第016話 血に染まった領都
ミネットとソフィーに正体がバレた後、俺は再びデリアの姿に変身した。
アンジェリカの反応が怖かったけど、幸い彼女は細かいことを気にするタイプではなく、俺の正体に気づくことはなかった。
その後俺達は、魔物と戦って連携を確認しながら街道を進み、数日後には領都モンフォルムに到着した。
時刻は日没直後。俺達はひとまず近くの森の中に身を伏せ、都市の様子を具に観察した。
領都の高い防壁の上には篝火が焚かれ、魔族らしき兵達が巡回している。
「相変わらず大きな都市だね……そして子爵令息様の話どおり、完全に占領されちゃってるみたいだ……くそっ、魔族め!」
憎々しげに呟くアンジェリカに、本性はオーク、今はダークエルフ姿の俺は素知らぬ顔で頷いた。
「なんとか警備兵に見つからずに忍び込みたいな……少し防壁の周りを探ってみないか? どこかに警備の穴があるかもしれない」
「いいね、デリアの案で行こう。——ところで君たち。なんだか近くないかい? 特にミネット」
都市の方を見ていたアンジェリカが、俺達を振り返って言う。
彼女の言うとおり、俺の左右にはミネットとソフィーがピッタリと体を寄せていた。
ミネットなんか、さっきからずっと俺の笹穂耳をふにふにといじっている。
あの夜以降、二人の俺に対する距離感がやたらと近い気がする。チョコレートがよっぽど美味しかったんだろうか……?
俺が同性に化けているせいもあるかもだけど、これだけ密着されると流石にドギマギしてしまう。
「にゃ? アンジェもこいつの耳触ってみるにゃ。にゃんか癖ににゃるにゃ!」
「え……? あ、す、すみません。気付きませんでした」
アンジェの指摘にミネットは手を止めず、ソフィーは顔を赤くして身体を離した。
何故だろう……脳裏にラミルルの泣き顔がちらつく。
ちなみに彼女とベルは俺に付いてくる気満々だったのだけれど、流石に今回は遠慮してもらった。
「ミネット、俺の耳を勝手に差し出さないでくれ……ソフィー、別に謝ることはないよ」
「むぅ……!」
するとアンジェリカは、ミネットとソフィーを俺から引き剥がし、二人を両腕でがっちりと抱擁した。
「デリア……言っておくけど、僕は彼女達の黒子の数だって知ってるんだからね!」
「おみゃー、なーに言ってんだにゃ?」
「ア、アンジェ! 誤解を招くようなことを言わないでください!」
アンジェリカの腕の中でミネットは呆れ顔をし、ソフィーは顔を真っ赤にしている。
推しキャラの尊い絡みに、俺は思わずにっこりと笑ってしまった。
「ふふっ。君の友人達を取ったりしないから安心してくれ。それより早く都市に侵入しよう。夜が明けてしまう」
「ぐっ……わ、分かってるよ! みんな、行こう! 僕らの手で、この都市を解放するんだ!」
俺はズンズン進んでいくアンジェリカにそれとなく助言し、原作で知ったある場所へと誘導した。
その場所は、城壁が劣化して登りやすく、さらに警備兵の巡回に数分間空白ができるポイントだった。
そこから無事に都市内へと侵入した俺達は、魔族兵を避けつつ歩みを進めた。
都市内の至る所には、血痕と破壊の跡が残されていて、血の匂いが充満していた。
死体こそ片付けられているものの、ここで起こったことを物語っているようだった。
子爵令息から話は聞いていたはずだが、実際に都市の様子を目にして惨状を実感したらしい。
勇者達は表情を引き締め、静かな怒りに燃えているようだった。
それからさらに都市内を進むと、抵抗勢力が潜伏する神殿にたどり着いた。
俺達が子爵令息の報せを受けて来た勇者パーティーであることを伝えると、騎士や兵士の生き残りなどからなる彼らは吉報に沸いた。
彼らは、ヴァルグルの異常な強さと残虐性に絶望しかけていたそうだ。
ダークエルフがいることには驚いていたけど、あの悪魔を討ち取れるならなんでもいいと飲み込んでくれた。
