#4 マイセルフ――誓い
木星をめぐる南北両軍の戦いは熾烈さを増していた。
主戦場はイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストの四大衛星がある宙域だった。
もっとも、イオは木星の強烈な放射線帯の内側にあり、さらに恒常的に火山活動が活発で、表面が硫黄で覆われていることから、戦略目標とは見做されなかった。
そうなると、資源確保や木星宙域の支配権を握るためには、エウロパ、ガニメデ、カリストの領有権が最重要であった。
必然、その三つの衛星宙域では繰り返し両軍が衝突し、多くの人命が失われていた。
また、木星は百十五個の衛星をもつだけに、両軍はそれらを艦隊の修理整備や再編成に利用していたが、双方とも停泊中の艦隊への奇襲攻撃に悩まされはじめていた。
補充戦力を失うことは、ゆくゆくは小惑星帯、あるいは火星の予備戦力を投入せざるを得ない状況を生むと見られたからだ。
しかし、地球圏で連日連夜にわたって伝えられている報道はそれとは異なっていた。
――北軍、衛星テーベを占領! 南軍は壊滅的損害!
――南軍、衛星メティスを根拠地とする北軍第26艦隊を撃破!
――両軍とも逆行衛星根拠地に新艦隊を配備の模様 !?
――北軍の英雄、戦闘機隊のリューゲ中佐、撃墜数100をマーク!
――南軍の殊勲艦火星観艦式に現る、士気旺盛!
どの報道にも一分の真実はあったが、ほとんどは都合のいいプロパガンダだった。
そんな折り、エイミーとエポラールは邸から地下壕へ通じている薄暗い通路を歩いていた。
「お婆ちゃん、わたしフリーのジャーナリストになることに決めたよ」
「おおそうかい、じゃあ、あたしはせいぜい秘密を探られないようにしないとだね」
エイミーは最近では慣れてしまった、祖母の毒舌が愛おしくて仕方なかった。
「それでね、ルフトさんにもちゃんと話すんだ。きっと祝福してくれるよね?」
「どうかねえ、あの人は科学馬鹿だからね、あんたみたいなのが取材に現れたら、『記者が、キシャー!』なんつって逃げ出すんじゃないかい?」
「そんなことないわよ。ルフトさんはそんな弱腰にはならないんじゃない? 驚くとは思うけど」
「あんたの趣味はなんだっけ?」
「ん? ああ、一人何役もやって、人を困らせることね!」
「その意味じゃ、意外と適職かもしれないね。秘書なんてお硬い仕事をよくも十二年もやってこられたもんだよ」
そういいながら、エポラールは十七歳になったとたんに、『わたし宇宙機構で働きたい!』と目を輝かせて哀願した、孫娘の顔を思い出していた。
「さあ、そろそろ集中治療室だね。例によって例のとおり、あんた一人で会っておいで。しつこいようだけど、恐らくこれが最期になるだろうから、思い残すことのないようにね」
「うん」
エイミーは祖母と別れ、ルフトの部屋に入り、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。
それから彼女は、二時間以上にわたって、過去のこと、未来のこと、そして現在のことをあまさず話した。
ルフトは脳溢血で倒れて以来、一度も意識を取り戻しておらず、顔にも全身にも衰弱が色濃かった。
しかし、エイミーは語りかければ語りかけるほど、そのやつれた顔に紅がさし、にこやかな表情になっていくのを感じていた。
「わたしね……これまであったことを全部話せた人なんていなかった。そんなの当たり前だって笑われちゃうけど、でもようやくそういう人に会えたの。ルフトさん、あなたがそうなの。そんな状態で聞いているはずがないなんていう心ない人もいる。でも違うんだよね。そうじゃないの。きっとルフトさんならわかってくれる。わたしわかるんだ。――ルフトさん、ありがとう」
エイミーはそれまで抑えてきた感情を爆発させるように、眠ったままのルフトに抱きついた。
「お祖父ちゃん!」
彼の胸元で両手に包まれた、孔雀の羽の目のような模様の水晶に触れたそのとき、彼女のなかになにかが流れ込んできた。
「エイミー、エイミー、そんなに泣かないでいい。そんなに一人で頑張らないでいい。僕は君をもう守ってあげられないけど、僕以上の適役が君を守るから……それは……」
彼女はそれを幻聴だとは思わなかった。
「それは? それは誰なの、ルフトさん……ねえ、ルフトさんてば !! ――いけないわたし……こんなこといえる立場じゃなかった、ごめんなさい、でもありがとう。どこの誰だとわからなくても、守ってくれてる人がいる。わたしそれで満足する。そしていつかその人が誰だか知れる日が来るって信じられる。――ありがとう、ルフトさん、さようなら」
エイミーは部屋に入るまで、本当にこれが最期なのかと半信半疑だったが、このとき確信した。
もう会えないと――。
エイミーは声の途絶えた静かな治療室のなかで、心が決まるまで外していた、緑色のLEDを改造したピアスを左耳に着けた。
そうして、孔雀の羽にある目のような模様の水晶が、なにかを訴えるように光り輝くのを見つめながら、胸の奥に響くディッキーとルフトの声が重なるのを耳にしていた。
――その光を絶やさないでくれ。頼んだよエイミー。いままでよく尽くしてくれた。心からお礼をいうよ、ありがとう――。
こうして二人の再会と最期のときは終わった。
その三日後に、ルフトは永遠の眠りについた。




