#37 シークレット――見えない絆
南軍のユーリ隕石孔基地は直径約四十キロの、円形密閉ドーム式の基地だった。
中心部には宇宙港があり、《エピストゥラ号》や《エスプレッソ号》はそこに着床した。
宇宙港から周縁部へ向かって放射状に輸送路が伸び、その沿線には軍事施設や軍需工場、基地インフラ設備や物資保管庫が立ち並んでいた。外縁には軍人軍属、民間人が入り交じって住む居住区があった。施設は地表だけでなく半地下や地下にもあった。
エイミーとディジアを乗せ、フイデースがハンドルを握る超電導車は、郊外にある居住区に向かって走っていた。
ダッシュボードにある立体映像装置の画面には、シードーラ国のプリエームニク最高指導者による、新国境線宣言のニュース報道が流れていた。
「ねえフイデース、これってどういうことなの?」
身についた職業的意識からか、エイミーが訊いた。
「南は昔から一枚岩ではなくてね。それでもなんとかやってきたんだ。けど、南北の戦争でシードーラは南部連合政府への不満が高じて、以前から噂されてた東軍との連携を強化しはじめた。それで、自国を一等国にしようと考えてるんじゃないかな。連合政府からしたら頭痛の種もいいところ。シードーラはそれなりの戦力を持ってるからね。だからシードーラが、連合から抜けられると南北の軍事バランスが崩れかねないんだ」
「じゃあ南が負けちゃうってこと?」
「いや、それがそう単純じゃないんだ。北はシードーラのことをずっと目の敵みたいにしてきてた。だから、北にとっては南の分裂は好都合だけど、シードーラの身勝手な新国境宣言は決して認めないだろうね。――だけど、シードーラもそれがわかってるから東と連携して、南と北を相手にしても潰されないように画策してる。だから下手をすると、そういう隙間を狙って東が参戦する可能性もある。でもそうなると、西もまた自分たちの利益を考えて、濡れ手で粟を狙ってくるかもしれない……」
「それじゃあ全面戦争じゃない! どうしてみんなそんなに自分勝手なの!」
エイミーは宇宙港から蓄積されてきた怒りを、これでもかとぶちまけた。
あろうことかそれは別の方角にも向けられた。
「じゃあ、ディジアはどう思うの? 北軍所属とか関係なくね」
「わたし? わたしの見解はフイデースとほとんど同じですよ。だから南北とか関係なくこうやって一緒にいるんです。もっとも、一人の人間としては、同じ北軍に所属していても、どうしても好きになれない……いや、嫌いで仕方ないって人はいてね……」
「それって誰?」
「エイミーよせよ!」
フイデースの制止する声は意外なほど強かった。
「いいじゃない。訊いてなにか減るわけじゃないし、ねえディジアそうでしょ?」
そういわれた彼女からは、いつもの落ち着きと静けさが、薄れている兆しが見えた。
「シャッテン……。情報省長官のシャッテン。わたし、あの人だけはどうしても……」
エイミーはその名前をどこかで聞いた記憶があった。
「それってもしかして――」
そういって彼女は携帯電話を取り出すと、
「この人?」
といって画面をディジアに見せた。
「エイミー、あなたどこでこれを撮影したの?」
「ガニメデの北軍基地よ。この人が視察に来ててね。――それで突撃取材したの。どうせ本当のことなんていわないと思ってたから、怒らせて表情を見てたの」
「あなたって……怖いもの知らずね……」
「それでね、第一次エウロパ会戦は間違いないって確信したの。――でも、そのあとが悪かったの……わたし……北軍の兵士を死なせちゃって……」
「どういうこと?」
エイミーは俯きながら小さな声でディジアが納得できるように、ことのしだいを物語った。
さらに、自分を分析するように先をつづけた。
「一日目の取材のとき、わたし変な格好――いや、なんでもない!」
「なんだよ急に、気になるじゃないか」
といってフイデースがすかさず追求した。
「いいの、知らないでいいことってあるんだから。それに、秘密があることでその人のことをもっと知りたいって思えるでしょ? つまり、いつまで経っても秘密があるのは、ずっとその人と一緒にいたいってふうになれるんじゃないかな?」
エイミーは考え考えそういいながら、恥ずかしそうにすこし顔を赤らめていた。
それと同時に彼女は自分の言葉から、それまでになかった価値観に気づいた。