すぐに、俺達は城館にいるらしいヴァルグルの暗殺、彼らは暗殺成功の合図で蜂起する形で作戦が決まった。
その後俺達は、騎士から神殿の隠し通路に案内され、そこを通って城館内に侵入した。
「ここは……騎士の話どおり、城館の地下室らしいな」
戸棚に偽装された扉を開くと、そこは石造りで窓のない部屋だった。
樽や木箱が山積みになっていて、少し埃っぽい匂いがした。
「そのようだね。さて、どうやってヴァルグルを探そうか?」
アンジェリカの言葉に、ソフィーが考え込む。
「闇雲に探し回るのは避けたいですね。この時間でしたら、領主の自室にいそうですけど……」
その時、上に通じる階段から物音が聞こえた。
「みんな隠れろ……! 上から誰か来る……!」
全員で慌てて物陰に身を隠す。
それから少しして、二人分の足音が階段を下ってきた。
「お前聞こえなかった? なんか物音がしたんだよ」
「俺は聞こえなかったけどなぁ……どうせネズミかなんかだろ」
地下室に降りてきたのは、二人の魔族兵だった。
辺りを見回す彼らの死角で、俺はミネットに手信号と目配せを送った。
「あれー、誰もいねーな……わりぃ、気のせいだったわ」
「いいさ。上に戻ろう。ここはカビ臭い」
そう言って魔族兵達が背中を見せた瞬間、俺とミネットは同時に物陰から飛び出した。
そして彼らを背後から引き倒し、首を極めながら手で口をふさいだ。
「んんっ!? んー!」
魔族兵達が暴れるが、俺の拘束は緩まない。
ミネットの方も上手く拘束できているようだ。よしよし。こういった斥候としての技術も教えておいて良かった。
「騒ぐな。死にたくなければ静かに答えろ。ヴァルグルはどこだ?」
俺は、自分が拘束している魔族兵の口からそっと手を離した。
「侵入——」
バキッ!
瞬間、何かが折れたような音が響き、叫ぼうとした魔族兵がぐったりと脱力した。
それを目にしたもう片方の魔族兵が恐怖と驚愕に目を剥く。
俺は脱力した魔族兵から手を離すと、ミネットが拘束している魔族兵の前にしゃがみ込んだ。
そしてナイフを抜き放ち、そいつの頬にひたりと当てる。
「騒げばそいつのように殺す。ヴァルグルはどこだ。静かに答えろ」
冷たい声で言いながら目配せすると、ミネットが魔族兵の口からそっと手を退けた。
「え、謁見の間におられるはずだ……お、お前ら一体——」
魔族兵がそう答えた瞬間、俺はナイフの柄でそいつの顎を掠めるように打った。
意識を刈り取られたそいつは、最初の魔族兵同様にぐったりと脱力した。
「よし。ミネット、良い動きだったよ」
「おみゃーこそ、流石だにゃ」
ミネットが拳を突き出してきたので、俺もコツンと拳を合わせた。
やばい、ちょっと楽しくなってきた。
そうしていると、ソフィーとアンジェリカも物陰から姿を現した。
「あ、あの……その魔族兵、死んでるんですか……?」
少し怯えた様子のソフィーに、俺は首を横に振った。
「いや、脳を揺らして気絶させただけだよ。そっちの奴も絞め落としただけ。縛って物陰にでも隠しておこう。
あ、さっきの音はこれ。その方がびびって素直に話してくれると思って」
俺は軸の折れた矢を彼女に見せた。
最初の魔族兵を絞め落とした瞬間にへし折ったのだ。
「そ、そうですか……ですよね。よかった」
ソフィーがほっと安堵の息を吐く。一方アンジェリカの表情は厳しい。
「ふ、ふん! 魔族なんて殺してしまえばよかったんだ!」
「標的は一人だ。一般兵まで無闇に殺す必要はないよ」
「だにゃ。んで、親玉は謁見の間にいるって言ってたよにゃ? デリア、場所覚えてるかにゃ?」
「ああ。騎士の人から聞いてここの地形は頭に入ってる。行こう、ヴァルグルの元へ……!」
俺達は奴の待つ謁見の間を目指し、静かに上階への階段を登った。




