第三話 疑問
四日目の夜。
佐伯が四階の巡回へ向かう足取りは重かった。手元の懐中電灯を握りしめ、慎重に通路を進む。
シュレッダーがある角を曲がろうとしたその時、手に持っていたライトが前触れもなく消えた。
完全な暗闇がフロアを包み込む。
「え……?」
ボタンを何度押してもライトは点かない。焦る佐伯のすぐ耳元で、カサリと紙が擦れる音とともに、掠れた低い声が聞こえた。
『見つけるな』
ゾクりと背筋に激痛のような冷気が走る。慌てて振り返ると、シュレッダーのすぐ脇に、背の高い真っ黒な人の影が立っていた。影の顔に当たる部分だけが、かすかに白い紙くずの集まりで構成されており、そこが無数の文字で蠢いていた。
「うわあああっ!」
佐伯は悲鳴を上げ、なりふり構わず一階の警備室まで駆け戻った。息を荒らげる佐伯を見て、竹内は「だから言ったろ」と冗談めかして笑ったが、佐伯の顔色の悪さにただごとではないものを感じ取っていた。
翌日、非番だった佐伯は、恐怖に怯えながらも「なぜ自分に『助けて』と『見つけるな』というメッセージが届いたのか」という疑問を拭えずにいた。
ただの怨霊の嫌がらせにしては、あまりにも意図的だった。
佐伯は自宅のパソコンを開き、五年前の事件について調べ始めた。
当時の新聞記事やローカル掲示板のアーカイブを読み込むと、驚くべき事実が浮かび上がってきた。
失踪した社員は、当時三十代の財務部員。彼が消えた直後、会社には巨額の粉飾決済疑惑が持ち上がっていたが、重要書類が散逸したことと、担当者であった彼の失踪によって捜査は立ち消えになっていた。ネットの噂では、彼が会社のお金を横領して逃亡したとされていた。
「でも、もし横領じゃないとしたら……?」
佐伯は考えた。もし彼が横領犯ではなく、会社の上層部による不正の罪をなすりつけられ、口封じのためにあの機械で処理されたのだとしたら。
『助けて』は無念の叫び。『見つけるな』は、これ以上踏み込めばお前も同じ目に遭うという警告だったのではないか。
真相に気づいた佐伯の胸に、激しい恐怖と、それを上回る強い義憤が湧き上がった。
自分が逃げ出せば、あのシュレッダーはこれからも夜のオフィスで新たな犠牲者を待ち続けることになる。
佐伯は決意した。今夜、すべての決着をつける。
日没後、出勤した佐伯は警備室の古い資料棚を捜索した。五年前の事件当時、警備記録と一緒に保管されていた古い社内書類の控えの中に、当時の財務部が管理していたと思われる帳簿の複写を見つけ出した。そこには、不正な資金の流れを示す決定的なデータが記載されていた。
「全部処分できたわけじゃなかったんだな」
佐伯はその書類を固く握りしめ、胸ポケットに一撃で機械を止めるための金属製ペンライトを差し込んだ。
そして、五日目の夜。
「佐伯、すまんが緊急で地下駐車場の対応が入った。四階の巡回、一人でいけるか?」
「……はい、大丈夫です。行ってきます」
竹内から無線連絡を受け、佐伯は一人でエレベーターに乗り込んだ。
四階に到着し、フロアへ一歩足を踏み入れた瞬間、背後の自動ドアがガチャンと重い音を立ててロックされた。同時に、フロアの非常灯を含むすべての照明が一斉に消滅した。
暗闇の中、四階の奥からけたたましい機械音が響き渡る。
ウィーン、ガガガガガッ!
あのシュレッダーが、狂ったような速度で刃を回転させ始めた。
【読者の皆様へ:次回、最終話(3パターン同時公開)のお知らせ】
次回の更新では、5日目の対決を描いた「3つの異なる結末」を同時に公開いたします。
それぞれ別の話数(第四話・第五話・第六話)として掲載されますので、気になる運命を選んでお読みください。
第四話:何もできず、運命を受け入れる(エンド1)
第五話:懐の裏帳簿を突きつけ、過去の無念を晴らす(エンド2)
第六話:ペンライトを刃に突き刺し、身一つで逃げ出す(エンド3)
※各話の冒頭には5日目対決の共通シーンが含まれております。




