第012話 連鎖する支配
「さてベル。俺達も行くか」
「ワン!」
村へ戻るラミルル達を見送った俺達は、彼女達とは反対方向、森の奥に向かって走り始めた。
すると風景は高速で流れ、すぐに深層と呼ばれる辺りに到着した。
「ここでいいか……皆、姿を現せ!」
——ザザッ……ザザザザッ……
直後、森の暗がりから次々に魔物達が姿を現した。
勇者戦に備えて待機してもらっていた仲間達、一万体の魔物の軍勢だ。
ざっと彼らの顔を見回してみると、特に変わった様子は無い。
よかった……魔界の森から連れ出してきたので、人界の森の環境が合うか心配だったのだ。
「あら? デュラン髪切った? なんか雰囲気違うわね」
すると、軍勢の中から巨大な白竜のヴァッカスが現れた。俺の顔を見て不思議そうに首を傾げている。
肌の色が変わって額に宝玉が現れるのって、結構な変化だと思うんだけど……魔物にとっては髪を切ったくらいの些細な違いらしい。
「詳しくは後で話すが……まぁそんなところだ。ところで、先ほどのシュレッドタイガーはお前の差金か?」
「ふふん、その通りよ! なんか勇者とかいう小娘達を鍛えてるって聞いたから、適当な魔物をそっちに追い立ててやったのよ。感謝なさいよね」
「やはりか……おかしいとは思ったのだ」
「ヴーッ……バウバウ!」
珍しく吠えるベルに、ヴァッカスがたじろぐ。
「な、何よベル。そんなに怒らなくたっていいじゃない……」
「あの位階の魔物はまだ勇者達の手にあまるからな……今後は控えてくれ。だが気遣いには感謝する。ほら、差し入れだ」
俺はアイテムボックスを開き、巨大な酒樽と大量の食料を取り出した。
酒こそ命なヴァッカスが歓喜し、他の魔物達からも歓声、というか咆哮が上がる。
すると今度は、黒い六腕カマキリのアスラが近づいてきた。頭の触覚が項垂れて、何やら元気がなさそうに見える。
「主人よ。例の勇者とやら、強者ではなかったのだな……」
「む。ま、まぁそうだな……だが才はある。このまま鍛錬を積めば、人族最強の存在になるかもしれんぞ?」
「ほう……! それはなんとも楽しみな……!」
アスラの触覚が途端に元気を取り戻す。よかった。
「それで、二人に勇者のことを教えたのはお前か?」
ズズズズズッ……
そう虚空に向かって呼びかけると、地響きとともに地面が隆起し、地中から巨大な岩石が現れた。
その岩の表面には緑色の苔が生え、光の灯った穴が二つ、目のように開いている。
「ええ。母には、この大地の上で起こる全てが聞こえていますから……いけなかったかしら?」
岩から発されたのは聖母のような優しい声。
彼女はガイアゴーレム。地母神の名を冠する最強格のゴーレムだ。規格外の巨体と、それに見合う凄まじい膂力とタフネスを誇り、強力無比な地魔法まで操る。
今見えているのは彼女の頭だけで、地面の下にはヴァッカスよりも大きい小山のような体が隠れている。
彼女もカオスマキアにおける隠しボスの一体で、俺が見つけた時には猛毒の沼地に落ちて汚染され、周囲に破壊の限りを尽くす暴走状態となっていた。
原作では、レアな浄化アイテムで沈静化させてから倒すのが定石だった。
なので初手でヴァッカスの浄化魔法をかけてみたところ、激烈に感謝され、戦闘なしで仲間になってくれた。
「いや、問題ない。説明の手間が省けて助かったぞ、ガイア」
「ふふっ、よかった。でもまだ母とは呼んでくれないのね……私の可愛いデュラン……」
悲しげな声と共に、大岩がちょっと地面に沈む。
もちろん彼女は俺の母ではない。母のヘルガ夫人は、今頃父のデュハルズ男爵とイチャついているはず。
彼女は大地の化身を自認していて、その大地から生まれた全ての生き物は自分の子供らしい……まさに惑星規模の母性の持ち主だ。
「あー、まぁ、そのうちな……」
悲しげな彼女に俺は言葉を濁す。あんまりはっきり否定すると、拗ねて大地震を起こすんだよな……彼女にはめちゃくちゃ世話になっているし。
俺が地球世界の豊かな食文化を楽しめるのは、彼女の創造魔法と豊穣魔法のおかげだ。
無から食物の種を創り出し、促成栽培までやってのけてしまうので、ほぼ全ての料理を再現できてしまうのだ。
と、そうだ。今日は大事な話をしにきたんだった。
「皆、ガイアからすでに聞いているかもしれんが……俺様は新たな天職、支配の魔王を得た。今後、もしかしたらお前達にも影響が——」
キィィィィン……
「あ」
ちょうどその時、支配の魔法の発動音が響いた。
そして仲間の中でも最強格の三体、ヴァッカス、ガイア、アスラの足元に魔法陣が出現。その体に「配下」の証である紋章が刻まれた。
や、やっぱり勝手に発動した……この魔法、全く制御できないぞ……!?
