第026話 狂信の五聖将(2)
くそっ、やっぱりこうなったか……!
馬上で片刃の長剣を構える聖騎士に、俺は心の中で毒づいた。
信仰のエゼキエル。エリュシオ聖王国における最高戦力、五聖将の一人だ。
その力は魔王軍四天王には及ばないものの、人族における最高峰と言っていい。
魔界と国土が接する聖王国がなんとか持ち堪えているのは、彼らがいるからに他ならない。
しかし、その実力に人格が伴うとは限らない。
特にこいつは最悪だ。光輝神への信仰心が妄執レベルに強くて、少しでも教義に反する者は老若男女問わずに断罪してしまう。
特に魔族と関わった者への対処は苛烈を極め、魔族の幼子を匿ったある辺境の村は、こいつによって村人ごと全て焼き払われてしまったそうだ。
故に、狂信者エゼキエル。そんな奴が、この村の現状を見逃すはずがなかった。
今更だけど、ガイアに誰が軍を率いてるのかまで調べてもらえばよかった……
予定では、仁愛のクレマンという別の五聖将が来てくれるはずだったのだ。
原作におけるクレマンは人の良いくたびれた中年騎士といった感じで、プレーヤーの間では五聖将の良心と呼ばれていた。
クレマンなら話も通じたはずなんだけど……目の前の狂信者にそれは期待できない。
ましてや奴に勇者達を預けるなんて絶対にダメだ。勇者達を王都の英雄学園に誘導する計画が全て狂ってしまった……
仕方ない。ここはせめて、村の人に奴のヘイトが向かないように頑張ってみよう。
「デュフフフフ……エゼキエルとやらよ。貴様の信仰する光輝神は随分と狭量なのだなぁ?」
「何……? 貴様。今、なんと言った……!?」
俺の言葉に、奴の殺気と圧力がさらに高まる。
あ、やべ。話の持っていき方をミスったかも。デュランのキャラで敵と話すと、どうしても煽りが入ってしまうんだよな……
うーん……もう修正効かなそうだし、思いっきり悪役ムーブをしてしまおう。
「聞くに、貴様は光輝神の代行者らしいな? 貴様の目にどう映ったのかは知らぬが、この村の人族は俺様に脅されて働くだけの哀れな労働力よ。
そのような者達にまで罰を与えようとは……繰り返そう。貴様の神は随分と狭量なのだな。
確か貴様らの教典では、愛だとか寛容さだとかが礼賛されていた気がしたが……あれは見間違いだったらしい」
「——殺す」
エゼキエルは静かに呟くと、流れるような動作で馬から飛び降りた。
激怒の向こう側のような表情を浮かべる奴に、副官らしき騎士が慌てて声をかける。
「エ、エゼキエル様! どうかお一人で戦われるような真似は……」
「黙れ。お前達はそこで見ていろ……この悪魔は、私自身の手で滅ぼす……!」
奴の殺意に満ち満ちた視線を受け、俺は嘲笑うように頬を歪めた。
「デュフフフ……神の名を騙るのを忘れているぞ? 本音が出たな、信仰のエゼキエルよ」
ドンッ!
大地を蹴った音より早く、エゼキエルが俺に肉薄する。
奴の表情は怒りと狂気に満ち、振りかぶる長剣は眩い光を放っている。
放とうとしているのは、恐らく神威の光剣。
巨大な光の刃で薙ぎ払い、周囲一帯を蒸発させてしまう聖騎士最強の武技だ。
俺ごと村を消し去るつもりだろうが、そうはさせない。
「……!?」
迎え撃つように踏み込み、刹那の間に間合いを詰めた俺に、奴の表情が驚愕へと変わる。
さすがは五聖将。この速度でも知覚できるようだが、体の方は反応できていない。
圧縮された時間の中、俺は静かに剣を抜き放った。
「罪業よ、永久なる疵となれ。呪業の太刀」
オンッ……!
