第023話 閃炎のツバキ(2)
「ん……? デュラン殿、何か言ったでござるか?」
俺の呟きにツバキが顔を上げる。
「あ、いや……その……」
その憔悴した顔に言葉が詰まる。
俺のとばっちりで、彼女は魔王軍最高幹部である四天王の職を失い、魔界での居場所を無くし、故郷にも帰れなくなってしまった。
すぐにでも土下座して謝罪したいのに、ことの重大さに言葉がうまく出てこない。
もし相手があの極悪非道なヴァルグルだったなら、ここまで罪悪感を覚えなかっただろう。
だけどツバキは違う。彼女は魔族の良心とも言える人物なのだ。
カオスマキアのストーリー終盤には大きな分岐があって、普通にプレイしていた場合、勇者が魔王との最終決戦に挑む光の勇者編がスタートする。
しかし一定の条件を満たすと、勇者は闇堕ちして魔族に転生。魔王側に寝返って人族に牙を剥く、闇の勇者編がスタートしてしまうのだ。
俺が回収してきた99個のエンディングの内、およそ半分はこの闇の勇者編だった。
ちなみに闇の勇者編では魔族専用の天職も習得できて、その一つが魔物使いだった。
そして四天王筆頭であるツバキは、双方において重要な役割を果たしていた。
光の勇者編では、彼女は武士道を重んじる高潔な強敵として勇者の前に立ち塞がる。
彼女との最後の戦いは魔王戦の直前であり、最弱の中ボスであるデュランと違って、いわば真の中ボスともいえる存在だ。
一方闇の勇者編では、元人族として魔族の中で孤立しがちな勇者に明るく寄り添い、頼りになる仲間として共に戦ってくれる。
敵としての彼女の魅力に脳を焼かれ、味方としての彼女には何度も励まされた……俺にとってツバキは、勇者達に並ぶ推しキャラなのだ。
だからこそ、自分が彼女にした所業に胸が痛む。い、一体どう謝ったら……
「ゔぅっ……ツバキ様、可哀想ですぅ……!」
「クゥーン……」
身の上話に貰い泣きしてしまったラミルルとベルに、ツバキが儚げに微笑む。
「某の話を信じてくれるでござるか……救われる思いでござるよ……さて、某そろそろお暇させていただくでござる。本当に世話になり申した」
「なっ……ま、またれよ! 何もそこまで急ぐことはあるまい。貴殿は先ほどまで死にかけていたのだ。せめて、今日一日はゆっくりと休んでいくがいい」
さらっと出ていこうとするツバキを、俺は必死に制止した。まだ謝罪もできていないのに出て行かれたら困る。
それに……人族を襲ったりせず、森で一人餓死しかけていた彼女をこのまま行かせるなんて、絶対にできない。
「いや、それには及ばんでござる。某を匿ったとあっては、其処元らに迷惑がかかるでござる。早くここから立ち去らねば……」
「いかに魔王陛下とて、こんな辺境にまでその目は及ばんだろう。ともかく今日は泊まっていかれよ。俺様の顔を立てると思って、どうか……!」
「うっ、そう言われると弱いでござる……うーん……では、お言葉に甘えさせて頂くでござる。某も、少し考えたいことがある故」
「……! うむ、それがよかろう!」
なんとか引き留めに成功し、俺はほっと安堵の息を吐いた。
よし。彼女が休んでいる間になんとか覚悟を決めて、謝罪の文言を考えよう……
そして翌朝。ようやく洗いざらい謝罪する決心がついた俺は、勇者達を伴ってツバキの元を訪ねた。勇者達が彼女に会わせろと言って聞かなかったのだ。
ラミルルとベルのお世話で完全に回復した様子のツバキは、俺が人族の少女達を連れてきたことにとても驚いていた。
しかし人懐っこいツバキはすぐに彼女達と打ち解け、一緒に朝食を食べ、村を一通り案内されると、もう友達のような仲になっていた。
「デュラン殿……先ほどのアンジェリカ殿らといい、ここの様子には本当に驚いたでござる……とても魔族に占領された人族の村とは思えないでござるよ」
村の広場の端。俺の隣に立つツバキはしみじみと呟いた。
彼女の視線の先では、勇者達がラミルルとベルと一緒に訓練している。
