#34 シュド・クーリエ――第三の目
常時、薄明かりの照明のなかで三交代制をつづける時間形式は、南軍式と呼ばれていた。
そのせいもあってか、エイミーは南軍基地の病室で、長い時間うつらうつらしていた。
対して北軍は地球の昼と夜、明け方と夕暮れにあわせた、人工照明の時間形式を採用していた。
それら両者の調整のために作られたのが、標準宇宙時であり標準宇宙暦だった。太陽系圏の各所の日照時間などを集計し、太陽系圏全体の平均にあわせた時間形式がそれだった。
しかし実際には、人類が長く馴染んできた北軍形式が採られる場合が多かった。
こうした両者のすれ違いの調整に取り組んだのが、国際宇宙機構であった。だが、時間形式のずれはいまも戦争のひとつの原因になっていた。
いま、エイミーはその南軍式時間のなかにいた。
彼女が何度目かに目を覚ましたとき、すぐ傍に軍医の姿があった。
「気分はどうかね?」
「悪くはないです。――あの……わたしどれくらい寝てました?」
「半日ちょっとだね。ただほれ、ここは南軍式だから」
といって軍医は気安そうに先をつづけた。
「エイミー、頭がすっきりしているなら、いろいろ話しておかないとならないことがあるんだが、どうかね?」
「先生、名前で呼んでくれるんですか? ――なら先生の名前を教えてください」
軍医は面白そうに笑ってからいった。
「シュドという」
「そのままなんですね。確か南って意味ですよね?」
「どこにでもありそうな名前だが、南に長いこといたから、南一極主義だと思われて面倒なんだがね」
エイミーはその一言で、シュドが医師の矜持に生きていることを感じ取った。
「それで先生、お話って?」
「早急にというのは、ひとつだけなんだ」
シュドは咳払いしてからつづけた。
「エイミー、君は南の重要保護人物に指定された。君がもたらした情報がその原因だ。いま、この基地だけでなく、木星宙域の全基地が君のせいでてんてこまいになっている」
彼女はそれを聞いてがばりと上体を起こそうとした。
「まあまあ、落ち着いて!」
といってシュドは彼女が起き上がるのを手伝い、ベッドのリクライニング角を調節した。
「それと、そういう状況なので君への取材許可は認められない。代わりに二、三日後に月へ送還されることになる。ただし、そのあとは自由の身だ。また、北軍に潜り込んでスパイをしてもいいわけだが、それはしないほうがいいだろうね」
エイミーはそれを耳にして複雑な表情をしながら、すぐに念頭に浮かんだ質問をした。
「わたしのしたことって、いいことなんですか? 悪いことなんですか?」
「さあねえ、わたしにもわからんよ。――まだ話してても平気そうかね?」
「大丈夫です。先生、重要保護人物だからって、気を使わないでください」
彼女は申し訳なさそうにそういった。
「いや、そういうわけでもないんだ。わたしは医師であり、しかも南の医師。それに名前まで南だからね。それだけのことなんだ」
エイミーはなにをどういえばいいのかわからなくなり、押し黙ってしまった。
「しかし君も大それたことをしたもんだ。まさか一人で戦争を止めようとしたわけではないだろうが……第一、戦争ってのはそういうもんじゃない」
「でも、わたしが話したことで、救われるというか助かる人もいるのでは?」
その言葉を聞いて、シュドはとたんに興奮しはじめた。
「馬鹿をいっちゃいけないよ。そういうもんじゃない。例えばこうだ。わたしはいままでも何人もの手や足を失った兵士を見てきた。それは義手や義足でなんとかなる、というのがお偉方の考えだ。だが、実際はどうだ? 手足どころか下半身を失っても生きている兵士もいる。だがな、悲惨だよ。下半身をサイボーグ化したはいいが、その半身は誰なんだといいだす馬鹿がいる。半分が機械な奴には人権などない。そうまでいう輩もいる。――まあいわれてみればそういう面がないとはいわない。だが、あんまりじゃないかね。無論、負傷して一生寝たきりになった兵士もいる。一体なんなんだ? なんのために戦争をしてるんだ? 不毛だよ……」
エイミーはシュドの言い分を噛みしめるように耳を傾けていた。