怖気の走るような赤黒いオーラを纏った斬撃が、エゼキエルの体を深く切り裂いた。
「ぐあっ……!?」
武技の発動をキャンセルされ、重傷を負った奴が後ろに跳んで俺から距離を取る。
奴の副官は、その段階になってやっと自身の上官の動きをその目に捉えた。
「エゼキエル様……!? まさか、傷を負ったのですか!? すぐに回復魔法を——」
「手出しするな! この私が、悪魔ごときに負けるわけがないのだ……! 神聖回復!」
エゼキエルが発動させた最上級の回復魔法が、清浄な光と共にその体を癒す。
「ふはは、見よ! 私には光輝神様の加護がある! 貴様のような邪悪な存在に、決して屈することは……!?」
だが光が止んだ瞬間、塞がったはずの奴の胸の傷から再び血が噴き出した。
出血に、奴がたまらず膝を突く。
「馬鹿な……!? 神聖回復! 神聖解呪! 神聖解毒! そんな……なぜ……!?」
奴が立て続けに回復や解呪の魔法を唱えるが、傷は塞がらなかった。
俺は奴の傷を指差し、傲然と告げた。
「それはその傷が、貴様の業そのものだからだ。
貴様が神の名を騙り、殺めてきた幾千もの無辜なる人々の恨みと怨嗟……その呪いの深さを知るがいい。
貴様の信仰する光輝神も、貴様の業までは背負えんということだ」
呪業の太刀は、相手に強力な呪いを付与する武技で、アスラの技だ。
原作での呪いの効果は、相手の業、いわゆるカルマ値に比例した継続ダメージだった。平たくいうと、悪い奴ほど深く、長く苦しむということだ。
ストーリーへの影響を考えると、こんな奴でも迂闊に殺すことはできない。だから一旦呪いで戦闘不能になってもらうことにしたのだ。
効果の継続時間は正直不明だけど、あの様子ならすぐに解けることはなさそうだ。
「だ、黙れぇ! こんなこと、あって良いはずがない……! こんな……こ、ん……」
叫んだことでさらに血を失ったのか、エゼキエルは青い顔で地面に突っ伏してしまった。
あれ、ちょっと深く切り過ぎたかも……
「エゼキエル様!? 貴様ぁ!」
副官らしき騎士がエゼキエルに駆け寄り、俺を睨む。
「貴様が副官だな。上官を助けたいなら、継続的に回復魔法をかけ続けるほかにないぞ? 悪いことは言わん。このあたりで軍を引いて——」
「総員抜刀抜杖! 目の前の村を、塵一つ残さず滅ぼせ!」
「「オォォォォッ!!」」
俺の台詞に被せるような副官の号令に、一万ものエゼキエル軍が一斉に武器を抜き、進軍を開始した。
流石は五聖将麾下の軍。手練の騎士、魔導士、兵士が一糸乱れぬ連携で襲いかかってくる様は、巨大な一つの生命のようだ。
森に伏せた配下達は間に合わないか……あまり派手な魔法は使いたくないんだけど、仕方ないか……
そう思って手を掲げたところで、くいくいと服が引っ張られた。
見るとツバキだった。
「主様! 先ほどの技、見事にござった! 武の極地を目にした思いにござる!
それで……よければ某にも戦働きの機会をいただきたいでござる! 是非に!」
仮面お上からでもやる気に満ち溢れているのが分かる。彼女、この村を気に入ってくれてたからなぁ。
それにツバキの魔法は対軍戦にとても相性がいい。
「よかろう。ただし、ほどほどにな」
「承知!」
ズッ……
前に出たツバキの全身から強烈な魔力の波動が迸り、その体が真紅の光に覆われる。
そのただならぬ様子にエゼキエル軍は一瞬怯むが、結局突進を止めなかった。
自身に向かってくる万軍に、ツバキが頬を歪める。
「人族の兵達よ! 火竜の息吹、その身に受けるがいいでござる! 紅蓮椿!」
キュドッ!!
直後、エゼキエル軍の中に幾つもの閃光が走った。
光は瞬時に爆炎となり、まるで絨毯爆撃のように紅蓮の花々が咲き誇った。
凄まじい衝撃と爆音の後、爆煙が収まると、そこには壊滅状態の軍があった。
死者はいないようだが、一万ほどもいた軍のおよそ三分の一は動けないほどの重傷を負っている。
「よし、よくやった。うまく加減したな」
「光栄にござる、主様! では……!」
ツバキがスッと頭を差し出してきたので、俺は誘われるがままに彼女の頭を撫でた。
そういえば、この子褒められるのが大好きなんだよな。原作では、「魔王軍には褒めが圧倒的に足りてないでござる!」って愚痴ってたっけ。
俺達が気の抜けるようなやり取りをする中、爆発に巻き込まれなかった敵の副官は、変わり果ててしまった自軍に呆然としていた。
「ば、馬鹿な……聖王国きっての精鋭達が、一瞬で……貴様ら、一体何者だ……!? なぜこんな小さな村にこれほどの手練が……
エゼキエル様を容易く下したことといい、このような真似、魔王軍四天王でもなければ……!」
おっと、ちょっとやり過ぎてしまったらしい。
俺はツバキを自分の体で隠すと、殺気をこめながら副官を睨んだ。
「知りたければ向かってくるがいい……だが、知った瞬間に貴様らはこの世から消え去ることになるだろう」
「……! くそっ……て、撤退……撤退だ! 生き残った馬を集めろ! 負傷者を残すな! 退け、退けー!」
副官は青い顔のエゼキエルを馬に乗せると、ボロボロになった軍を引き連れて去っていった。




