐の決意を新たにした。






***






 領都を後にしたアンジェリカ達は、数日後、無事にコルマール村へと帰還した。


「デュフフフフ……よし、よくやってくれた。これで村々は物流と経済の面でも強化されていくだろう。お手柄だ、お前達」


 場所は新たに造られた城館の執務室。通商契約締結の報告を受けたデュランは、いつもの邪悪な笑みを浮かべながらアンジェリカ達を労った。


 その言葉を聞きながら、アンジェリカはふと気づいた。

 デュランの椅子の背もたれに掛かっている剣が、出発前と変わっていることに。

 その剣は白銀に輝く壮麗な意匠をしていて、神聖な気配と、思わず目が吸い寄せられるような凄みを放っていた。


「おいオーク。その剣……」


「……! こ、この剣か? お前達が不在の間に手に入れたのだが、どうかしたのか?」


 なぜか気まずそうに視線を逸らすデュランに、アンジェリカは首を傾げた。


「——いや、なんでもない……」


「そ、そうか……」


「……」


 剣のことを思考の隅に追いやり、アンジェリカは目の前の男について考えを巡らせた。

 こいつはオークだが、自分の両親を殺して故郷を滅ぼしたオークじゃない。

 こいつはコルマール村を占領したが、それは魔王の命令に従っただけで、略奪も虐殺もしなかった。

 こいつが来てから村の生活は良くなって、今もこうして村のために働いている。

 少し……ほんのちょっとくらいなら、歩み寄ってもいいのかもしれない。

 

 そう思ってアンジェリカが口を開きかけた瞬間、ミネットがデュランに近寄り、そのままするりと膝の上に乗った。


「——は……?」


 目の前の出来事が信じられず、アンジェリカはビシリと固まった。


「にゃーデュラン。よくやったってんなら、ウチ、ご褒美欲しいにゃ」


「う、うむ。勿論だとも。報酬はきちんと用意してある」


 上目遣いで見つめてくるミネットに、デュランは少し上擦った声で答えた。


「勿論そいつもいただくにゃけど、ほら、あれだにゃ。この前、あのイカレ五聖将の軍隊を追っ払った時、ツバキにやってたやつだにゃ。ウチにもあれやってほしーにゃあ」


「あれ……? あ、ああ。そんなことでいいのなら……」


 デュランは、そっとミネットの頭に手をのせると、ゆっくりと撫で始めた。


「うにゃ〜〜……」


 ミネットが蕩けるような声と共にゴロゴロと喉を鳴らし、グリグリとデュランの胸元に頭を擦り付ける。

 すると、アンジェリカ同様に固まっていたソフィーもおずおずとデュランに近寄った。


「あ、あの、デュランさん。私も……」


「よ、よかろう」


 デュランがもう片方の手でソフィーの頭を撫でる。


「あ……ふふふっ」


 ソフィーは耳まで真っ赤になりながら微笑み、ぴったりとデュランに身を寄せた。


「ふ、二人とも……なに、してるの……?」


 やっと再起動したアンジェリカが絞り出すように問いかけるが、ミネットとソフィーの耳には届かなかった。

 代わりにそのつぶやきを聞いたデュランは、ためらいがちに口を開いた。


「あー、アンジェリカ。その、お前も撫でてやろ——」


 その瞬間、アンジェリカの中に生まれかけた何かは跡形もなく吹き飛んだ。

 同時に、親友達を取られた悲しみと怒りと嫉妬、その他諸々が爆発した。


「いるかそんなもの!! くそっ……くそくそくそっ……! この邪悪なオークめ! ぐすっ……! 強くなってやる……! 強くなって、二人も、この村も、全部全部取り返してやるぅっ! うわ〜ん!」


 目の前の光景に耐えられなくなったアンジェリカは、泣きながら執務室を飛び出した。


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