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無から無へ  作者: イプシロン
Ⅵ 停戦協議
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48/55

#48 プロット――理由

 エイミーがフイデースとベッドに横たわるのには別の意味もあった。

 それは、ガニメデでの逃避行中にチクローポから聞いた挿話を、読み解くことだった。

 だから、すぐ近くでする寝息を耳にしながら天井を見つめたり、フイデースの頭を胸に抱いてその顔を見つめながら、ひとり黙考する夜が度々あった。

(パヴリーン……それは二つの孔雀の卵。これにはなにも問題がない。パヴリーンは常にペアで存在する。だからティーポはわたしのことを『お前はオスとメスの孔雀だ』っていった。ようするに、わたしは生物学的にいえば女だけど、そのわたしのなかには、女性性のほかに男性性もある。ホルモンとかがそう。ここまでは迷わない。わからないのはその先……。

 ひとつの卵は羽化してオスの孔雀になった。もうひとつは羽化しなかったけど、ティーポは多分メスだろうっていってた。でも、ここにもペアの法則は成り立つ。だけど、なんでメスは羽化しなかったんだろう? たぶん人間と同じね。受精したときにDNAレベルではわかるけど、ふつうはわからないからよね。

 それで、羽化したのはオスで、その孔雀はとても美しくて人を魅了する。だからルフトさんもその美しさに惹かれて、それを役立てようとしてなにかを作った。それが宇宙機構が生んだ二つの人工知能。ネライダとテライダ……。

 ネライダは《リヒト・スヴェート号》に搭載されて、シレーヌさんとペアになり、互いを守りあった。テライダはお婆ちゃんとお母さんとペアになり、互いを守りあった。もっとも母さんは部外者っていえるくらい遠い位置にいたから、テライダはお婆ちゃんとペアになって守りあった。そして、いまテライダとペアになってるのは、――もしかして、わたし?

 ここまでの推理にはおかしなところは見当たらない……と思う。問題はここから……。ルフトさんの胸に抱えられてた水晶玉ね。もし仮にそれがネライダとテライダを作りだすための原型とか試作品だったら、ネライダやテライダみたいな人工知能がほかにも存在しうる。でも、それはどこにあって、いくつあるの? ここまではかなり自信をもっていえる。さて、その先はというと……。

 ティーポはルフトさんのしたことを責めはしなかったけど、悪用される危険性を察知して、ルフトさんの胸に抱えられてた水晶玉を作り出す源の水晶を、元あった場所に戻したっていってた。だとすると、人工知能のネライダやテライダとペアになってた人や、水晶から作られた水晶玉を抱いてたルフトさんは、それらが悪用されないように守ってた。――え? じゃあテライダを守ってるのはやっぱりわたしなの !? そんな……だってわたし、ふつうに生きたいだけで、もうそういうことに関わらないって決めたのに……。

 ねえ待って、じゃあなんでティーポは水晶を元に戻したの? だって、水晶玉がある限りそれって無駄なことをしたことにならない? いや、そうともいえないか……。いつか戻した卵、つまり水晶のことだけど、それが羽化して二つの水晶玉がペアになって守りあう可能性はある。だけど……そんなことってある? 卵が羽化するには親鳥が温めないとならないでしょ。でもティーポはそれすら恐れた。じゃあどういうこと? ここが解けない限りいつまでたっても堂々巡り……。

 ということは、ティーポはパヴリーンがオスだけ羽化した時点で、それを守る術がないって知ってたとしか思えない。となると……やっぱりこうなのかな?……。

 シレーヌさんがルフトさんと離れて遠い宇宙に旅立ったのは、時間が止まる光速の世界にネライダを封印するためだった。でも、そうしたら地球に残ったテライダはどうなるの? だからなの? ルフトさんが地球に残ったのは? お婆ちゃんが死ぬまでテライダを守ろうとしたのは?

 そういえばお婆ちゃんリッキーにいってた。『あたしの後を継ぎたいといいだしたら、このシェルターやらなんやら、それに太陽系連盟との繋がりもみんなくれてやってもいい』って。

 待って、待ってよ! じゃあお婆ちゃんのあとにテライダを守るはずだったのはリッキーだっていうの? それだからかな? お婆ちゃんがわたしにリッキーの病気のことを勘ぐるなっていったのは……。でも、ディッキーはリッキーの病気について知ってた。だとするとディッキーはどう判断する? リッキーを守るために自分を犠牲にする。――だから、ディッキーは本部長を辞任してまで姿を消して、リッキーとテライダを守ろうとしたの? 

