#8 ライバル――年代物
エイミーは、それほど大型ではない地球木星間定期便、《リヴァール号》の気密扉を抜けて客室の床を踏んで歩いていた。
だが、なかなか指定された席を見つけられなかった。
「ここがAで、あっちがFでしょ。ということは……え? どうして順番になってないの? どういうこと?」
ほかの乗客は慣れているのか、戸惑っているような人はいなかった。
こんな簡単なことも出来なくなったのかと落ち込み、うろうろしているのが恥ずかしくなり、顔が火照りはじめたとき、後ろから客室乗務員の声がした。
「お客様、どうされました? 席をお探しでしたら、ご案内しますが」
「あの……えっとお……お願いします!」
つい最近、歳を重ねて三十一歳にもなったのに、指定の席すら自力で見つけられない恥ずかしさからか、彼女は顔を真っ赤にして振り向いた。
「あれ? もしかしてエイミー?」
「え?……」
失態を見られたのが知りあいだと気づいたのか、彼女はなおいたたまれなそうに、ぎくしゃくした。
「あたしよあたし、わからない? パンタミーマよ」
「パンタミーマ? ん、でも……昔と雰囲気が違う気がするけど……」
「ああ、宇宙機構の頃はさ、真面目ぶらないと居られなかったからね。いまは自由にやってるわ」
そういったパンタミーマの髪は、金、銀、茶褐色の三色に染められ、形容し難い波をうねらせていた。
「なんだか嘘みたい。わたし辞めてから誰とも会ってなかったから」
「へえ、そうなんだ。またなんで? 相当ショックを受けたって噂は耳にしてたけど。そういえば自慢だった髪も短くなってるね。――あ、ごめんエイミー、ほかのお客さんの手前もあるからさ、よかったらあっち、あすこにある客室厨房のとこで話さない?」
といってパンタミーマは微かに見える船内設備を指さした。
「おっと、その前に席の番号はいくつ?」
「うんとこれ」
といってエイミーは携帯電話の画面を見せた。
「ええとね、ここよ」
パンタミーマはすぐそこの席を指さした。
「でも、番号と違うけど?……」
「あのね、この船見た目どおりで中身もオンボロなのよ。だから座席なんて、事故って損傷したり廃棄になった船の椅子をひっぺがして、適当に乗せてるの。だから、番号なんていい加減そのもの。つまり、あんたの席はどこでもいいわけ。乗り慣れてる人は迷わないんだけどさ。あんたこの手の船、はじめてなんでしょ?」
パンタミーマはからかうようにいったが、いったこと自体は事実だった。
「ちょっと待って! そんなオンボロ船でちゃんと木星までいけるの !?」
「エイミー、声が大きい !! いいから荷物を置いてこっちにおいで」
そういってパンタミーマは気安そうに手を引っ張った。
「わかった、わかったから、そんなに引っ張らないで」
エイミーは慌てて荷物をそのへんの座席に置くと、引きずられるようにしてギャレーのほうに歩いていった。
そこは客席の貧相さとは打って変わった整った設備だった。よくできた宇宙船用の厨房だった。
銀色に磨かれたシンクがあり、珈琲メーカーやオーブンが幾つも並び、片道六十日に及ぶ乗員乗客の飲食を賄っていけるきちんとした設備だった。
「ここさ、立ち話しかできないんだけど、長旅だから退屈したらいつでも来ていいよ。もっとも、あたしらが暇を持て余してるんだけどね。お客さんは案外我儘いわないのよ」
「そうなんだ……でも、ここを見たらすこし安心できた気がする」
「珈琲にする? 紅茶がいい? なんならお子様用のジュースもあるけど」
「じゃあ、遠慮なくお子様用で!」
パンタミーマはくすくす笑いながら、オレンジジュースの入ったアクリルのカップを手渡した。
「あんたそういうとこ、変わらないね」
「そうかな? ――ねえねえそれより、お互い辞めたあとに電話で一回話したじゃない。憶えてる?」
「もちろん」
「あのときは御免ね。あなた、戦争のこと、避難先のこと相談したかったんでしょ? でもあのときわたし本当に疲れててさ……」
パンタミーマは珈琲を一口飲んでカップをシンクに置くと、近くにあった船内食運搬用カートに腰掛けて話しはじめた。
