第二話 噂
それから五年後。
警備会社に入社したばかりの新人警備員・佐伯は、夜警の初日に先輩警備員の竹内から巡回手順の説明を受けていた。
警備室で温かい缶コーヒーを差し出され、佐伯が緊張をほぐしていると、竹内がニヤニヤしながら四階の防犯カメラ映像を指さした。
「いいか佐伯、四階だけは夜中に一人で行くなよ。脅かすわけじゃないが、あそこには出るんだ」
「出るって……幽霊ですか?」
「五年前、あそこの財務部の社員が一夜にして消えたんだ。警察も入ったが足取りどころか血痕一つ見つからなかった。噂じゃあ、夜になると四階のシュレッダーの周りに黒い影が立つらしい。気味の悪い話だろ?」
からかい半分に笑う竹内に、佐伯は引きつった笑いを返すしかなかった。新人を和ませるための都市伝説だろう。そう自分に言い聞かせていた。
だが、一日目の夜。
一人で四階フロアを巡回していた佐伯は、静まり返った暗闇の奥からカタカタと紙が擦れる音を聞いた。 懐中電灯の光を向けると、消灯したシュレッダーの周囲だけに、裁断された紙くずが数枚散らばっていた。
空調は切れており、風など吹いているはずがなく、今日聞いたばかりの先輩の話を思い出す。背筋にすっと冷たいものが走り、佐伯は足早にその場をあとにした。
二日目の夜。
シュレッダーの前を通ると、電源が入っていないはずの本体ランプが赤く点滅している。暗闇の中で蠢く小さな赤い光は、まるで獲物を探す単眼のようだった。不審に思って近づいた佐伯は、思わず鼻を突くような嫌な匂いに息を止めた。
それは鉄の臭いと、残飯が腐敗したような生臭さだった。胸騒ぎどころではない異質さを感じ取った佐伯は、昨日と同様、逃げるようにその場を去った。
三日目の夜。
闇に包まれた四階フロアに踏み込んだ瞬間、空気の重さが一変していた。奥の闇の中から、ガガガと短い機械音が響く。心臓が跳ね上がり、手に持った懐中電灯の手ブレを抑えながら急いでライトをかざした。
そこにあったのは、電源の入っていないシュレッダー。だが、その投入口から、細長く切られた真っ白な紙が、まるで吐き出された舌のようにダラリと垂れ下がっていた。佐伯がライトをかざすのを待っていたかのように、紙は投入口から滑り落ちた。
逃げ出したい衝動を必死に抑え、吸い寄せられるように近づいて紙片を拾い上げた佐伯は、全身の血が引くのを感じた。
指先を濡らす湿り気。裁断された帯状の紙には、手ブレしたような真っ黒なインクで、こう印字されていた。
『タス・ケ・テ』




