第018話 血濡れ巨人(1)
「ガァァァァァッ!」
ヴァルグルの巨獣のような咆哮が響く。
鎧が弾け飛んだことで、奴の鋼のような肉体が顕になった。
体中にイバラを思わせる歴戦の傷跡が刻まれ、その全身は赤いオーラに覆われていた。
「狂化状態だ! 気を緩めるなよ! きっと、さっき見せた動きの比じゃない!」
矢を番えながら勇者達に向かって叫ぶ。
ヴァルグルの天職は狂戦士だ。身体能力が爆発的に強化される代わりに、理性が吹き飛ぶという特大のデメリットを持つ。
カオスマキアプレーヤーの中には、これを浪漫と捉える人もいればハズレ天職と切り捨てる人もいた。
奴はそんな天職を極限まで鍛え上げ、狂戦士最大の魔法である極大狂化を習得するほどに極めている。
俺も似たようなことをして今の力を得たから分かる。ハズレ天職をここまで鍛え上げるのは並大抵のことじゃない。
そしてあの状態の奴の身体能力は、魔界全土でも十指に入る……!
「み、見るからにヤバそうだにゃ……! アンジェ、いつもの頼むにゃ!」
「分かってる! 勇気の呼び声」
ズッ……!
アンジェリカの全体強化魔法が発動し、俺達全員の全能力値が底上げされた。
「ガァッ!」
その直後、ヴァルグルは先ほどの数倍の速度で向かってきた。
強化された状態でも勇者達はその動きに反応できていない。
唯一その動きを捉えた俺は、奴の進路上に置くように武技を放った。
「百裂矢!」
バァンッ!
放った一本の矢が百本に分裂し、ヴァルグルの全身に炸裂した。
赤いオーラに阻まれてさほどダメージは入らなかったようだが、その衝撃に奴が仰け反る。
「交差斬!」
「断頭!」
足が止まった奴に、アンジェリカとミネットが武技を放った。
正面からの強烈な十字斬りと、急所であるうなじへの斬撃。
しかしその攻撃も赤いオーラに減衰させられ、奴の体を浅く傷つけるにとどまった。
「ゴァァァァァッ!」
さらなる怒りの咆哮を響かせながら、ヴァルグルは暴虐の限りを尽くした。
十分足らずの間に、華美な装飾の施された謁見の間は廃墟のような有様となり、俺達もボロボロの状態になった。
一方ヴァルグルの体にも無数の傷が刻まれているが、どれも致命傷とは程遠い。
「くっ……聖なる矢!」
ギィンッ!
苦し紛れにソフィーが放った光の矢は、奴の赤いオーラすら貫けず弾かれてしまった。
「グルルッ……ガァァァァ!!」
「はぁっ、はぁっ……! だ、だめです……私の魔法も効きません!」
「くっ……! ソフィー! 君は回復に専念してくれ! 僕らで何とかする!」
「にゃんとかって……にゃあデリア! おみゃー、あれどうにかできにゃーのか!?」
「できたらもうしてる! ちょっと考えさせてくれ!」
おかしい……いくら何でも強すぎる。
実はデリアに変身した俺は、通常状態と比較して全能力が極端に低下している。便利な魔法にはやはりデメリットがセットなのだ。
それでもデリアの強さは、本来勇者達に合流するはずだったお助けキャラと同じ程度のはずだ。
なのにここまで苦戦する理由は……恐らく目の前のヴァルグルが、原作の奴よりも強いからだ。
原作と同じ強さなら、デリアと勇者達が組めば倒せないボスではなかったはずなのに、一体……
バンッ!
その時、謁見の間の扉が勢いよく開いた。
「ヴァルグル様! 一体何事……これは!? 侵入者だ! お前達、ヴァルグル様に助勢するのだ!」
「「おぉっ!」」
この騒ぎを聞きつけたのだろう。ヴァルグルの部下らしき魔族の騎士が、大勢の兵士を連れて雪崩れ込んできた。
謁見の間の周囲の敵はあらかた気絶させたけど、流石にこれだけ大騒ぎしてたら気付かれるか……
今ですら押し込まれているこの状況で、敵の増援……ここが引き際だろう。
「アンジェリカ! ここは一時撤退を——」
「ゴァァァァァッ!」
俺がそう声を上げた瞬間、ヴァルグルは俺達ではなく魔族兵に向けて突進した。
「なっ!? 閣下、我々は味方——」
ドバッ!