「気にしてないよ。その結果がいまだからね。避難先は探したんだけど家族で大喧嘩になってさ。父さんは『俺はどこにも行かない。死ぬときはこの家で死ぬんだ』とかいうし、母さんは『太陽系を抜け出してでも逃げたい、死にたくない』って。兄妹とかもみんな自分勝手で滅茶苦茶になった。――それで嫌気がさして客室乗務員になった。こうやっててもなにがどうなるかはわからないけど、すくなくともじっとしてるより、かえって落ち着くのよね。結局、なるようにしかならないんだなっていまは思ってる」
パンタミーマの表情に寂しさはなかった。
「諦観てやつかな? わたしはそこまではなれないけど。でも、じっとしてないほうがいいってのはわかる気がする。――ねえ、わたしも座っていい。あんまりお行儀がよくないみたいだけど」
エイミーはもっと話したいと思ったのか、近くにあったカートを引き寄せて腰掛けた。
「あたしとあんたってさ、いうなれば犬猿の仲みたいだったじゃない? もっともそれは外野がそう見てたってだけなんだけど」
「まあね。でもわたし、ミーシャのこと嫌いじゃなかったよ」
「ミーシャなんて呼ばれたの子どもの頃以来よ。あんたどこでロシアの風習を知ったの?」
「いやなんとなくだけど……でもさ、あなたがロシア系なのは昔から知ってたよ」
エイミーは二人が衝突しあいながら過ごした日々を懐かしむようにいった。
「お互い十七で宇宙機構に入ってさ、競いあって昇進も昇格ほとんど似たペースだったよね。確か特級秘書の辞令をうけたのは、同じ日付じゃなかった?」
「正解! 本当は二人して喜びを分かちあいたかったんだけど、周りの目がね……」
「あたしもあんたのことは嫌いじゃなかった。ただね、考え方があまりにも違った。だから、話をしたくても出来なかったってのが正直なところかな。宇宙機構はさ、なんだかんだいって派閥の色が濃かったじゃない」
「そうね、離れてみるとなんであんなにいがみあってたんだろうって、馬鹿らしくなった……」
「それでエイミー、あんたいまなにしてるの?」
「わたし? 笑わないでよ。こういう仕事」
そういってエイミーは携帯電話の画面に電子名刺を表示させて見せた。
「へええ、ジャーナリストなんて意外ね。だって秘書とはまるっきり逆じゃない?」
パンタミーマは名刺からすぐ目を離して、素直に驚いた表情をしてエイミーを見つめた。
「そうなの。まったく正反対。秘書って渡された情報をまとめて使いやすくするでしょ。いうなれば黒子よね。でも、ジャーナリストって、まず情報を取りに行って、それを自分なりにまとめて自己主張する白子なのよね。同じまとめるにしても全然違うの。ファクトを見極める目も必要みたい」
「もう慣れた?」
「全然よ。でも、充実はしてるかな……。なんていうか、こう自分の考えを行動にできるところは楽しいかな。でも、フリーだと万年金欠病になりそう」
そういってエイミーは屈託なく笑った。
「でもさ、こんな時期にわざわざそういう道を選んで、木星くんだりまで――というかこの便はガニメデ行きだけど、そんなところに行くってことは、やっぱりそっち関係の情報を漁ってるわけ?」
「そうなんだけどさ、ガードが厳しくてね」
「じゃあやっぱ軍隊?……。あたしもさ、この仕事についてから随分と危ない橋わたってるけど、あんたも相当なもんね。かなりの驚きよ」
エイミーはこのとき、どういうわけかパンタミーマは信じられると感じていた。
「ねえミーシャ、変なこと訊いていい?」
「ん? 質問の内容によるけど、軍関係なら案外いけるわよ。なにしろこの仕事だけだと収入が厳しくってね……」
パンタミーマの顔に、切なさと不敵な笑みが浮かんだ。
「あのさ、今回のガニメデ行きの目的なんだけど、南北両軍への取材なの」
「まじで? エイミーあんた命知らずすぎない?」
「うん、自分でもそう思ってるけど、問題はそこじゃないんだ」
「どういうこと?」
「あのね、ガニメデに着いたら、まず北軍基地を訪ねる。で、取材が終わったら次は南軍基地に向かいたいんだけど、どんなに考えても移動手段が見つからないの……」
パンタミーマはあたりを鋭く見回したあと、エイミーに近づき声を潜めて話しはじめた。