広場には俺達の他にも見物客がいて、人族の村人と魔族の兵士が楽しげに談笑していた。
「前の領主が相当悪どかったようだからな。俺様はそれを妥当な扱いに戻しただけだ」
「あはは。それだけでは、こんなに穏やかな雰囲気にはならんでござるよ。全てデュラン殿の人徳のおかげでござろう。
某の故郷、ヤマト王国もこんな感じだったでござる。魔族と人族が互いに支え合って暮らしていて……懐かしいでござるなぁ……」
「うっ……そうか……」
ここではない何処かに目を向けながら微笑む彼女に、俺は激しく罪悪感を刺激された。
もう彼女は、その懐かしい故郷に帰ることができないのだ。
全ては俺のせいである……よ、よし。このタイミングだ。そろそろ謝ろう。まずはどこか人目のない場所に連れ出して……
「ところでデュラン殿」
しかし、くるりとこちらを振り向いたツバキに出鼻をくじかれた。
「な、なんだろうか?」
「ここの兵士たちは、体のどこかに同じ紋章が刻まれているでござる。ベル殿の額にもあり申したが……あれはなんでござるか?」
ツバキの質問に、俺は広場に集まった魔族兵達を見た。
彼らの手の甲や首などには、ヨーヴル男爵家の紋章が刻まれている。実は彼らも俺の「配下」になっていたのだ。
デリアに変身した俺が弓の武技を使えたのも、弓兵の天職を持つ配下がいたおかげだ。
突然魔法陣に包まれて体に紋章を刻まれた彼らは、最初はひどく混乱していた。しかし俺の新しい強化魔法だと説明すると、すんなり納得してくれた。
この勝手に発動する支配の魔法、本当にどうにかならないのかな……
支配が発動して「配下」になるには、その相手が、俺に対して一定以上のプラスの感情を持っている必要があるらしい。
ありがたいことに、魔族兵達はそのくらい俺を慕ってくれているということだ。
しかし、これをツバキに対してどう説明したら……あ、彼女に謝る時には、どうせ支配の魔王の件は話さないといけないか……?
いやでも、ここは少し人の目が多すぎるし……
「あれは……俺様の配下の証というか……その、少し説明が難しいのだ……」
「ふーん……まぁデュラン殿ならば、無理やり刺青を入れるような無体はしないでござろうなぁ。
——デュラン殿。突然でござるが、外の森へご一緒願えませぬか? ここでは少し憚れる故……」
「む……? 了解した」
何やら真剣な様子の彼女に、俺は好都合とばかりに頷いた。
その後俺達は連れ立って村を出て、森の中へと入っていった。
「おろ、ここは……うん、ここがいいでござるな!」
そして彼女が足を止めたのは、俺達が初めて出会った場所だった。
「それで、一体どうされたのだ? 何やら思い詰めた様子だったが……」
「おや、バレてござったか。そうなのでござる。デュラン殿のお人柄と腕を見込んで、お頼み申し上げたいことがあるでござる」
「ほう。ツバキ殿の頼みとあらば、大抵のことは叶えよう。なんでも言ってくれ」
いや、本当になんでも言って欲しい。罪悪感でさっきからお腹が痛いのだ。
するとツバキはにっこりと微笑み、その場にすっと座り込んだ。
「辱い。では今から腹を切る故、介錯をお願いするでござる」
「ああ、よかろ——へ?」
頷いた後で、ようやく彼女が何を言ったのか理解できた。
彼女は背中の大太刀を一瞬で抜き放つと、それをくるりと回転させ、柄ではなく刃の方を逆手で握った。
切先を自身の腹に向ける様子はまさに切腹の所作。俺は反射的に彼女の元へ走り出した。
「某の首、魔王様に届けて欲しいでござる! では、おさらば!」
大太刀が彼女の腹に突き立つ直前、俺はその刃をしっかりと掴んで止めた。
鋭い刃を素手で握ったことで、俺の手から血が滴る。ま、間に合った……
「デュ、デュラン殿……!? なぜ……血が……」
「ツバキ殿……一体何を考えている!?」
思わず激昂する俺を見て、彼女は少し嬉しそうに笑った。
