第014話 ダークエルフの弓姫
デュランに見送られた勇者達は、領都モンフォルムに向かって走った。
そして村から十分に離れた頃、森の近くの街道脇で野営を始めた。
村から離れたこの場所には、頼もしい防壁も無く、いつ魔物や魔族兵に襲われるか分からない。
そんな危険と隣り合わせな環境のためか、彼女達の感覚はいつもより研ぎ澄まされていた。
「ふぅ……ここまでは順調に来られたね。あのオークが間抜けで助かったよ。今頃あいつ、僕らが村の周りで魔物を狩っていると思っているんだろうね」
アンジェリカが、デュランから渡された業物の長剣を眺めながら笑う。
ミネットとソフィーは顔を見合わせた。
「いにゃあ、アンジェ。多分、デュランはわざとウチらを行かせてくれたんだにゃ」
「ええ、きっとそうです。その狙いは分かりませんが……デュランさんとヴァルグルとの間に何か確執があって、私達を使って暗殺しようとしている……? いえ、でもそれは……」
「え、そーなの……!? くそっ、僕らを利用するなんて、やっぱり魔族は邪悪だ!」
「にゃはは。まー確かに面は邪悪にゃけど、ウチ、デュランは結構いい奴だと思うにゃよ?
あいつら飯とか分けてくれるから、ウチらも村の連中も、最近はみんにゃ血色がいいにゃ。
ソフィーにゃんて前は肋が浮いてたのに、今は結構ぷにぷにしてるにゃ。ぷにぷに〜」
ミネットはソフィーの小さな体をひょいと抱えると、お腹の辺りを揉みしだき始めた。
「ちょっ……んぁっ……や、やめてください……! カレーが、カレーが美味しすぎるせいです……! あれは魔性の食べ物なんです!」
「ねぇミネット。本気で言ってるの……? あいつらは、僕らのコルマール村を占領した敵なんだよ……!?」
真剣な表情で語るアンジェリカに、ミネットはばつの悪い表情で手を止めた。ソフィーはその隙に脱出した。
「まぁ、それはそうにゃけど……前の生活と比べるとにゃぁ〜……」
「はぁ、はぁ……そ、その点は私も同意です。彼らの統治下に入ったことで、村の生活環境は遥かに良くなりました。
その……光輝神様に仕える身としては、魔族の下で生きて良いのかと日々考えているのですが、信仰の自由まで認められてしまっては……」
デュラン達魔族によるコルマール村の支配。それを歓迎、または容認する態度の二人に、アンジェリカは愕然とした。
「ふ、二人とも……はぁ……どうしてこんなことに……三人で魔王を倒して世界を平和にしようって約束したのに、忘れちゃったの……?
僕が伝説の勇者の天職を、二人も戦闘向きの天職を授かって、これからって時だったのに……」
三人は全員戦災孤児で、幼い頃、それぞれ別の村からコルマール村へやってきた。
アンジェリカはその当時から、大人とも打ち合える剣の才、人を惹きつける魅力、そして溢れんばかりの正義感を持っていた。
さらに打倒魔王という壮大な夢を語る彼女に、ミネットとソフィーは純粋な憧れを抱き、その夢は三人のものになった。
そして二ヶ月ほど前。アンジェリカは、魔王を打ち滅ぼす力を持つという勇者の天職を授かり、打倒魔王の夢は急速に現実味を帯び始めていた。
「にゃ〜……懐かしいにゃ。もちろん忘れてにゃいにゃ! でも、魔族の中にもいーやつはいるってことだにゃ」
「もちろん邪悪な者も、ですね……将来の事はまた今度話し合うとして、今は領都解放に集中しましょう」
「——そうだね。まずはヴァルグルが先だ……! 二人とも、寝る前にもう一度作戦を確認しよう」
決然とした勇者の表情に戻ったアンジェリカに、二人が頷き返す。
「はい。基本は潜入と暗殺です。まずは領都に忍び込み、子爵令息様からお聞きした抵抗勢力と接触します。
その後はどこかにいるはずのヴァルグルを探し出し、私達の手で打倒。敵首領死亡の混乱に乗じて抵抗勢力が蜂起し、都市を奪還する……大まかにはこんな流れです」
ソフィーが語った計画に、ミネットが眉を顰める。
「にゃー……改めて聞くと、結構無茶にゃ作戦だにゃ……でも、ウチじゃあ他に思いつかにゃいにゃぁ……」
「ええ。いくつもの困難が存在する、相当無茶な作戦です。そして一番の問題は……あのデュランさんの主君であるヴァルグルの打倒です。
子爵令息様やデュランさんから聞いた話からして、弱いということは絶対にあり得ません……」
三人の間に沈黙が落ちる。
間近でデュランの異常な強さを見てきた彼女達は、彼に勝てるビジョンをまったく持っていなかった。
その彼の主君であり、血濡れ巨人の異名まで持つ怪物……この場に、ヴァルグルに勝てると断言できる人間はいなかった。
