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シュレッダー  作者: 弌黑流人


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第一話 異変

 静まり返ったオフィスビル。午前二時を回った四階のフロアで、財務部に所属する男は一人、汗に濡れた手で大量の書類を抱えていた。


 デスクの上に積まれた紙の山は、会社が数年にわたり隠蔽してきた不正会計の証拠資料だった。上層部からの命を受け、男は今夜中にすべての証拠を消滅させなければならなかった。


「特別手当が出るからって引き受けたけど……なにもこんな時間じゃなくてもいいのによぉ……」


 フロアの隅にたたずむ大型シュレッダーの前に立ち、電源を入れる。


 ヴー、と重い駆動音が静寂を破り、投入口のランプが青く点灯した。


 男は震える手で十数枚の束を滑り込ませる。ガガガと猛烈な刃の回転音が響き渡り、紙片が無数の細い帯となって下のダストボックスへ落ちていった。


 不正の隠蔽に対する罪悪感と、処理を終えれば解放されるという安堵感。二つの感情が交錯する中、書類の山は次第に減っていった。


 時計の針が4時をまわる頃、ようやく最後の数枚を投入口へ投げ込み、すべての作業が終わったはずだった。


 だが、シュレッダーは止まらなかった。

 紙が無くなったにもかかわらず、ウィーンと鋭い空転音がフロアに響き続ける。


「あれ? どうした? 年代物とは聞いてたけど、ついにお勤め終了ってか? だとしたらご苦労さんて言いたいねぇ」


 独り言をつぶやきつつ、センサーの誤作動かと男が停止ボタンに手を伸ばした瞬間、投入口の奥からカサ、カサリと不気味な擦れ音が聞こえた。


 ダストボックスを開けて覗いてみると、中に溜まっていた大量の紙くずの隙間から、何かがゆっくりと押し上がってくる。


 それは、細切りにされた紙の帯が幾重にも絡み合って形成された、人間の手だった。


「うわ! え? 手! ……こんな機能あるわけ……」


 ごくん。男が生唾を飲み込むと同時に、シュレッダーの刃が激しい音を立てて逆回転を始めた。


「今度はなんだ! このオンボロめ!」


 カラカラと不気味な音とともに、ダストボックスの紙くずが一斉に蠢き出す。投入口から這い出してきたのは、全身が紙の帯だけで作られた異様な人形だった。


「ひっ! なんの冗談だよ……、だ、誰かいるんだろ? なぁ? 脅かしっこなしで……頼みますよぉ……」


 顔の部分には目も鼻もなく、無数の文字が印字された紙の束が心臓のように脈打っている。よく見ると、男が数分前にシュレッダーにかけたはずの、あの不正書類の文字。


「ひぃっ……!」


 男は腰を抜かし、後ずさろうとした。しかし、床一面に散らばった紙くずが一斉に蛇のように伸び、男の両足首へ巻き付いた。


 ギチギチと強い力で引っ張られ、男の身体は床を滑り、シュレッダーの投入口へと引き寄せられていく。

 人間が入るはずのない、わずか数ミリの隙間。


「やめろ……来ないでくれ!」


 男の抵抗も虚しく響く中、機械の刃が再び順回転を始め、男の肉体を引きずり込んでいった。


「たすけてたすけてたすけて! だれか! うわあああああ!」


 翌朝、出社してきた社員たちが目にしたのは、整然と片付けられたオフィスと、静かに電源が入ったままのシュレッダーだった。


 ダストボックスの中には、赤黒い液体に染まった細切りの紙が、満杯に詰まっていた。財務部の男は、そのまま消息を絶った。


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