「——某には、もう居場所がないのでござるよ……魔界には居られないでござるし、人界ではご覧の通りでござった……何せ戦しか取り柄がない女故、一人で隠れ住むことすらままならないでござる。
このままでは飢えて死ぬのを待つばかり……それならば、侍らしくスパッと腹を切ろうと思ったのでござるよ……
そして某の首を魔王様に届ければ、きっと褒賞が出るでござる。今の某には、それくらいしか受けた恩を返す方法がなかったのでござるよ」
「……!」
絶句した。
俺が一晩かけてどう謝ろうか考えている間に、彼女は自ら命を断つ覚悟を決めていたのだ。その上俺達のことまで気遣って……
武士にも程がある。だからこそ、そんな彼女を死なせるわけにはいかない。
「ツバキ殿……その覚悟と報恩の心、見事なり。だが待って欲しい。俺様も貴殿に話があったのだ」
「おや、なんでござろうか?」
俺は大太刀から手を離すと、彼女の手前に正座し、そのまま深々と頭を下げた。土下座である。
「ツバキ殿が謀反の罪を被ったのは、恐らく俺様のせいなのだ。誠に、申し訳ない」
「デュラン殿……!? 一体どういうことにござるか!? ま、まずは頭を上げて欲しいでござる!」
突然の土下座に慌てるツバキに、俺は自分が魔王と同種の天職、支配の魔王を得たことを説明した。
恐らくそれによって俺は魔王の臣下から外れた。魔王はそれをツバキの離反と誤認し、今回の騒動に至ったのだ。
話を聞き終えたツバキは、納得したように何度も頷いた。
「なるほど……魔王が同時に二人も存在するなど聞いたことがなかったでござるが、確かに辻褄が合うでござるな。
しかし、やはりデュラン殿に責はないでござるよ。修練により魔王に至った貴殿には、なんの落ち度もござらん。
結局は某の不徳にござる。魔王様の信任を得られなかった、某の……
でも教えてもらってスッキリしたでござる! さあ! 次は某の首をスッパリと——」
「ま、待て! まだ話は終わっていない。ツバキ殿……俺様の食客として、この村に留まってくれないか? 四天王筆頭と同等の給金は流石に出せないが、それなりの待遇を約束しよう」
「某を食客に……? い、いや、お話は大変ありがたいでござるが、某が居たら絶対に迷惑になるでござる……! い、一体どうしてそこまで某を……」
「決まっている。ツバキ殿には生きて……俺様の側にいて欲しいからだ」
「え……うへぇっ!? デュ、デュラン殿……! ななな、何を言うでござるか!?」
ツバキがなぜか赤面しながら後ずさる。よく分からないけど、畳み掛けるなら今だ!
「ツバキ殿……貴殿は昨日、恩義は一生忘れないと言った。だが貴殿がここで死んでしまったら、一体どうやってその恩義を返すというのだ……!?
言っておくが、俺様は貴殿の首など絶対にいらないぞ……! 貴殿が真の侍であるならば、受けた恩義はご自身の働きで返すべきだ。違うか、ツバキ殿」
「……! デュラン殿……某、そう言われてしまうと弱いでござるよ……
しかし、そうでござるな。命を救われたこの恩義、返さずして何が武士道か……! うむ、承知申した!」
ツバキは晴れやかな顔で頷くと、綺麗な所作で俺に頭を下げた。
「某、姓はシマナミ、名はツバキ! これより御身の家臣として……そして妻として! この身命を捧げ申す!」
「うむ、歓迎しよう! ——え、妻……?」
キィィィン……
聞き捨てならない言葉に目を見開いていると、ツバキの体が魔法陣の光に包まれた。
こ、これは……まさか……!?
そのまさかだった。やはり俺の制御は効かず、魔法陣が消えると、ツバキの胸元にはいつもの紋章が刻まれていた。
「配下」となった彼女から、この上ない歓喜と感謝の感情が流れ込んでくる。
「おぉ、これは……! 例の配下の証でござるな! 早速ありがとうでござる! 主様!」
「う、うむ……! ツバキよ、お前の忠義を嬉しく思うぞ。あとその……先ほどの口上について、少し良いだろうか……?」
満面の笑みを浮かべる彼女に、俺は恐る恐るその真意を尋ねるのだった。




