#7 ゲート――危惧
エイミーは、フリージャーナリストという鳥になって羽ばたいた。
翼はまだ小さく弱々しかったが、追い風を受けた渡り鳥が、悠々と長距離飛行をするように飛んだ。
逆風にあうことも度々あったが、それさえも揚力にして、高く遠くへ飛ぼうとしていた。
まず、手はじめにと挑んだのは意外ともいえたが、彼女からすればまず知っておくべきだと睨んだ、南北両軍の動きだった。
エイミーは、ガニメデ、カリスト、エウロパという、三つある戦略目標のまずひとつを攻略する意図で、両軍がぶつかりあうのではと推測した。
それから、両軍関係者との間に築いた取材網を駆使し、木星宙域の戦闘はエウロパが焦点になるという情報を掴んだ。
両軍とも、無数にある衛星を拠点とする補充戦力を弱体化させるゲリラ戦より、いったん全戦力をもってでも、エウロパの攻略を最優先事項と定めたらしいと。
とはいえ、それには双方とも準備のために時間が必要なようだった。
それは、エイミーにとって都合がよかった。
「なんとか、本格的な全面対決になる前に、木星宙域の全貌を確認しておきたい」
彼女の大きな志は端から見れば、無謀な野望といえた。
しばらくすると、攻勢重視の北軍が重大な決断を下したことがわかった。
小惑星帯と火星宙域の戦力を投入すると決めたらしい、という情報を得たのだ。
対する南軍は防御重視であるのに変わりはなかった。
だが、ひとまずは木星宙域の整備修理用の拠点となっている衛星群を捨ててでも、全力をもってエウロパの攻略に乗り出すという情報を入手した。
エイミーからすれば、双方にとって全面対決はリスクの高い賭けに思えたが、どちらも勝算はあると見込んでいると踏んだ。
彼女が、衛星ガニメデへの取材を決めた最大の理由は、もしも賭けに敗れた場合、敗者は木星宙域からの全面退却を余儀なくされるという点だった。
つまりそれは、ある意味では木星宙域での戦闘が終結するといえたが、ある意味では木星宙域外に新たな火種を生みかねないと、エイミーは読んだのだ。
「いまなら間にあうかもしれない……小惑星帯にはさほど民間人はいない。でも、火星宙域が戦場になるなら、木星のように広範囲な戦闘にはならない。必ずフォボスとダイモスという二つの衛星が戦場になる。そうなれば、多くの無辜の民の命が失われる。その犠牲を少しでも減らすためには、木星宙域での全面対決が確実であることを掴まなければならない」
エイミーはそう判断したのだった。
こうして、彼女は迷うことなく戦闘の焦点から外れたと思われる、衛星ガニメデにある両軍基地への取材を敢行しようと考えた。
コロラドからアラバマへと飛行機で移動し、空港に隣接する宇宙船発着場の広々とした待合場に着いたエイミーの足取りは軽かった。
一廉の取材記者ともなると、大きなトランクに荷物をぱんぱんに詰め、場合によってはカメラマンや数人の助手を連れている。なのにエイミーはといえば、必要最低限の洗面具やら洋服を入れた、小さなトランクと身体ひとつの身軽さだった。
その理由は、リストコムにあった。
相変わらず人生の全記録であるタブレットは常時持ち歩いていたが、いまはそれすらもエイミー自身が、これだけは記録しておきたいという情報を、保存するときに使うだけだった。
必要なことは、ほとんど全てワイフィーとのやり取りで済ませていた。
しかしそうなると、エイミーは搭乗の手続きだの確認だのといった煩雑な事柄に、すぐにうんざりしはじめた。だが、気を取りなおして人とのやり取りを楽しむように心がけているようだった。
「ジャーナリストなんて、仕事相手はほとんどは人間だからね、こればかりは仕方ないわ」
そういいながらも、エイミーは人と人であることを失わせるような、つまらない確認作業が世の中に溢れているのに気づいていた。
「木星までは往復で約百二十日、大体四か月ってところね。で、取材に一か月を要するとなると、五か月ね。――もっとも、ドンパチに巻き込まれないためには、そうね……三か月がタイムリミットね。ガニメデを離れて一週間もすれば、まず戦闘に巻き込まれることはないわね。なかなか厳しいタイムスケジュールね。それに取材って時と場合によるから、案外想定していた時間じゃ足りないのよね。――でもって問題は、南北両軍を取材するのに、北軍を訪ねて『取材はこれで結構ですので、出来ましたら次は南軍の基地へ連れていってもらえますか?』とはいかないのが最大の難点ね。――ああどうしよう? こればっかりは何度考えても、いい方法が見つからない……」
エイミーは一人、待合場の椅子に座りながら、退屈そうに足をぶらぶらさせてはいたが、頭のなかでは常になにかを考えてしまう癖がついていた。
「予約した定期便大丈夫かな? 墜落の心配はなさそうだけど、どこかあらぬところに連れて行かれそうなオンボロ船なんだよね……。それって遭難よね?……。シャトルなんていってるけど、全然定期運行じゃないし遅延も欠航も当たり前みたいだし。まあ、海賊に頼んで乗せてもらうよりかはましなんだろうけど……。でも、みんなお婆ちゃんがいったとおりなのよね。仕事をはじめてから情報網を広げるために、大枚を叩きすぎたのはあったけど、もうスッカラカンなんだよね。そういえばお婆ちゃんにいわれたなあ、頭スッカラカンだって。いまじゃ財布もスッカラカンなんだけどね。どうしよう……気前のいいスポンサーを見つけないと……」
エイミーは、思いついたら言葉にする習慣も、すっかりついてしまっていた。
時々、宇宙機構時代の秘書課仲間や、ディッキーやリッキーと語りあえたことの幸せを噛み締めて、涙が滲むこともあったが、いまではどこか一人語りを愉しんでいるようなところもあった。
そんなとき、待合場にアナウンスの声が流れた。
――標準宇宙時間、八時五十五分発、《リヴァール号》に搭乗予定のお客様。乗船を開始しました。ご搭乗のお客様は二十八番発着場へどうぞ……。標準宇宙時間、八時五十五分発、《リヴァール号》に搭乗予定のお客様……。
「ああもう、その標準宇宙時間もいい迷惑なのよね。だっていまは夜なのに朝だとかいわれてもぴんとこないのよ。時差ボケも辛いけどこれもまた面倒。時計の表示が増えるだけなんだから。まあいいわ――」
文句をいいながら、エイミーは手荷物扱いで船内に持ち込めるほど小さなトランクを持ち上げると、颯爽とゲートに向かって歩き出した。
「ねえあの人、パヴリーンじゃない? 最近テレビとかでよく見かけるフリーのジャーナリストと違う?」
「見間違いじゃない? それにあの人もう少し太ってなかった?」
どこかで囁くような声がした。
エイミーは話されている内容をしっかり聞き取っていたが、そしらぬ顔でそこを通り過ぎた。
(失礼ね! テレビは二割太って見えるのよ。もっともそれは昔の話だっていうけど、当てにならないわ。メディアは意地悪なところがあるから。――でも、わたしの愛称、それなりに浸透はしてるのかもね。あんまり目立ちすぎてもどうかと思うけど……)
その愛称はルフトの胸にあった水晶玉と、テライダから発想を得たのだった。
少しでも知られて、誰かを守れる力になればという願いと、耳当たりよく響きのいい一般向けの愛称という実務面を兼ねたものだった。




