第021話 コルマール村の日常
勇者達がコルマール村に戻ってから数日後。俺達はいつものメンツで、村近くに広がる森の中層付近を訪れていた。
俺に再び反抗した勇者達への罰として、村周辺の魔物討伐という労役を課すため……というのは建前で、勇者達の位階を上げるためである。
「光刃!」
中性的な金髪の少女、ヒューマンの勇者アンジェリカが、巨大な虎型の魔物に向けて光り輝く斬撃を放った。
「ゴァッ……!?」
その魔物、全身に刃を生やしたシュレッドタイガーは、すでに無数の傷を負っていた。
勇者の斬撃はそいつの太い首を切り裂き、それがとどめとなった。
その巨体がぐらりと揺れ、地響きをあげて倒れ伏した。
「——よし、ご苦労。よくぞお前達だけで上級の魔物を倒した」
俺の言葉に、数十分の激闘を制した勇者とその仲間達がへたり込む。
深い傷はないものの、全員ボロボロだ。
「はぁっ、はぁっ……くそっ、オークめ! 偉そうに……!」
アンジェリカがぐったりとしながら俺を睨む。相変わらず今日も当たりが強い。
一方、白髪の猫耳少女、斥候の天職を持つハーフビーストのミネットは、疲労を見せつつも少し興奮気味だ。
「ふぃー、疲れたにゃ……! まさかあのデカネコをウチらだけで仕留められるにゃんてにゃあ……これ、結構すげーんじゃにゃいか!?」
ミネットの言葉に、とても小柄な緑髪の少女、神官の天職をもつハーフフットのソフィーが何度も頷く。
「ええ、すごい進歩です……! 以前この魔物と遭遇した時には、震えることしかできませんでしたから。まぁ、それを一太刀で仕留めたデュランさんにはまだ敵いませんけど……」
アンジェリカは分からないけど、他の二人は自分達の成長を実感してくれているようだ。ヴァルグル戦の経験はやはり大きかったらしい。
この世界は、原作のカオスマキアよりも理不尽な展開になりがちだ。主に俺のせいで……
勇者達には死んでほしくない。そしてできればラストエンディングに到達してほしい。そのためには、やはり力が必要なのだ。
「さて、そろそろいい時間だ。昼食にするとしよう」
とはいえ無理は禁物。成長するには適度に休むのが重要だ。
俺達はシュレッドタイガーからめぼしい素材を剥ぎ取ると、そこから離れた開けた場所に腰を下ろした。
「皆さんお疲れ様でした! 今日のお昼は……サンドイッチと具沢山ポトフです!」
楽しそうに昼食を出してくれたのは、青髪の色々と大きい少女、俺の専属メイド兼護衛でもあるオーガのラミルルだ。
彼女が用意してくれたのは、まずはたっぷりの野菜や肉が挟まったクラブハウスサンド、そして付け合わせの唐揚げとポテト、最後にデザートのカットフルーツの盛り合わせだ。
見た目にも華やかな料理の数々に、育ち盛りの勇者達が歓声を上げる。
「はい、ベルちゃんもどうぞ。ポトフは熱いから気をつけてね?」
「ワン!」
料理を取り分けてくれたラミルルに、黒い大型犬の姿をしたベルが嬉しそうに鳴く。彼はガルムという魔物で、頼りになる俺の相棒だ。
そうして全員に料理が行き渡ったところで、俺達はそれぞれの神、光輝神と暗黒神に祈りを捧げてから昼食を食べ始めた。
「お、美味しい……! ラミルル、君の料理は本当に最高だよ!」
「うふふ。ありがとう、アンジェちゃん」
サンドを頬張りながらベタ褒めするアンジェリカに、ラミルルが嬉しそうに微笑む。
この二人も仲良くなったよなぁ……最初は魔族は敵だって感じだったアンジェリカは、ラミルルの料理と優しい人柄にすぐに態度を変えてしまった。
今では村の魔族兵に敵意を見せることもなくなり、俺にだけ殺意を向けてくる日々だ。
すると、ラミルルがちらちらと俺に視線を向けてきた。
察した俺は、クラブハウスサンドを一口食べ、ポトフを飲んでから大きく頷いた。
「うむ、とても美味い。サンドの方は肉と野菜の比率が完璧だ。ポトフも具材の出汁がよく出ている。いい仕事だ」
「あ、ありがとうございます! デュラン様!」
