第025話 狂信の五聖将(1)
「ご老人、重そうでござるなぁ。某が運んでさしあげるでござる! これはどちらに?」
朝の訓練終わり。みんなと一緒に広場の隅に座って休んでいると、ツバキが突然駆け出し、荷物を運ぼうとしていた村人に声をかけた。
彼女の顔の上半分は仮面で隠されているが、角やら肌の鱗やらは隠しきれていない。一方、そんな彼女に声をかけられた村人は……にっこりと微笑んだ。
「おぉ、これは食客殿。ありがとうございます。ではあちらにお願いできますかな?」
「了解にござる!」
小さな体に大きな荷物を抱えたツバキが、談笑しながら村人と歩いていく。
そんなほのぼのとしたやり取りに俺は小さく笑った。
「村に来て数日だというのに、食客殿はもう馴染んでしまったようだな」
「うふふ、そうですね。なんたってツバ——」
「ワン!」
うっかりツバキと言いかけたラミルルを、ベルが一声鳴いて止めた。かしこい。
俺の配下となったツバキは、表向きは俺の食客としてこの村に逗留することになった。
村人や魔族兵達には、事情があって名前は明かせないが、魔界では高名な武人というふうに紹介してある。
兵の中には彼女の正体に気づいている人もちらほらいるけど、みんな俺の意図を察して口を噤んでくれているようだ。
アンジェリカ達に関しては、ツバキの名前は知っているけどその前職には気づいていない。
魔王軍四天王の存在は知っているけれど、その構成メンバーや特徴までは知らなかったらしい。よかった……
「あっ、ごめんねベルちゃん。えっと、食客さんはとっても快活で可愛らしい方ですから……わたしはまだ、ちょっと村の方々に怖がられてる気がしますけど……」
「ラミルル、そんなことは……」
ない、とも言い切れないか……彼女、色々と大きいからなぁ。
すると、側で休んでいたミネットがラミルルの膝の上に乗ってきた。
さらにソフィーも寄ってきて、ラミルルに体を預けるように座り直す。
「気ぃ落とすにゃよラミルル。ウチらはおみゃーがいいやつだって知ってるにゃ」
「そうですよ。村のみんなも、じきにラミルルさんの優しさをわかってくれるはずです」
「お二人とも……ありがとうございます……!」
「「うぎゅっ……」」
感激したラミルルが二人をまとめて抱きしめた。二人はちょっと苦しそうだけど、こう、ものすごく尊い光景だ。
「ぐすっ……ミネット、ソフィーも。少しだらしがないんじゃないかい?」
そこへ涙声のアンジェリカが水を差した。
朝の組み手でツバキに惨敗してから、彼女はずっと悔し涙を流しているのだ……
「アンジェリカよ……食客殿は極まった剣の手練だ。天職に目覚めてまだ三ヶ月足らずのお前が勝てるわけがなかろう」
「う、うるさいオークめ! そんなこと言われても、悔しいものは悔しいんだ!」
「そ、そうか……」
そんなやり取りをしていると、荷物を運び終えたツバキが駆け戻ってきた。
「みんな、ただいまでござる! いやー、お腹が空いたでござるね。今日のお昼は——」
「む……」
ツバキが台詞の途中で口を噤む。
同時に俺もそれに気づいた。この村に、大軍を率いた巨大な気配が近づきつつあることに。
「デュラン様、この気配は……」
「ワウッ……」
少し遅れて、ミネットとソフィーを抱きしめていたラミルルが二人を離し、ベルもすっと立ち上がった。二人も気づいたらしい。
俺達はこの日が来るのを予想していたのだ。
先日の配下同士の顔合わせの際、大地の上で起こる全てを観測可能なガイアがある情報をもたらした。
遅れていた王都からの援軍、人族の軍隊が、領都モンフォルムに到着したのだ。
援軍のその後の動きは容易に予想できた。
援軍が助けるはずだった領都は、勇者達が血濡れ巨人ヴァルグルを討ったことですでに解放されている。
そして援軍を率いるのは、勇者達のヴァルグル討伐に同行するはずだったとあるお助けキャラだ。
その彼ならば、領都の人々が語る勇者に会うためにここを訪れると思ったのだけれど、当たりだったらしい。
「うむ、来てしまったらしいな……」
「え、今日だったっけにゃ……!?」
「そう、ですか……」
俺の小さな呟きに、ミネットとソフィーが寂しそうに顔を伏せる。今日のことは二人にも共有済みだった。