しかし、なにをどういってもわかりあえない部分があると感じたのか、彼女は話題を変えた。
「先生、お名前の件ですが、よかったらフルネームを教えてもらえませんか?」
「これはまた珍しい質問だね。――まあ、別に構わんが、シュド・クーリエという」
「先生それって、古典小説の題名を逆さまにしたのと同じじゃないですか?」
「というと?」
「サン=テグジュペリの『南方郵便機』ってご存知ないですか?」
「ああ、知ってるよ。わたしね、こうみえて古典文学好きでね」
そういってシュドはにこやかに笑った。
「あれって、人を人と見るのか、物と見るのかっていうのがひとつのテーマだったはずですけど、戦争を考える材料になるんじゃないかって。――もっとも先生の場合、南に運ぶんじゃなくて、南のいいところを運んでる気がするんですけど」
エイミーはそこでいったん口籠ったが、思い切って口火を切った。
「急に話がズレますが……先生、わたし見ちゃったんです。あの火星での爆死事件、ヴォロンターリオ事件の目撃者なんです」
「どういう意味かな?」
「あの人、血と肉になってしまいました」
恐怖が蘇ってくるのか、エイミーは小刻みに震えはじめた。
「現代の医学の進歩は確かに素晴らしいと思います。でも、彼のようになってしまって、その……血と肉を集めて組み立てなおせたとしても、もうそれは彼ではないと思ったんです。――つまりあの……先生が仰られたことを究極まで考えると、そうなるのではないかと……」
シュドはそれを聞いて穏やかにいった。
「そのとおりじゃ。医学の進歩が必ずしも人間を幸福にはせんということだな」
「はい……」
「なにが幸福か、わたしも随分考えてきたが、いまだにわからない……。それに、君がここでの最後の患者になりそうなのだが、考えなおしてみるとこれもまた、これでよかったのかとなる……」
エイミーはそれを聞いて、ガニメデでの南北両軍基地を取材しようと思いついた、当初の目的を語った。
「なるほどね、わたしは君のその目的に対して、あれこれいうことはできない。だが、その志は買うよ。――そのなんだね、わたしもこの後の行き場所を決めかねてる一人でね」
「なら先生、小惑星帯はどうですか? ケレス、ベスタ、パラス、ヒギエア、それにインテラムニアだって移民は可能だと思います」
「君、なかなか立派なジャーナリストのようだね。わたしがこれまで見てきた連中は特ダネに喰いつく虫みたいなのばっかりでね。それで、君への第一印象も悪かったんだ。――なにしろ、連れてきた男があまり好かんのもあってね」
突然、チクローポのことが話題にあがったからか、エイミーはまた押し黙ってしまった。
「どうしたね?」
「いえ、なんでもないんです。でも、ティーポは悪い人じゃないんじゃないかと……わたしも彼のこと半分もわからないんですが……助けてくれました……」
彼女はそれだけいうのがやっとだった。
「まあな。もう少し説明すればいいんだが、せんからな、あの男は」
「言葉はかえって誤解を生む。そう考えているんではないかと……」
シュドは丁度切りがいいと判断したのか、そこでその話を打ち切った。
「ともかく二、三日後には君は月に送還されることになる。一応、軟禁状態ってことになるが、心配せんでいい。南は腐っても南だからな。一度保護すると決めた以上、民間人にはそう簡単に手出しはしない。すこし窮屈な思いをするだろうが、三十日も経たんで解放される。そのころにはすっかり元気になっているだろう」
シュドはそう伝えたあと、彼女の容体を診察して病室を出ていった。
こうして、エイミーの南軍基地の取材は中止となり、それから三日後に彼女は月へ直行する高速輸送船に収容され、ガニメデの地を離れた。
爆死したヴォロンターリオと、僅かな時間を共有した北軍兵士のティシアー・スタウロスの最期を看取り、チクローポの行方も杳ようとしてわからぬまま。
エイミーにとって、ガニメデ取材の代償は大きかった。
しかし、それと同じくらい得るものもあったはずだが、このときの彼女はまだそちらに目を向けられていなかったのかもしれない。