困惑し、動きの止まった魔族兵達を、ヴァルグルはものの数秒で細切れにしてしまった。
自身の部下の血肉を全身に浴び、血濡れ巨人が哄笑を上げる。
「グッグッグッ……グハハハァッ! 素晴ラシイ! 美シィッ! モット……モット、モット、モット……モットダァ!!」
「あぁ、神よ……」
奴の悪魔よりも邪悪な所業に、ソフィーが震えながら祈りを口にし、アンジェリカとミネットがガチガチと歯を鳴らした。
間違いない……ヴァルグルに、何か原作とは違うことが起きているんだ。
原作の奴は狂戦士を使いこなしていた。極大狂化を使っても、最低限、味方を殺さない程度の理性は保っていられる程に。
俺は血塗れで狂ったように笑うヴァルグルを具に観察した。
すると、奴の首元に赤い宝玉のようなものを見つけた。
あれは……狂乱の紅玉か……!? 狂戦士専用で、狂化状態をさらに強化する代わりに、理性を完全に消し去ってしまう呪いのアイテムだ。
プレーヤーの中には浪漫アイテムとして使う人もいたけど、作るのがかなり大変で、魔の大森林の深部でしか採れない希少素材を大量に消費する必要がある。
確か、原作のヴァルグルは装備していなかったはずだけど……
——ん? 魔の大森林深部の希少素材……?
あ。そういえば俺、実家の借金とかを賄うために市場に素材を大量供給してたかも……というか、主な売り先がまさにヴァルグルの領地の大都市だった……
ま、まさか、また俺のせいか……!? 手元にちょうどよく素材が転がり込んできたヴァルグルが、配下の職人あたりに命じてあれを製作した可能性は十分にあり得る……どうしてこう、全てがマイナスに働くんだ! くそっ!
けれど、あれが奴の力と狂気の源であることは間違いない。つまりあれを破壊できれば……!
「みんな聞け! 奴の首の宝玉を狙うんだ! あれを破壊すれば、奴の異常な強化状態は解除される!」
俺の言葉に、勇者達の目に希望の光が蘇る。けど、君らが苦労しているのは俺のせいなんだ……本当にすまない。
俺は心の中で彼女達に謝罪しながら武技を放った。
「狙撃矢!」
速度と貫通力に秀でた矢が、ヴァルグルの首元にある宝玉に向かって飛翔する。
「ゴァッ!」
しかし野生の勘か、奴は俺が武技を放つのと同時に身をかがめ、こちらに突進してきた。
俺が放った矢は奴の肩を貫通したが、そんなもので奴は止まらず、瞬きのうちに俺達の眼前に迫った。
奴の狙いはソフィーだった。
本人はもちろん、アンジェリカとミネットはやはり反応できていない。
俺は武技を放った直後で、足止め可能な百裂矢を放てない。
なら、俺が盾になるしかない。
俺はソフィーの前に走り出ると、横薙ぎに振るわれたハルバートをナイフで受けた。
ドガッ!
「ぐぅっ……!」
魔力強化したナイフが切り飛ばされ、ハルバートの刃が俺の横っ腹へ深々と食い込んだ。
「デュ……デリアさん!? 小回復!」
膝を突く俺にソフィーが悲鳴のような声を上げ、即座に俺に回復魔法を使ってくれた。
腹の激痛と灼熱感が和らぐが、すぐには動けそうにない。
「デリア!? ヴァルグルッ……! おまえーーっ!!」
ズンッ……!
その時、アンジェリカから眩い光が迸り、彼女の存在感が急激に増した。
あれは……光輝神の加護……!?
自身の仲間が瀕死になった際、激しい怒りと共に覚醒する勇者の強力な自己強化魔法だ。
まさか、ぽっと出の俺が死にかけたことで獲得するなんて……アンジェリカ。君はやっぱり勇者だよ。
「おぉぉぉっ! 光刃!」
アンジェリカがヴァルグルに肉薄し、光の刃を振り抜いた。
光の神の加護で何倍にも強化されたその斬撃は、確かにヴァルグルの強靭な肉体を切り裂いた。
しかし、奴の胸元に入った切り傷は、その生命を脅かす程の深さではなかった。
呆然と固まるアンジェリカを、ヴァルグルが憤怒の表情で見下す。
「そん、な……」
「テメェ……イテェダロウガァッ!」
ドガッ!
ヴァルグルが怒り任せにハルバートを振るい、アンジェリカは文字通り吹き飛ばされた。
「アンジェ!」
ミネットが走る。
彼女は素晴らしい反応で壁際に先回りし、アンジェを受け止め……きれなかった。
勢いを殺しきれず、ミネットはアンジェリカ共々壁に激突した。
「二人とも、大丈夫か!?」
「ごほっ……! ウ、ウチはにゃんとか! でも、アンジェが……!」
血を吐くミネットの腕の中で、アンジェリカはぐったりと動かない。
今、戦線が完全に崩壊した。
「グハッ……グハハッ! 全部、全部俺ノ作品ダァッ! グハハハハハァ!!」
ヴァルグルの地獄のような笑い声が響き、ミネットとソフィーが絶望に顔を歪める。
その時俺は、この状況を打開する方法を必死に考えていた。
けれど、いくら考えても方法は一つしか思いつかなかった。
そしてそれは、今後のストーリーに巨大な影響を及ぼし、ラストエンディングへの到達すら危うくなる一手だった。
それでも……彼女達を見殺しにするよりはましに思えた。
「——元身」




