第020話 勇者の凱旋
「あっ……みんな、見えたよ! 僕らのコルマール村だ!」
隊列の先頭を歩いていたアンジェリカが、嬉しそうに街道の先を指差す。
すると彼女の言うとおり、ゆるい起伏の向こう側から円形の防壁に囲まれた村が姿を現した。
「おぉ! にゃんだか懐かしいにゃ! いにゃー、にゃんとか二週間で帰ってこられてよかったにゃぁ」
「領都の方々がなかなか帰してくれませんでしたからね。アンジェと、それからデリアさんも大人気でしたし」
「にゃはっ、確かにそーだったにゃあ! よっ、弓姫デリア!」
ソフィーとミネットがによによと笑いながら見てくる……俺は思わず視線を逸らしてしまった。
「その恥ずかしい二つ名、やめてくれって何度も言ってるのに……はぁ……」
ヴァルグルを倒した後、抵抗勢力は俺の鏑矢と共に蜂起した。
住民達も巻き込んだ人族一丸となった動きに、領都に駐留していた魔族軍は撤退を余儀なくされた。
これほど上手くいったのは、敵軍の指揮官であるヴァルグルを倒したことに加え、次席指揮官になりそうな高級士官が、軒並み奴自身の手で惨殺されていたからだと思う。
しかし、その時は組織だった動きができなかった魔族達も、撤退後は領都の外で指揮系統の再編を図ろうとしていた。
そのまま再度攻め込まれたら結構まずかったけど、そうはならなかった。
どこからともなく現れた魔物の大群が、魔族軍を追い散らしてしまったからだ。
もちろん俺の配下達だ。原作では、この役割は王都から来た援軍が担っていた。
けれど彼らはまだ王都周辺から動けていないので、俺がなんとかするしかなかったのだ。
——そういえば、配下達の数が妙に多かったように見えたけど……まぁ、多分気のせいだろう。
そうして領都を人族の手に取り戻した後、俺達は街の人々から熱烈に感謝された。
領都を救った英雄として祭り上げられ、都市奪還を祝う祝祭でスピーチを求められたのだ。
それ自体はいい。原作通りだ。しかし、代表として領都の人々の前で話すことになったアンジェリカが、話の最後にとんでもないことを言い出した。
「——だからこの勝利は、僕らコルマール村の三人だけじゃ成し遂げられなかった!
ダークエルフの弓使い、弓姫デリア! 彼女の命を賭した助力がなければ、僕らは今ここに立っていない!
彼女の種族に……赤い瞳を持つダークエルフに、思うところがある人もいるかもしれない……
だけど彼女は、ダークエルフが人族であることを、人族の味方であることをはっきりと示してくれた!
領都のみんな! どうか大きな声で弓姫デリアを称えてほしい!」
「「わぁぁぁぁぁ!」」
俺が唖然とする中、アンジェリカの言葉に領都の人々は巨大な声援で応えた。
都市を救った英雄の演説に、人々のダークエルフへの偏見は吹き飛んでしまったようだった。
その後は宴会になだれ込み、俺達は主賓として歓待され、街の人々が入れ替わり立ち替わりお礼を言いにきた。
正直悪い気はしなかったけ、領都解放の名声は勇者のものでなければならない。
俺はなるべく自分の功績を薄めようと、勇者達を立て、この上なく謙虚に振る舞った。
だがそれが逆に評判を上げてしまったらしく、俺の弓姫デリアの二つ名は、勇者にも並ぶ高潔な戦士という形で広まっていった……
宴会はそのまま三日三晩続き、人々が騒ぎ疲れたところで俺達はようやく解放されたのだった。
「アンジェリカ、君の演説のせいだぞ。俺は目立ちたくなかったのに……」
領都でのことを思い出して恨み言を漏らす俺に、当の本人はきょとんとしていた。
「何を言うんだい。功労者は讃えられるべきだよ。実際、僕らは君がいなければ死んでいたと思うし……
それに君が名声を得れば、君の種族……ダークエルフの立場も良くなると思ったんだ」
アンジェリカの言葉に俺は面食らう。
おぉ……そこまで考えてくれていたのか。俺は成り行きでダークエルフの姿を借りているだけなんだけど、素直に嬉しいな。
「そうか……ありがとう。気遣いに感謝するよ。——さて、無事にヴァルグルを討てたし、君達を村まで見送ることもできた。俺はこの辺りで失礼するよ」
村に向かわずに立ち止まった俺に、アンジェリカが目を見開く。
「え……そんな、もう行っちゃうの……!? ま、待って欲しい! もうすぐ僕らの故郷の村に着く。せめて今日は泊まっていこうよ!
