第022話 閃炎のツバキ(1)
ツバキを抱えてコルマール村に駆け戻ると、何事かと人が集まってきた。
「デュラン様、どうされ——そのお方は……!?」
その中の一人、魔族兵達の指揮を任せている騎士が、俺の腕の中のツバキを見て驚く。
彼くらいの立場になるとやはり知っているらしい。集まった魔族兵の中にも、ツバキを見て驚いている人がちらほらいる。
「うむ、おそらくお前の考える通りだろう。衰弱が酷い。すぐに従軍神官を呼んでくれ」
「はっ!」
走っていく騎士を見送り、俺は勇者達に向き直った。
「すまないが、お前達は下がってくれ。この人物は少し訳ありなのでな」
俺の言葉に、すぐにアンジェリカが睨み返してきた。
「なっ……オークめ、そんな小さな子に何をするつもりだ!?」
「まーまー、アンジェ。きっと魔族には魔族の事情があるんだにゃ。デュラン、そいつが元気ににゃったらまた挨拶させてくれにゃ」
「私が診て差し上げたいところですが……そちらの従軍神官さんの方が経験豊富ですよね。もしお手伝いが必要でしたら、いつでもおっしゃってください」
「ミネット、ソフィー……理解に感謝する。ラミルル、ベル。少し手伝ってくれ」
「は、はい!」
「ワオン!」
俺は自分の天幕に入ると、ツバキをそっとベッドに寝かせた。
その後ベルにお湯を沸かしてもらい、ラミルルにはツバキの着替えをしてもらった。
もちろん、その間俺は外に出ていた。
着替えが終わったところで魔族の従軍神官が駆けつけ、すぐに診断と治癒が行われた。
彼女の症状はソフィーの見立てどおりだった。彼女の体に刻まれた無数の傷は神官によって癒やされた。
脱水症状も、俺がたまたまレシピを覚えていた経口補水液を少しずつ飲ませたら、容体がかなり安定した。
今は神官に下がってもらい、お粥を作りながらツバキが目覚めるのを待っている状況だ。
「デュラン様……この子、ものすごく可愛いですね! 神秘的な顔立ちがとっても素敵ですぅ!」
ラミルルが、ツバキの寝顔を至近距離で見つめながら悶えている。彼女、可愛いものに目がないんだよな。目がもうハートマークになってるし。
「彼女の出身は遥か東の国だからな……あんまり可愛いからといって食べるなよ?」
「た、食べたりしませんよ!」
「クゥーン……?」
「ベルちゃんまで……あ」
すると、ツバキのまぶたが震え、うっすらとその目が開いた。
「だ、大丈夫ですか……!? どこか痛いところはないですか……?」
「ここ、は……どこでござるか?」
気遣うラミルルに、ツバキの受け答えは鈍い。まだ目が覚めきっていないんだ。
「えっと、魔界に近い人族の村です。今は私達が占領していて……あ、それよりお腹は空いてませんか? あなたは栄養が足りていないそうなので、まずはご飯を食べないと」
「……! ぺこぺこにござる! この匂い、まさか……お粥にござるか!?」
がばりと体を起こしたツバキに、ラミルルが嬉しそうに手を叩く。
「わ、すごい、正解です! はいどうぞ。デュラン様特製の卵がゆです! 熱いので気をつけて」
器に盛ったお粥をラミルル経由でツバキに渡すと、彼女はそれを尊いものであるかのように恭しく受け取り、静かに手を合わせた。
「い、いただくでござる!」
彼女は最初の一口を食べて目を見開くと、すごい勢いでお粥をかき込み始めた。その目には涙が滲んでいる。
「お、おいじい……おいじいでござるよぉ……! まともなご飯なんて何日ぶりか……五臓六腑に染み渡るでござるぅ……」
「そう……辛かったんだね、よかったね……」
そんなツバキに貰い泣きしたのか、ラミルルは涙を流しながら彼女の頭を撫でた。
ツバキは何度もおかわりを求め、大鍋に作ったお粥を全て平らげてしまった。
病人にいきなり食べさせるのは良くなかったかもしれないけど、本人はとても満足げにしている。
「いやー、生き返ったでござる! まさか人界で米と出汁の味に出会えるとは……! 夢中で食べてしまったでござる! 本当にかたじけな——」
ツバキは、そこでやっと俺の存在に気づいたらしい。
瞬間、彼女は目を見開き、ベッドから飛び起きて背中に手を回した。
彼女は普段背中に刀を背負っているので、反射的に臨戦態勢を取ろうとしたんだろう。
「わっ……! ど、どうしたんですか……!?」
驚くラミルルに、ツバキは険しい表情のまま応えない。
彼女の態度の原因は俺の姿だろう。魔王をよく知る人はみんな驚くからな。それにしてもこの反応は妙だけど……
俺はツバキを手で制しながら静かに語りかけた。
「どうか、落ち着かれますよう……恐れ多くも、私はよく魔王陛下に似ていると言われます。
ですが全くの別人にございます。それと、貴方の装備はそちらに」
俺のような木っ端貴族にとって、四天王は雲の上の存在だ。俺の主君だったヴァルグル侯爵よりも立場が上なので、一旦俺様口調は封印だ。
ツバキは、ベッド脇に立て掛けられた刀と俺とを見比べると、安堵したようにベッドに座り直した。
「そ、そうでござったか……それにしても似ているでござる。気配からして凄まじい手練のようでござるし……
あ、申し遅れたでござる。某はツバキと申しまする! 魔王軍にて四天王筆頭の職を……
違ったでござる……今は、今はただの浪人の身にござる……有り体に言えば無職にござる……」
ツバキは、元気に名乗ったかと思ったら即座に凹んでしまった。心なしか角までへにょりとしている気がする。
というか今、無職って言ったのか……? つまり、彼女は四天王を解任されたってことか!?