「それでも、やるしかない……! 今この瞬間も、領都の人々は苦しんでいる。王都からの助けを待っている時間はない……僕らの手で助けるんだ!」
「——その話、俺にも一枚噛ませて欲しい」
「「……!?」」
アンジェリカの宣言の直後、突然彼女達の知らない声がした。
勇者達は瞬時に戦闘陣形を取り、声が聞こえた方向、野営地から少し離れた森の淵を睨んだ。
彼女達は常に周囲を警戒していた。なのに、声を掛けられるまで全く気配に気付けなかった。その事実が彼女達を戦慄させた。
「誰だ!? 姿を現せ!」
アンジェリカの鋭い声が響く。
すると木立の影から、何者かがゆっくり姿を現した。
「落ち着いてくれ。俺は敵じゃない……」
両手を上げ、ゆっくりと勇者達に歩み寄って来たのは、浅黒い肌をした長身の女だった。
年齢は勇者達と同じくらいだろう。背中に弓と矢筒を背負い、防具は軽装。髪は銀のショートカットで、特徴の無い整った顔立ちをしている。
彼女の耳は笹穂のように長く尖っていて、その瞳は血のように赤かった。
「赤い瞳……魔族か!」
アンジェリカが剣を抜き放つ。
魔族と人族の間には決定的な違いがいくつか存在していて、その一つが瞳の色だ。
人族が多様な瞳の色をしているのに対し、魔族は赤一色のみ。そして赤い瞳は、魔物にも共通する特徴だった。
「いえ……待ってくださいアンジェ! あの特徴、きっとダークエルフ……人族です!」
「にゃ!? ダークエルフって、本当にいるのかにゃ!?」
そして何にでも例外は存在する。ダークエルフは赤い瞳を持つ唯一の人族だ。
その特徴のせいで魔族と同一視され、長年迫害を受けてきた。
今は滅多なことでは他種族の前に姿を現さず、半ば御伽話の存在と化していた。
「博識な人がいてくれて助かった。俺はデリア。ちょっと事情は話せないんだけど、俺もヴァルグルの首を取らなきゃいけないんだ。
君達も目的は同じなんだろう? 俺一人じゃ流石に厳しいって思っていたから、仲間に入れてくれると嬉しいんだけど……」
「おお、そんにゃらウチらと一緒に来ればいいにゃ! いやー、助かるにゃー」
「ちょ、ちょっとミネット! 待ってください。彼女、得体が知れなさ過ぎます……! アンジェ、どうしますか……!?」
「——戦力が増えるのは大歓迎だよ。でも今回は本当に余裕がなくて、強い人しか連れていけないんだ」
足手纏いはいらない。アンジェリカのその言葉に、デリアはほっと安堵の息を吐いた。
「よかった。それなら多分大丈夫だ」
ヴンッ……!
瞬間、デリアの両腕が烟るような速度で動き、何かが勇者達の間を高速で通り抜けた。
「ギッ……!」
勇者達の背後で短い悲鳴が上がる。
そこでやっと反応できた勇者達が後ろを振り返ると、脳天を矢に貫かれた蛇がのたうっていた。
いつの間に忍び寄っていたのか、それはこの辺りでは有名な猛毒の蛇だった。
「「……!」」
「合格かな?」
言葉も出せないでいる勇者達に、デリアは弓を手にしながら小さく笑った。
その後勇者達は、正体不明のデリアを仲間として受け入れた。今は何よりも戦力が欲しかったからだ。
決して、デリアが振る舞った蛇の蒲焼が美味しかったからではない。
今は自己紹介などを終え、四人で焚き火を囲んでいるところだ。
「スー、スー……エヘッ、オムライスゥ……」
野営では交代で眠って番をする。
最初に眠ることになったアンジェリカは、毛布に包まって涎を垂らしていた。
デリアはそんな彼女を慈しむように眺め、その様子をミネットとソフィーがじっと観察していた。
二人がデリアと出会ってまだ数時間しか経っていない。
そしてデリアは自分のことをほとんど話さなかった。
しかし二人の中では、彼女に対するある疑念が確信へと変わりつつあった。
「すんすん……うーん、やっぱ同じだにゃぁ……にゃあソフィー。すっげー変にゃこと言うにゃけど、デリアって、にゃんかあいつに似てにゃーか……?」
「え……やっぱりミネットもそう思いますか……!? 私もです。そんな馬鹿なとは思ったんですが、共通点がありすぎて、タイミングや実力的にもそうとしか……」
「にゃっ……!? ウチらの両方がそう思うってことは、本当にそういうことにゃのかにゃ……? 心配でついてきたとかかにゃ?」
「ええ。あの人ならあり得ると思います。面倒見いいですし。それに、そんな魔法を使う魔物がいると、文献で読んだことがあります……」
「ん……? 二人とも、どうかした?」
小声で騒ぎ出したミネットとソフィーを、デリアが不思議そうに見る。
その赤い瞳に見据えられた二人は、ごくりと唾を飲み込み、確信と共に口を開いた。
「にゃあデリア。もしかしておみゃー……」
「デュランさん、ですか……?」