(そうだ、知ると知らないだけでなく、知らないことで一緒にいたいって気持ちになることもあるんだ……)
「それでね、とにかく取材の一日目は相当興奮してたの。だから二日目はその煽りがあったんだと思う。気合が入り過ぎてて、ティーポに『行け!』っていわれて、任しとけ! みたいになったんじゃないかな。多分それがいけなかったんだろうね……。すべての元凶はそれだったんじゃないかって……。ティーポは自分のいったことに責任を感じて……きっと、それでいなくなっちゃったんだと思う……。でもね、わたし嬉しいよ。ガニメデでは辛くて悲しいことばかりだったけど、こうやって聞いてくれる人がいるって本当に幸せだと実感してる」
最後のほうは涙を堪えながらの悲哀がまじった声だった。
「そう、そんなことがあったの……それは大変だったわね。そんなことがあれば誰だってちょっとはおかしくなっても変じゃないわ。――でもねエイミー、わたし、あなたのしたこと間違ってないと思います。シャッテンにとってもっとも屈辱的なのは、まさにあなたのしたやり方なの。自分より優れた分析とか構想を聞くと我慢がならない人なのよ、あの人って。だからわたし嫌いなの。あまりにも傲慢すぎるからね」
「でも、ディジアにも嫌いな人がいるって知れたのは、なんだか嬉しいな。――なんども話して申し訳ないんだけど、リッキーって本当にそういうところがなかったの。誰とでも上手くやれた人だったの。もっともそれは、わたしがそう見てたのもあったもかもだけど……」
「憧れですね」
「だと思います」
エイミーはその短いやりとりで、リッキーに対する自分のありかたを、またひとつ整理できた気がしていた。
そのときフイデースが唐突に口を開いた。
「お二人さん、そろそろ着くけど、ディジアは寄っていく時間あるの?」
「え? だってわたしこのあと地球行きの定期便に乗らないとだよ」
エイミーはその言葉にすぐに反応した。
「時間は?」
フイデースが訊いた。
彼女はごそごそして、ふたたび携帯電話を手に取ると、画面に表示されている出発時間を告げた。
「大変だ! いまから引き返しても間に合わないぞ!」
「ちょっとフーディ、それどういうこと?」
エイミーはフイデースの座る運転席のヘッドレストを両手で揺さぶって抗議した。
「僕、ちゃんと訊いたはずだけどな? 意思も確認したんだけど。なにかの間違いだったのかな?」
「狡いよフーディ。ちょっと寄っていくとはいったけど、こんなに遠いって聞いてなかったと思うけど?」
「でも、確認はしたよね?」
そういってフイデースは微笑んだ。
「もう……わたし、地球を発ったころから1インチも成長してないらしい……」
そういってエイミーは《リヴァール号》に乗船してすぐ、指定の座席が見つけられず、それがきっかけでパンタミーマに声をかけられたのを思い出していた。
フイデースとディジアはそのあと、目的地につくまでに、その挿話を聞いてけらけらと笑った。
結局、エイミーはフイデースご自慢の戦闘艇住居――トレーラーハウスのトレーラーの代わりに戦闘艇を用いた移動式住居――に泊まって、地球への定期便は改めて予約しなおすことになった。
「ディジア、君はどうする?」
「悪いんだけど、最近補聴器の調子がよくなくてね、だから修理か新調にいきたいの。なので、今回は無理そうです。――それよりフイデース、出来たら例の件のほう、早急に進めて欲しいんだけど、そっちはどうかしら?」
とディジアは逆に質問を返した。
「もちろん急ぐつもりだし急いではいるんだけど、ルートの開拓が難しくてね」
「なになに、機関の話? 燃料配管とか電気の配線ルートを変えるって話?」
「いや、まあ……そんなところかな。とにかくできるだけのことはするから、ディジーはまずは耳の具合を整えてよ。僕が補聴器のプロだったら、すぐにでもなんとかしてあげたいくらいだけど……」
「ええ、わかったわ、ありがとうフイデース。――本当にね……最近、なんだか調子が悪くて……」
「大丈夫なのディジア? わたしも心配しちゃう。パンチャ先生に口止めされてたけど、ずっと前から知ってたし……」
エイミーは本気で彼女の難聴の悪化を気づかっていたが、なんとなく、ディジアとフイデースの間に割り込めないなにかがあるように感じて、遠慮していた。