嘘だろ……そんなとんでも人事、原作のどのルートでもなかったぞ……!?
「し、ししし、四天王様!? し、失礼いたしましたぁ〜!」
ツバキの名乗りに、ラミルルはへへーとばかりに平伏してしまった。めちゃくちゃ頭撫でてたもんな……
「あー、謝らないでほしいでござる。元々畏まられるのは苦手な上、先ほど申したように今は無位無冠の身……丁寧な言葉遣いも不要でござるよ」
「は、はいぃ……!」
ラミルルがおずおずと頭を上げた。この世界のツバキは、原作通り気さくで快活な性格らしい。
「なるほど。ではお言葉に甘えて……俺様の名はデュラン。この村を占領している部隊の指揮官だ。
魔王陛下に次ぐ力を持つというツバキ殿にお会いできて光栄だ。そして、こちらは俺様のメイド兼護衛のラミルルに、相棒のベルだ」
「ふむふむ、みんなよろしくでござる!」
「それで……聞いても良いだろうか? なぜツバキ殿ほどの者が四天王を解任されたのだ? それにどうしてこのような辺境に一人で……」
「そ、それは……実は某にも何が何やら……」
ツバキは少し躊躇ったあと、何が起こったのかを話し始めた。
ある日、会議があると部屋に呼び出された彼女は、出されたお茶を飲んで人が来るのを待っていた。
しかしお茶には毒が仕込んであり、彼女の体が痺れ始めたところで部屋に騎士達が雪崩れ込んできた。
『これは、一体、何事に……ござるか!?』
震える声で問うツバキに、騎士達が答えた。
『四天王筆頭、閃炎のツバキ様……いや、反逆者ツバキ。魔王陛下の勅命により貴様を拘束する。罪状は陛下への大逆罪だ』
『そ、そんな……何かの、間違いにござる!』
心当たりのないツバキは必死に弁明したが、聞く耳を持つ者はその場におらず、彼女は麻痺した体で必死に抵抗した。
そして傷だらけになりながらなんとか魔王城を脱出したが、すでに魔界に彼女の居場所はなく、東の果ての故郷にも手配が回ることは予想できた。
そのため彼女は人界へ逃げることにしたのだが、金も生活能力もなかったので、森の中で飢え死にしかけていたらしい。
「その時、どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきて……ふらふらと引き寄せられたところで、其処達に出会ったというわけでござる。
こうして命を助けてもらい、本当にありがとうでござる! この恩義は一生忘れないでござる!」
「な、なるほど……そんなことが……」
深々と頭を下げる彼女に、俺はなんとかそう返した。それであの反応だったのか……
——嫌な、とても嫌な予感がする。
ツバキの性格上、彼女はこういう場面で嘘はつかない。彼女は魔王を裏切ってなどいないのだ。
原因は彼女ではない。となると……
「そ、その……魔王陛下は、なぜツバキ殿が謀反を起こしたと思ったのだろうか?」
一縷の望みをかけて問いかけると、ツバキはうーんと頭を捻った。
「分からないのでござる……確かに、某は陛下のやり方に何度か異議を唱えたことはあり申した。
陛下のやり方はあまりにも苛烈で残虐で、正直ついていけないと思っていたでござる……しかしこのツバキ、誓って謀反など企んだことはないでござる!
あ……でもそう言えば……以前、こんな噂話を聞いたことがあるでござる。陛下は魔王の権能によって、力ある臣下の離反を知ることができると」
「……! そ、それは、つまり……?」
「誰か、別の力を持った臣下が離反し、それを某と勘違いしたのかもしれないでござるな……
まぁいずれにせよ、陛下からの信任を得られていなかった某の落ち度にござる……」
ツバキがガックリと項垂れる。
一方俺の方も、背中が冷や汗でびしょびしょになっていた。
嫌な予感が確信に変わっていくのを感じながら、俺は思考を巡らせた。
魔王グラノスの天職については分からないことも多い。
ツバキが聞いた噂が本当と仮定した場合、多分、俺も奴の臣下ということになるだろう。
そして離反とは具体的に何を指すのか? 心が離れ、忠誠心を失うことだろうか?
もしくは……臣下の枠に収まらない存在、例えば魔王になってしまうことも、離反と認定されるのでは……?
そう考えると、全ての辻褄が合ってしまう。おそらく時期的にも間違いない。
原作では絶対に起こらなかったツバキの四天王追放。その原因はつまり……
「また、俺のせいなのか……!」