ラミルルは花が咲いたように笑うと、上機嫌でサンドを食べ始めた。他の人なら数口かけて食べるところを、彼女は一口だ。いっぱい食べてくれ。
そんな彼女の様子に、なぜかアンジェリカが悔しそうに唸る。
「くっ……何で僕よりオークに褒められた時の方が嬉しそうなんだ……!」
「にゃんでって、そりゃそうだにゃ。ま、アンジェはまだお子様だからその辺わからにゃいよにゃ。にゃはは!」
「お子様……? 何を言ってるんだミネット。僕ら同い年じゃないか。ね、ソフィー?」
「う、うーん。まぁそうなんですが……あ、ほらアンジェ。こっちの唐揚げも美味しいですよ」
「え、ほんと? 食べる!」
魔物の跋扈する森の中に、みんなの楽しげな声が響く。
「デュフフ……」
何だかこう、幸福を感じてしまう時間だな……
けれど、それだけに心苦しいだ。原作ではこの後、彼女達には少し辛い展開になってしまうのだ。
正しいストーリーでは、勇者達は故郷の村と領都を奪還したものの、前回よりもさらに大規模な魔族の援軍に避難を余儀なくされてしまう。
勇者達はその悔しさを胸にさらに強くなることを決意。ヴァルグル討伐の功績が認められて王都の英雄学園に入学し、さらに力をつけていくことになる。
一方この世界では、死ぬはずだった俺が生存し、コルマール村を支配してる。
色々と原作とは違う歴史を辿っているが、一応致命的なズレは生じていない。
ラストエンディングに到達するためには、そのずれを調整して、勇者達が王都の英雄学園に入学する展開に持っていく必要があるのだ。
ただ、その辺をどう辻褄合わせするかについては、実はまだ考え中だったりする。ヴァルグル討伐周りで想定外が多すぎて、対策を練る時間がなかったのだ……
——でもあれか。その辻褄合わせが上手くいったら、勇者達は俺が支配する村から離れて王都に行ってしまうんだよな……それは少し寂しいな……
ガサッ……
「「……!?」」
そこへ突然物音がして、全員が臨戦態勢で振り返った。
「——は……?」
そして、木陰から出てきた人物を目に、俺は思わず呆けた声をあげてしまった。
その子はとても小柄な女の子で、真紅のポニーテールに東洋系の愛らしい顔付きをしていた。
種族は魔族のドラゴニュートで、額には二本の角が生え、体の各部が真紅の鱗に覆われていている。
そしてその背には身の丈ほどの大太刀を背負っていた。
俺は、この子のことをよく知っている。
何があったのか、表情は虚ろで、体は痩せ細り、薄汚れてしまっているけれど、見間違うはずがない。
嘘だろ……何で……何で彼女が……!?
俺達はしばし見つめ合う形になったが、少女がパタリと倒れてしまうと全員で駆け寄った。
「お、おい! 大丈夫か!?」
抱き上げて声をかける。すると彼女は目も開けず、うわごとのように呟いた。
「ご、ご飯……お腹、減ったでござるぅ……」
その言葉を最後に、少女は俺の腕の中でぐったりと脱力してしまった。
「し、死んじまったのかにゃ……!?」
「いえ……気を失っただけのようです。でも直ぐに処置する必要があります……!
体中傷だらけな上に、脱水症状と栄養失調まで……」
「こんなになるまで、可哀想に……すぐに村に連れて行こう!」
俺は勇者達の言葉に頷くと、その少女を丁寧に抱え直して静かに立ち上がった。
「うむ。今日の労役はここまでとしよう。まずは彼女の救護だ」
「あ、あの、デュラン様……もしかしてその子とお知り合いなんですか?」
「ワウ?」
少女に対する俺の態度に何かを察したのか、ラミルルがおずおずと聞いてきた。
ベルも不思議そうに少女の匂いを嗅いでいる。
「いや、彼女は俺様のことなど知らないだろう。俺様が一方的に知っているだけだ。何せ、有名人だからな……」
俺は視線を落とし、腕の中で目を瞑っている少女の顔をじっと見た。やはり間違いない。
魔王軍四天王筆頭、閃炎のツバキ。
広大な魔界において、魔王に次ぐ実力を持つと言われる彼女が、何故こんなところに……?




