#47 ライブリーフッド――創造
エイミーとフイデースの戦闘艇住居での共同生活がはじまった。
まずはじめに二人が取り掛かったのはディジアの埋葬だった。
棺桶はフイデースが戦闘艇の部品を引き剥がして作った。その底に、もはや遺体とも亡骸とも呼べなくなった遺物を、二人であますことなくかき集めて入れた。
ふつうサイズの三分の一ほどしかない小さな棺桶だった。朽ちることを知らない鈍色の箱に遺物を入れ終わると、そのうえにディジアが最期に着ていた、身体にフィットする薄水色の北軍最新型整備作業服を、きちんと畳んで置いたあと、上蓋を閉じた。
作業服にあった名札はフイデースが大切に保管することになった。
そうして、二人で掘った穴に棺桶を納めて、土を被せたあと花を添えた。
黒く変色した血のこびりついた栗色の長い遺髪は、綺麗に洗って二人で分けあった。
フイデースはその時点ですでに汚れきっていたが、作業が一段落したときには、エイミーも全身真っ黒になり腐臭が染みついていた。
そこで彼女はつぎに壊れていた洗濯機と風呂の修理にとりかかった。艇内にあったフイデースの工具を使って慣れない手つきでそれを終えると、嫌がるフイデースを着替えや入浴に誘って手伝い、伸びた頭髪や無精髭を整えた。
しかし、その間じゅう心が荒んでしまったフイデースは、ほとんど口を開くことはなかった。
エイミーの願いはただひとつだった。ふつうの生活がしたいというささやかなものだった。だから、戦闘艇住居から出ていく気はないようだった。
そのころになると、彼女も腐臭に慣れてしまっていたが、ふつうの生活のために再び工具を手にして、艇内の数か所に穴を開けて換気扇を取り付けた。
不思議にも、エイミーはすこしずつ饐えた臭いが弱まっていくのに寂しさを覚えていた。ディジアがどんどん遠くなりやがて消えてゆく気がしたのだろう。そのことからか、彼女はフイデースがなぜあそこまで過酷な状況でいたのかが、ほんのすこしだけわかった気がしていた。
こうしてまた一段落がついたとき、エイミーは共同生活に潜む深刻な事態に気づいた。
二人とも収入がまったくなかったのだ。
彼女はフイデースから様々に話を聞きたい気持ちもあったが、考えに考えてひとつの方法を思いついた。無論、フイデースを怒らせたくなかったので、そのことは黙っていた。
こうしてエイミーは情報屋をはじめた。すでに首元にはコロラドの空港で着けたリストコムがあったので、それを通じてワイフィーに集めてもらった情報を売ることにした。
しかし、それは危険なことでもあった。相手の求める情報しだいではどこからか恨みを買い、身に危険が及ぶ可能性があったのだ。とはいえ、背に腹は代えられない状況だったので、情報を選んで売る余裕はなかった。
そんな事情から、何日かに一度近くの街に出て行くことが増えた。そのついでに生活必需品を買って帰るのが常だった。
こうして細々ながらも、二人はしだいに日常を取り戻していった。
一か月半ほどが過ぎたころ、フイデースに小さな変化が起こった。
エイミーの体を求めるようになったのだ。彼女は喜びとも悲しみともつかぬ、複雑な感情を抱えたまま体を許した。
しかし、いまだフイデースのなかで燻っている怒りに火が点くと、暴力的になることがあった。多くの場合、彼女はそれに耐えた。生理中に無理やり押し倒されたときには、耐え難い苦痛を感じて苦い涙を飲んでいた。
とはいえ、エイミーはコロラド警察病院での入院中に、何度も手がつけられないほど暴れた経験があっただけに、無下にフイデースを拒絶することができなかった。そうすることでしか癒せない傷があり、そうすることですこしずつ話ができるようになるとも考えていたのだった。
もっともそうした夜々は、エイミーにとってフイデースとの美しい思い出である、灰色の夜の抱擁とは似ても似つかないものであり、ときには求めに応じたあと自分が書き残したメモを目つめて、涙に暮れることもあった。
こうして三か月が過ぎたころ、裸のままベッドで寄り添っていると、ぼそぼそとではあるが、フイデースが自分から口を開くことが増えていった。
ある夜のこと――。
「ディジア」
唐突にフイデースの口から発せられたその言葉に、エイミーはぴくりと身体を緊張させたあと訊いた。
「ん? ディジア?」
しばらく口籠ったあと、彼の口から衝撃的なことが語られた。
「暗殺された」
エイミーは自分の耳を疑った。
もちろん彼女もディジアの死因については、何度も脳裏で憶測したことはあったが、暗殺という項目はそのなかに含まれていなかった。
「……」
エイミーがなにをどういえばいいのかもわからぬまま、沈黙に場を明け渡すと、フイデースの啜り泣く声がそれを破った。
ベッドで腹ばいになっていた彼女は、すっくと起き上がってナイトローブを羽織ると、
「フーディ、すこし待ってて。なにか温かい飲み物をもってくるから」
といって部屋をでて、十分ほど経つと小さなティーカップ二つを手に戻ってきた。
「すこし熱めにしたから、火傷しないようにね」
フイデースは泣きながらそれを受け取ると、すぐに口元に運ぼうとした。
「待って、それ縁が欠けてるから、くるっと回してからね」
エイミーのそんな気遣いになにかを感じたのか、項垂れていたフイデースは顔をあげて彼女を見つめてからいった。
「ありがとう」
それは、エイミーが戦闘艇住居にきてようやく耳にした感謝の言葉だった。
彼女は堪らなく嬉しかったようで、身体を近くに寄せて俯いているフイデースの頭を優しく抱きすくめてから、
「カモミールだから、飲めばすこしは落ち着くと思う」
と呟いた。
フイデースは小さなティーカップの中へふーふーと息を吹きかけてから、それを二口ほど飲んだ。
それから顔をあげると、エイミーを見つめていった。
「ディジアは北軍に暗殺された」
「フーディ、無理に話さなくてもいい。わたしまだ待てるから」
エイミーはすぐにそう応えたあと、
「ごめん、もっかい待ってて。すぐ戻るから」
といいの残したかと思うと、一分もしないで戻ってきた。
「ディジア連れてきた」
彼女の手には明るい栗色の遺髪があった。
とたんにフイデースが号泣しはじめた。
彼女はそんな彼の背中に腕を回して呟いた。
「だって、自分のこと話されてるのに聞けないなんて変でしょ、ディジーはいつもわたしたちと一緒にいるんだから。わたしがここにはじめてきた日も車で一緒だったじゃん」
そうして、フイデースとエイミーは二人でディジアの遺髪に触れながら、カモミールティーをときどき口に運んでいた。
その夜はそれっきりディジアの話はしなかったが、永遠の灰色に似た時間のなかで、もうひとつフイデースに変化があった。
彼はカモミールを飲み終えると、じっとエイミーの顔を見つめてから額に触れながら呟いた。
「ごめんね」
拳銃を投げつけられて割れた彼女の額は、はっきりとではなかったが、傷が残るほど割れていた。このころにはほとんど治っていたが、フイデースはその傷に触れ、眠りに落ちる前に唇をそっと押し当てて、もう一度おなじ言葉を口にした。
その夜から、しだいに彼の顔から怒りが消えてゆき、暴力的にエイミーの体を求めることもすくなくなっていった。
それはまるで、狂っていたピアノの白鍵と黒鍵が調和を取り戻していくようだった。
半年が経ったころ、フイデースは日常の会話を取り戻しはじめていた。