 そうよ、きっとそうよ! リッキーはゆくゆくはテライダを守るはずだった。だからディッキーはリッキーとテライダを守るために、二人でどこかへ消えた……。きっとそうね……。

 でも待って。その二人は行方不明になってるじゃない……。だったらテライダは誰が守ってるの? やっぱりわたし? 嫌だよそんなの。――そりゃあワイフィーはいい子だけど、いまのわたしじゃね……。それにわたしワイフィーに頼りきりだし、情報を売って悪用してる……。でも待ってよ、じゃあなんでわたしがテライダとずっと関わってきたのに、ディッキーやリッキーに繋がることにひとつもぶつからなかったの? それも変よね……。

 わかった、わかったわ。――人工知能はもうひとつあって、ディッキーとリッキーはそれを守るためにどこかに姿を消したのよ。そして、その人工知能の名前をわたしが知らないだけじゃない? じゃあ、テライダを守るのはやっぱりわたし?……。無理だよ、出来ないよ……それにわたし……)

 エイミーは、静やかに寝息をたてているフイデースの顔を見て凍りついた。

(ディッキー! 違う、違う! フーディよ! ディッキーじゃない、フーディよ!)

 しかし次の瞬間、エイミーの脳裏にはディジアにそっくりな姿をした、リッキーの微笑む顔が浮かびあがっていた。

(違う、リッキーじゃない、ディジアよ! ディジアなのよ!)

 そのとき、どこか遠くから何者かが囁く声がした。

 ――パヴリーン……パヴリーン……。

「やめて! やめてよ、お願いだから! わたしの生活を壊さないで!」

 その絶叫を耳にしてフイデースが飛び起きた。

「エイミー、どうした?」

 すでにベッドのうえに半身を起こしていた彼女の目は、ぎらぎらして異様な輝きを放っていた。

 まるで獲物を狙うかのような、猫の目を思わせるエイミーの双眸に気づいたフイデースも、またその半身を起こした。

「ねえ、話してフーディ。わたし怖いの。リッキーとディジアが別人だって確かめたいの。教えて、ディジーになにがあったの?……」

 迸るようにそう口にしたあと、自分がなにをいったかを悟ったエイミーは、すぐに冷静になって謝った。

「ごめんなさい……」

 エイミーの狂気に駆られた姿を見たフイデースは、穏やかな声で理由を訊ねた。

 彼女はその夜にした沈思とも黙想ともいいがたい内容を、細大漏らさず物語った。

「その話とディジアのことに関係があるかはわからないけど、僕らが願ってきたことに変わりはないと思う。だから話すよ。それがお互いのためなんだろうね」

 そういってフイデースは語りはじめた。

「ディジアを暗殺したのは北軍情報省の特殊要員だ。――彼女が知っていた《リヴァール号》の機関に関する秘密がその中核にあった。彼女はその情報を南軍の諜報員に流すことで戦争の拡大を防ぎ、ゆくゆくは南北が軍事的均衡を得て戦いが終わることを望んでいた。僕はそれに力を貸すために南軍諜報部への道筋を作った。そしてその道筋はついた。でも、南軍諜報総長のオンブルが、私利私欲に取り憑かれた男で、戦争を継続させるために北軍にディジアのことを売った。オンブルに辿り着くまで随分苦労した。でも調べに調べてわかった。殺してやろうと思った。でも無理だった。それで軍が嫌になって逃げ出した。なにもできなかったことが悔しくて悔しくて、この戦闘艇を自分の手で破壊した。徹底的にね。いまになれば自暴自棄だったのはわかってる。――とにかく、彼女はオンブルに殺されたも同然だ。ディジーは誰よりも平和を望んでいた。だから、《リヴァール号》をベスタで下りて南軍の高速輸送船で月へ急行したのも、半分は彼女の意向だった。もちろん、ほかの半分は僕が君に会いたかったというのが理由だ。その気持に嘘はないし、いまでもそれが間違っていたとは思わない。――エイミー、憶えてるかな? 君とディジアがはじめてここを訪れた日のこと」

「もちろん憶えてるわ。忘れるわけがない」

「あのとき僕がディジーのことを気づかってさえいれば、暗殺は防げたかもしれない……」

「どういうこと? ねえ、だったらわたしにだって責任があるじゃない。――話して、ちゃんと話して聞かせてよ、フーディ」

 哀願するエイミーの表情には苦悩と恐怖と憤りがあった。

「耳だ」

「……」

「ディジーが補聴器の具合が悪いっていってたの憶えてるかい?」

「憶えてる……」

「その日、どういうわけか、お店が休みだったらしい。――でも、そんなことがあると思うかい? あのディジーがお店の定休日を調べもしないでスケジュールを組むはずがない。実際そうだったんだ……」