えっと……今村は少しややこしい状況で、嫌な奴もいるんだけど……でもとっても良いところなんだ!」
「ふふっ、ありがとう。でも次の仕事があって、本当にもう行かないといけないんだ」
「おいアンジェ。あんまし、ワガママ言うもんじゃにゃいにゃ。デリアが困ってるにゃ」
「そうですよ。それに、デリアさんにはきっとすぐにまた会えます。そうですよね?」
アンジェリカを窘めるミネットとソフィーに、俺は微笑みながら頷く。
「そうだね……案外すぐに顔を合わせるかもしれないよ」
「うぅ……わ、わかったよぉ。デリア……絶対また会おう。約束だからね」
「ああ、約束だ。それじゃあみんな、元気で。短い間だったけど、楽しかったよ」
俺はアンジェリカと握手を交わし、彼女達に見送られながら森の中へと姿を消した。
で、その直後、俺は変身を解除してデュランの姿に戻った。
さらに気配を消しながら全速力で村まで走り、防壁を飛び越え、村人達を横目に広場の天幕へと滑り込んだ。
そこには驚いた表情でこちらを見るラミルルとベル、そして、偉そうに座るもう一人のデュランの姿があった。
「ラミルル、ベル。帰ったぞ」
「デュラン様……! お帰りなさいませ!」
「ワンワン!」
ドンッ……!
俺は思い切り突進してきたラミルルを抱き止め、彼女の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
足元を見ると、ベルが前足を絡めて抱きついていた。普段行儀のいい彼にしては珍しい。
かなり寂しい思いをさせてしまったようだ……
「ご無事で……ご無事で本当に良かったですぅ……! わたし、心配でご飯も三杯しか食べられなくってぇ……」
「クゥーン……」
「二人とも、心配を掛けたな……シャドウ。お前も影武者ご苦労だった。村の様子に変わりは無いようだし、見事に俺様を演じてくれていたようだな」
俺がもう一人の俺に話しかけると、彼は椅子から立ち上がり、膝を突いて頭を垂れた。そして。
ギュルッ。
その姿が歪み、立体化した影のような魔物へと変化した。
彼は俺の配下で、シャドウデーモンという種族の魔物だ。
俺が使っていた変身は彼から借りた魔法で、俺の留守中は影武者をお願いしていたのだ。
「モッタイナキオ言葉……デハ、私ハコレニテ……」
「うむ、よく休んでくれ」
シャドウは恭しく頷くと、影の中へ溶けるように姿を消した。
「あの、デュラン様。その、例のお仕事は上手くいったんですよね……? それに、アンジェちゃん達は……?」
ようやく体を離してくれたラミルルが、不安そうに聞いてくる。
彼女には、ある大きな目的のため、勇者達に助力してヴァルグルを暗殺してくるとだけ伝えていた。
「ああ。色々と想定外はあったが、目的は果たすことができた。彼女達も無事だ。直に……」
ワァァァァ……
するとその時、天幕の外から歓声が聞こえてきた。
「ちょうど戻ったようだな。ラミルル、ベル。すまないが、俺様は勇者達を出迎えてくる。お前達は涙を拭いてから来るのだ。ゆっくりで良いぞ」
二人を残して天幕の外に出ると、村の中に勇者達が帰ってきていた。
彼女達の周囲には、帰りを待っていた村人や魔族兵達で人垣ができている。
「みんな聞いてくれ! 領都モンフォルムは解放された! 都市を占領していた魔族軍ももういない! そして奴らの首領、血濡れ巨人ヴァルグルは……僕らが討ち取った!」
そして晴れやかな笑顔でそう宣言したアンジェリカに、どよめきが巻き起こった。
「アンジェリカ達が領都を……!? 子爵令息様に報せないと!」
「魔族の親玉を倒したの!? アンジェねーちゃん達スッゲー!」
「え……いや、本当だったら凄いし、喜ぶべきなんだろうけど……」
村人達の中には無邪気に喜ぶ子供の姿もあったが、大人達の多くは気まずげに魔族兵達の様子を窺っている。
「まさか、ヴァルグル閣下が……!?」
「いや、流石に嘘だろう。あの子が血濡れ巨人を討てるとは思えない」
「ああ。だが、もし本当だとしたら……」
これまで良好な関係を築いてきた村人と魔族兵達の間に、にわかに緊張が走る。
俺はそのタイミングで人垣に割って入り、勇者達の前に立った。
「デュフフフフ……お前達がヴァルグル閣下を討ち取っただと……? ようやく帰ってきたかと思えば、よくもそんな大言が吐けたものだな。アンジェリカよ」
「オークめ……! ふん、信じられないか……だが、お前の主君はもうこの世にいない! この僕が斬ったからだ!」
俺の言葉に、アンジェリカが不敵な笑みを浮かべる。
デリアとデュランに対する態度の違いに風邪をひきそうだ。さっきまであんなに仲間って感じだったのに……
さておき、ヴァルグルの家臣である俺の立場上、主君を殺したと言っている勇者達を放っておくことは出来ない。
なのでここは、小娘の嘘として聞き流すスタンスで行く。
