#3 アレゴリー――寓意
木星宙域での戦闘は多くの人たちが予想した、いずれ小康状態になるだろうという空気を覆して拡大した。
また、北軍優勢という見解も覆された。
攻撃側は防御側の三倍の兵力を擁しなければ、その目的は達成しえないという古い教訓をそのままなぞるような状態にあった。
しかし、いまだ地球圏の人々にとっては、それは遠いどこかの出来事に見えていた。
エポラールは、北軍と南軍の激突を知ってか知らずか、開戦の日から自邸に籠もりきりだったが、あちこちの知りあいとひっきりなしに電話で話していた。
エイミーはその祖母を目で追いながら、リビングの長椅子に寝そべっていた。
(お婆ちゃんは戦ってる。一生懸命なにかと戦っている。でもなにと? 電話の内容はぜんぶ隠語だから、わたしにはわからない。でも、戦ってるんだよね……。どうしてあんなに必死になれるんだろう? 話してる相手の人たちだってそう。――誰かを守るといっても、お婆ちゃんには具体的にこの人っていうのはいないでしょ? だっていまだに母さんにすら電話してないもの。ならどうして戦ってるの?……)
そのとき、二階からもう一人の同居人であるカルハリアス老人が姿を見せた。
「エイミーさん、いらしてたのは知ってたんですが、どうも顔をあわすのが気恥ずかしくてね」
「こんにちは」
二人はそれだけ言葉を交わすと、互いに自分のなすべきことに取りかかった。
エイミーの見たところ、カルハリアスからは以前にはあった卑屈さが消えていた。
長くルフトの使用人だったという面を垣間見せるように、かいがいしくエポラールの身の回りの世話をしたり雑談の相手にはなっても、そこに使命感じみた雰囲気はもうなかった。
元上司のディッキーに依頼されて行った身辺調査の記憶を探っても、ひと昔前のカルハリアスにあった特徴は微塵も見えなかった。
(あの人も変わった。人ってそんなに簡単に変われるものかしら? すくなくともわたしは無理。――でも、このままじゃいけないのは事実……。カルハリアスさんはどうして変われたんだろう?)
そんなエイミーの夢想を破ったのは、当のカルハリアスだった。
「エイミーさん、そのテーブルの上にあるのはなんですか?」
長椅子に寝転んだ彼女は、けだるそうに視線をテーブルに向けていった。
「ああそれね、もらいものなの。……オブジェっていうのかしら? 名前とか知らないけど……」
長椅子の後に立っていた老人は、背凭れに両手をついてエイミーの顔を覗き込むようにしていった。
「白蛇ですね。白蛇に間違いありません。――それ、大事にするといいですよ。もしかすると……」
二人のやりとりを耳にしていたのか、電話中だったエポラールが大きな声で釘を刺した。
「カール、やめておくれよ。この子にゃあ物語はわかりゃしないって。とんだ勘違いをおこして、またろくでもないことをしでかすだけさ」
だが、カルハリアスはそれには構わず遠慮がちに語りかけた。
「エイミーさん、ぜんぶは話せませんが、グリム童話にある『白い蛇』ですよ」
それだけいうと老人はにっこり微笑んで、また自分の仕事に戻っていった。
彼女がむっくりと上体を起こして、テーブルに置かれたそれを手に取ろうとしたとき、蛇の目がきらりと光った。
「なに? なんなの?」
そのとき、エイミーの脳裏にいまだ見たことのない自分の姿が閃光のように燦めいた。
沢山のポケットがあるベストを着て、マイクを手にしてインタビューしている姿が。
(あの人、わたしになにを伝えたかったんだろう? でも、自分のいいたいことを遠慮なくいうようになったのは間違いない……。でもそれってお婆ちゃんもそうよね? なに? どういうこと? ――待って、わかったわ! 信念ね――。わたしが失くしてしまったのはそれじゃない? 例え誰かを守れなかろうが、わたしは守ったんだと、わたしはわたしを信じればいいんじゃない? 多くの人を守るって訳にはいかないかもだけど……。いや、待って、待って、待ってよ。いい方法があるじゃない。そうよ、わたしジャーナリストになればいいのよ。そうして守りたい気持ちをみんなに伝えるの。きっとわかってくれる人はいるわ。そうよ、それでいいのよ……。ジャーナリストの仕事なんて、これっぽっちも知らないけど、いまからだって遅くはないでしょ? それにフリーランスなら、お婆ちゃんみたいに人脈も必要ない。組織のことを考えて動かなくてもいい。――影で誰かを支える秘書とは正反対だけど、やってやれないことはないわ。わたし、わたし……守ってみたい!)
それからというもの、エイミーはいままでとは打って変わったように活発になった。
エポラール邸を出たり入ったりしては、ジャーナリストに必要だと思えるものを手当たりしだいに買い込みはじめた。
「またあの子は、なにもいわずになにかやりはじめたよ……。まあ、蛇のようにとぐろを巻いて拗ねてるよりは可愛げがあるけど」
そんなエイミーを見た祖母のコメントは、相変わらず容赦なかったが、カルハリアスは黙ってにこにこしながら彼女を見守っていた。
一週間が過ぎたころ、エイミーは祖母にいった。
「お婆ちゃん、ルフトさんに会いたい。ぜんぶ話しておきたいの。ありったけの気持ちぜんぶよ。それで、わたしはこれまでのこと納得できると思う。きっとそれで、ルフトさんも納得してくれると思う」
「そうかい、わかった。だけどもう次はないと思いなさいよ」
エポラールは彼女なりの仕方で孫娘の背中を押した。
しかし、エイミーの胸には、いまだ納得できていない痼が残っていた。
ディッキーとリッキーが姿を消し、なにひとつ語られなかったその理由が、胸の奥底に息づいていたのだった。