「じゃあディジーはすでにあのとき厳しい監視下にあったってこと?」

「そうだ。――彼女はあの後にも何度かお店に足を運んだらしい。でも、どういうわけか補聴器の修理も新調もできなかった。――ディジーが殺された日、僕らは最終的な打ちあわせをするために、取り決めておいた秘密の場所で会った。万事すべてが上手くいくと思ってた。でも、甘かった、甘すぎたんだ。――なにが一流の整備士だ、なにが夢は操縦士だ! そんなことにかまけていて、僕はディジーの身に危険が迫ってたことを知りもしなかった。でも、ディジーは違った。彼女は看護師も兼ねてたから、機械も人間も変わらないって知ってた。手を入れなければいつか人間も壊れてしまうって知ってた。――ディジーは優しすぎたのかもしれない。自分のことより人のことや世界のことを気にかけてた。だから自分の耳の具合をそこまで気にしてなかったのかもしれない。だからこそ僕が気にしてあげるべきだった……なのに……。僕はあまりにも無頓着すぎた」

 エイミーは動揺と怒りに身を震わせるフイデースを抱き寄せた。

「そんなこといわないで。だったらわたしはどうなるの。テライダっていう力強い味方がいたのに、戦争どころか家族さえ守れなかった。その意味じゃわたしのほうがよほど鈍感だった」

 フイデースはそれを聞いて、エイミーがこれまでの三か月以上をどんな気持ちで過ごしてきたかを胸のなかで悟った。彼女にも深い悔恨の念があったのだと。

「それでどうしたの、ディジーは?」

「打ちあわせを終えた僕は車で帰ろうとした。でも、そのとき怪しい人影を見た。それで引き換えしてみたら、滅茶苦茶に切り裂かれたディジーがいた。もう死んでいた……。聞こえなかったんだ。刺客が近づく足音が、聞こえなかったんだ!」

 フイデースの金属を切り裂くような慟哭が艇内に響き渡った。

 だが、彼は涙声でその先を語りつづけた。

「なにかに集中さえしていれば、ディジーは難聴が悪化していても些細な気配を感じ取れた。でも、僕を……あまりにも信じすぎたんだ……。だけど、その僕は……。たかが補聴器くらいなら、本気になれば作ることだってできたはずだ……。それでこそ整備士のはずなのに……」

「それで、ディジーをここに連れてきたのね」

 フイデースは項垂れるようにして首を縦に振った。

 エイミーは物語られた内容を噛み締めながら考えていた。

 そうして、遠慮がちに切り出した。

「ねえフーディ、こんなときになんだけど、わたしもうひとつ確かめたいことがあるの。――さっき話したパヴリーン・スタウロスの件。――リッキーとディジアは違う。ディッキーとフーディも違う。ディジアのこと話してくれたから、ちゃんとそれがわかった。でもね、わたしにそっくりだっていうパヴリーン・スタウロスが、わたしと違うんだって確認しない限り、わたしいつまで経っても今夜みたいになりそうなの。きっといつか本当に狂ってしまう。――でも、必ず戻ってくる。必ずここに戻ってくる。――三か月かな? それでいい。ねえフーディ待っててくれる? そうしたら貧乏かもしれないけど、わたしたちずっと一緒にいられると思う。どうかな?」

「……」

「荷物も置いていく。どうせ大したものもないけど、旅費だけ持っていく。それなら安心できるでしょ?」

「行っておいで。その三か月の間に、僕も自分を取り戻す努力をするよ。そうでないと、また同じ過ちを犯して、君を傷つけかねない。好感をもった人を酷い目に遭わせた奴を憎んで、その怒りを抑えきれずに、君にまたぶつけてしまう」

 エイミーはようやく理解した。フイデースが長いあいだ無口だった理由を。

 親しくなることで生まれる、やり場のない怒りを怖れていたのだと。

 もう二度と大切な人を失いたくないと心の底から恐れていたのだと。

 エイミーにはそれがよくわかった。以前、戦闘艇住居をはじめて訪れた日に、あまりにも彼女を信じきっていたフイデースに腹を立てて、悪罵の限りを浴びせたことがあったからだ。

 その夜、体を重ねあった二人は、あの灰色の夜を超える優しい抱擁をしあって蕩けた。

 翌日、エイミーはアラバマへと旅立っていった。

 旅費用のクレジットをチャージした携帯電話ひとつを手にして。首元に付けたリストコムとともに。

 彼女がいなくなったあと目を覚ましたフイデースは、すぐにベッドサイドに残されたメモに気づいた。

我愛(あなたを愛し) 親愛嘅(愛される) 艾米(エイミー)

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