もちろん、領都が解放されたことはいつかこの村にも伝わるだろう。
けれどもう少ししたらストーリーが大きく動き、彼女達はこの村を出ることになる。
俺はその時まで、領都解放などあり得ないという体を保てばいい。
そんなことを考えていると、ミネットとソフィーが俺に歩み寄ってきた。
「よっ、デュラン! 久しぶり……でもにゃいかにゃ? にゃはは」
「ただいま戻りました、デュランさん。お元気そうで良かったです。ふふっ」
「うむ。二人もよく無事に帰った。俺様は嬉しいぞ」
親しげに話す俺達にアンジェリカが目を剥く。
「え……な、なんか二人とも、前よりオークとの距離が近くなってない……? くそっ……! おいオーク!」
「なんだ騒々しい。お前も疲れているだろう。少し休んだらどうだ」
「う、うるさい! 僕は元気満々だ! オーク! お前に、真剣での一騎打ちを挑む! 僕が勝ったら、この村を解放しろ!」
剣を抜き放ったアンジェリカに、村人達は息を呑み、魔族兵が武器を構える。
俺は彼らを手で制し、ミネットとソフィーを下がらせながら剣を抜いた。
「やれやれ……何があったのか知らんが、この二週間で随分と自信をつけたようだな。
まぁよかろう。受けてやる。だがお前が負ければ、逆らった罰としてまた労役に励んでもらうぞ?」
「ああ、いくらでもやってやるさ……! お前が、この僕に勝てたらな! 光輝神の加護! おぉぉぉっ!!」
自己強化魔法の眩い光を放つアンジェリカが、一息に間合いを詰めて袈裟斬りを放ってくる。
足運び、重心の安定性、太刀筋……総じてなかなか悪くない動きだ。だが、まだまだだ。
瞬間、俺は彼女の剣に自身の剣を合わせ、その斬撃をそっと受け流した。
勇者の顔が驚愕に目を見開き、その体勢が大きく崩れる。
俺はその隙に彼女の背後に回り込み、剣の腹でその脳天をぶっ叩いた。
ゴィンッ!
「あだっ!? くぅ〜〜っ……!」
たまらず頭を抱え込む勇者の首元に、俺は悠々と刃を突きつけた。
「勝負ありだな。進歩はあったが、相変わらず力任せだ。今後も精進せよ」
勇者が呆然と顔を上げる。
彼女の顔がくしゃりと歪み、その目からぽろぽろと涙が流れ始めた。あ、やべ。やりすぎた……
「う、嘘……僕、また負けたの……? オークに……オークなんかにぃっ……! ふぐっ……! うわぁ〜〜ん!」
いつか見たように、アンジェリカは人目も憚らず大泣きを始めた。
その様子に俺がオロオロしていると、ミネットとソフィーがすっとアンジェリカの隣に座り込み、手慣れた様子で彼女の頭を撫で始めた。ほっ……助かる。
「おーおー、悔しかったにゃあ。好きなだけ泣くにゃ……しっかしこれ、ウチらも労役確定かにゃ? ま、ウチは体で支払う方でもいいけどにゃあ……? にゃ、ソフィー?」
「ま、まぁ……デュランさんがその方が良いというのでしたら、私もやぶさかでは無いと言いますか……その、興味もありますし……」
前言撤回。なんか二人がとんでもないことを言い出した。
「ば、馬鹿者……! 軽々しくそんな冗談を言うものでは無い。ラミルルに聞かれでもしたら——」
「デュラン、様……?」
するとそこへ、涙を拭き終えたラミルルとベルが現れた。
どうやら話を聞かれていたらしい。ラミルルは泣きそうな表情を、ベルは心なしか呆れたような表情を浮かべていた。
「——やっぱり大きいわたしより、ミネットちゃんやソフィーちゃんみたいな子がいいんですね……
だから、だからデュラン様はわたしにはお手を……うぅ……うわぁ〜〜ん!」
ラミルルがアンジェリカよりも大きな声で泣き始める。俺は急いで彼女の元へ駆け寄った。
「ま、待て待て……! 誤解だラミルル! ミネット、ソフィー、お前達からも言ってやってくれ……!」
俺の必死の懇願にも関わらず、ミネットはニヤニヤと笑い、ソフィーは赤い顔で視線を逸らしてしまった。
そんな俺達の様子に誰かが笑い声をあげ、その声は村全体に伝わり、緊迫した雰囲気は跡形もなく霧散した。
「は、ははは……」
その空気につられ、俺の口からも小さな笑い声が漏れた。積み上げてきたデュランとしての威厳が台無しだよ……
村人と魔族兵達の笑い声を聞きながら思う。
俺はこの世界のラストエンディングを見るため、ここまで頑張ってきたはずだった。
けれど俺は、いつからか勇者達を、この世界で仲良くなった彼女達を死なせないことに必死になっていた。
今後もラストエンディングは目指す。でももしまた勇者達やラミルル、ベルに危機が迫ったら……俺はきっと、今後のストーリーなんて考えずに彼女達を助けてしまうだろう。
この村や部下達のことも結構好きなので、きっと彼らが危なくなっても同じ行動をしてしまうだろう。
「まぁ、それでも良いか……」
やり込みゲーマーとしては失格もいいところだな……でも、なんだか悪くない気分だった。
1章 カオスマキアの世界 完
2章 支配と強欲 に続く