「ちょっと黙って聞いてね。――手はないことはない。だけど本当に命懸けになるよ。もしそれでよければ手筈は整えてあげる。ただね、そいつら荒くれ者だから、あんたが毅然とした態度を取らないと、いいように弄ばれるよ。そういう覚悟があるんなら、話をつけてあげられる」
エイミーはパンタミーマの凄んだ囁き声に、思わず固唾を飲んだ。
「うーん、できればもう少し詳しい話を聞きたいんだけど……」
「もうちょっと近くに来て。もっと、もっと近く」
「……」
「あのね、この船だって相当なものなの。船長も機関長も航海長も腕は確か。見た目はオンボロだけどやるべきことに抜かりはない。腹を割って打ち解けられれば、みんな気のいい連中なんだ。だけど、どいつもこいつもどっか一本ネジが抜けた荒くれ者でさ。危なっかしいたらないの。でもさ、そのくせ仕事に誇りをもってたりするんだ。おかしな連中ばっかなんだけどさ、あたしは居心地がいいってわけ。エイミー、あんた向きでないことは確かだよ。それでも平気なの?」
パンタミーマはエイミーの覚悟を推し量るように見つめてから、また口を開いた。
「あたしはいいさ。こんな柄悪女を演じてるし、そう中身も変わらないからね。大体あいつらあたしを女だなんて見てもいないもん。ほんとムカつくのよ。でも、それで身を守れてるのも事実。――あたしさ、胸もこんなちっさいし、スタイルもそんなよくもない。まあ普通ってところかな? でも性格もこうでしょ。きついんだよね。まあ、あたし自身はそれでいいと思ってる。けどさ、あんたは違うじゃん。昔からそうだけど、そのボイン、目立つんだよね。そんで童顔だろ。いいカモなんだよね」
「え !?……」
「つまり、隙が多すぎるっていってるの。まあそれでもどうしてもっていうなら、口は利いてあげれるよ。そのかわり自己責任だけどね。まあ、焦っていま決める必要はないよ。そうねえ、出航してしばらくこの船の連中を観察してさ、それで心が決まったらでもいいよ。ガニメデに着く二週間前くらいまでにいってくれれば、なんとかしてあげれると思う」
「そっか……ミーシャありがとう。わたし幸運の女神に出会えた気がしてる」
「馬鹿なこといってんじゃないよ。悪魔かもしれないよ。まあでもそういう性格なほうが得なのかもね。――あとそのボイン。まじで目立つからなんとかしたほうがいいって。軍隊なんてさ、この船の荒くれた連中より余程性質が悪いからね。――あたしは逆だけどね。どうやって盛って見せるかだけど、そういうのも最近は面倒になってきた。――あ、そろそろ出航だね。席に戻って座っとくといい。なんたってオンボロだから、出航の時は揺れるんだ。ガニメデまではまだ時間はたっぷりある。またゆっくり話そうよ」
「うん、わかった。ありがとう。――あ、あのね、わたし携帯の番号変えちゃったの。だから改めて交換しようよ」
「いいから席に着きなさいよ。怪我しても知らないよ」
「でも、せっかくの機会だしさ。ほら、宇宙船て時間とかわからなくなるから、メールで都合を聞いてからのほうがいいだろうし」
「あんたそういうとこ変わらないね。いいだしたらきかないんだから。わかったから早くして。本当に危ないんだから」
パンタミーマはせかせかとポケットから携帯電話を取り出して、エイミーの携帯電話にかざした。
「あたし番号変えてなかったんだよ。何回か電話したのに『この電話は現在使われておりません』だった。――まあそんな話はいいの。とにかく怪我でもしたらもともこもなくなっちゃうからさ」
そういいながら、パンタミーマはエイミーの背中を押して、手荷物の置かれた座席へと連れて行った。
「そいじゃまた後でね!」
「うん、ありがとうミーシャ」
パンタミーマが乗務員用の座席についてベルトを締める前に、《リヴァール号》は轟音を立てて離床を開始した。
しばらくすると、パンタミーマの船内アナウンスが流れはじめた。
エイミーは目を閉じて、じっとその声に耳を傾けていた。
歯切れのいい綺麗な発音、適度な流れるような抑揚を聞きながら、瞼の裏に映る特級秘書時代のパンタミーマを思い浮かべていたのだった。