「ちょ、ちょっと! 何よこのダサいの!?」
「おぉ……! これは、我が主人の紋章か!」
「まぁ、私達も配下にしてくれたのね! まるで親子の絆の証……嬉しいわ、デュラン!」
紋章を刻まれた三体がそれぞれに反応を見せる。
キキィィィィン……
「え゙……」
さらに発動音が幾重にも鳴り響き、この場に集まった仲間全ての足元に魔法陣が出現した。
慌てて止めようとしてもやはり制御できず、彼らの体にははっきりと紋章が刻まれた。
「ま、まじか……」
大量の魔力を消費され、俺は虚脱感と共に膝を突いた。
「ワゥッ!? クゥーン……!」
「だ、大丈夫。ただの魔力切れだ。しかし、まさか一万体全員が配下になってしまうとは……」
俺は心配そうに寄ってきたベルの頭を、恐る恐る、ものすごく慎重に撫でた。
配下が爆増したことで、自身の力が次元の異なる領域まで高まったのを感じる。
さっきシュレッドタイガーと戦った時ですら力に振り回されてたのに……制御できるるのかめちゃくちゃ不安だ……
「……!? これは……」
そこへさらに追い討ちのように天啓が下った。
一万体の配下を得たことで、支配の魔王の新たなスキルを獲得したのだ。
「支配の連鎖……これ、配下が倒した魔物まで配下になるってことか……!?」
この場の一万体の配下を集めるのに、俺は一年近くを要した。
けれど支配の連鎖を使った場合、ねずみ算式に配下が増えることになる。すると同時に俺の力も増していくわけで……
——流石に怖くなってきた。今の段階でも過剰戦力なのに、これ以上力をつけたら何が起こるか分からない。
ストーリーへの影響も心配だし、今後は自重した方が良さそうだ。
しかし、魔力切れがしんどい……俺は戸惑う配下達に向かって声を上げた。
「皆……突然のことに混乱しているだろう。すまないが、事情はガイアに聞いてくれ。
今日の所は解散とする。別命あるまで好きに過ごしていてくれ。いつか、お前達に力を振るってもらう時も来るだろう……ベル」
「ワオン!」
意図を察してくれたベルが三つ首の巨犬へと変身した。
俺はその背によろよろと跨り、森を後にした。
***
デュランを背に乗せて去っていくベルを、彼の配下達の多くは羨望の目で見送った。
「ベルちゃんが羨ましいわぁ。いつもデュランの側にいて、ああしてお世話できるんですもの……」
その筆頭であるガイアがそう呟くと、アスラも深く頷いた。
「うむ。ベル殿は最古参故、仕方ないことだが……主人より授かりしこの力、主人の為に役立てたい……!」
「配下」となったことで、デュランが仲間にした魔物達は全員能力が強化されていた。
以前からデュランを強き群れのボスとして慕っていた彼らは、さらにその想いを強くしていた。
一方ヴァッカスはというと、やる気に満ちた同僚達を横目に酒樽を開け、すでにほろ酔いになっていた。
「あんた達って真面目よねぇ……あ、そういえばさっきデュランがこぼしてたけど、あたしたちが倒した魔物も配下になるみたいよ。
あんた達が配下を増やしたら、あいつも喜ぶんじゃない? 多分」
「おぉ……! ヴァッカス殿、それは良い考えだ!」
「ええ! みんな私達の家族にしてしまいましょう!」
アスラとガイアの弾んだ声に、一万体の魔物達は賛同するように咆哮を上げた。