おそらく、この日が俺達の別れの日になるだろうと……
例のお助けキャラがこの村を訪れれば、勇者達が村で語ったヴァルグルを討ったという話が、小娘の戯言ではなく事実だったと判明してしまう。
そうなると、ヴァルグルの家臣である俺は彼女達を処罰しなければならない。
しかし彼女達はまだ成人前であり、労役に励んで村周辺の魔物を狩って回った功績もある。
俺はそれを理由に勇者達を殺さず、村から追放するつもりだ。
例のお助けキャラの彼は話のわかる男だ。
この村を占領する俺の力と、穏当な統治状況を見れば、一旦放置して王都に戻る対応を取るだろう。
そこに勇者達を同行させれば、彼女達を王都の英雄学園へと誘導することができる。
魔王討伐を目指す勇者達は、元々国中の強者が集まる英雄学園への入学を目指していた。
追放に反発しそうなアンジェリカも、この流れなら納得してくれるだろう……多分。
「うむ、残念ながらな……さて、兵達よ! 集合せよ!」
「わ……! な、なんだよいきなりっ!」
ただ一人事情を知らないアンジェリカが、いきなり大声を出した俺を睨みながら言う。
彼女のこのしかめっ面とも今日でお別れか……そう思うと、やはり少し寂しかった。
その後俺は兵に偵察を命じ、予想通り人族の軍が領都モンフォルムの方角から向かってくる動きを掴んだ。
その数およそ1万。俺は撤退を進言する騎士や兵士達を宥めて持ち場につかせ、開け放った門の前に一人で立った。
その俺の背後にはラミルル達と勇者達が控える。
そしておよそ一時間後、眼前に到着した軍勢を目にした俺は……
「え……なんで……?」
そう呆けたように呟いた。
軍を率いていてきたのが、俺が予想していたお助けキャラじゃなかったからだ。
その人物は、少し神経質そうだが端正な顔立をした青年だった。
白銀に輝く見事な鎧を着ていて、馬に跨る姿には全く隙がない。まさしく聖騎士だ。
だがその表情は、俺達魔族への憎悪と侮蔑に醜く歪んでいた。
最悪だ……どうしてよりによってこいつが……! 例のお助けキャラの彼は一体どうしたんだ……!?
予想外のことに焦りつつも、俺は前に進み出た。
「俺様の名はデュラン! 魔界貴族の末席にして、この村を占領した部隊の指揮官だ! 貴様らも、騎士ならば名乗るがいい!」
そう名乗りを上げた俺に、そいつは不快げに眉を顰めた。
「魔族ごときが……! だが、まぁよかろう。我らは騎士。汚らわしい侵略者にも礼を尽くしてやるとしよう……
私はエリュシオ聖王国五聖将が一人、信仰のエゼキエル。偉大なる光輝神様に代わり、貴様らに神罰を与えし者だ……!」
奴、エゼキエルの名乗りに村全体がざわめく。特にアンジェリカの反応が凄い。
「五聖将……!? ねぇソフィー。それって、前に君が言ってたあれだよね!?」
「え、ええ。私達が住む聖王国において、最強とされる五人の聖騎士です」
「ほーん。まさかそんにゃ大物が来るにゃんてにゃぁ。びっくりだにゃ」
「あ、あれ……? ソフィーもミネットも、あんまり驚いてないね……?
で、でもこれで……! おいオーク、お前の悪行もここまでのようだな! 本当は僕が倒したかったけど……」
アンジェリカの声に、俺は小さく後ろを振り返った。
どうやら、このしかめっ面とのお別れはもう少し先になりそうだ。
「——お前達、もう少し下がれ。ラミルル、ベル、ツバキ。アンジェリカ達を頼む」
「え……? あ、はい! みなさん、下がってください!」
俺の声に即座に三人が動き、アンジェリカ達を庇いながら後ろに下がる。
「あ、ちょっと……!」
アンジェリカが不満の声を上げ、予定と違う動きにソフィーとミネットが不安そうな表情を見せる。
俺は彼女達に心の中で謝りつつ、エゼキエルへと視線を戻した。
奴は、じっと村の様子を観察していた。魔族兵に守られながら、嫌がる様子もない人族の村人達を。
「領都モンフォルムで、あの血塗れ巨人を討った勇者いると耳にしてここへ来たが……人族と魔族が共に暮らすなど、なんと悍ましい光景か……!
神の御名の下、この邪悪な村を今すぐに滅ぼしてくれよう!」
信仰のエゼキエル……またの名を狂信者エゼキエルは、強烈な殺気と共に剣を抜き放った。




