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無から無へ  作者: イプシロン
Ⅲ 暴発
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28/55

#28 フェアウェル・パーティー――運命

 ガニメデ――。木星が従える衛星のなかでもっとも大きな星。それどころか、月や水星さえ上回る太陽系最大の衛星がガニメデだった。

 もっとも、それは大きさの話であり、質量で比較するとまた異なる側面を持っている。

 そのガニメデの地表には、南北両軍の基地があった。

 北軍の場合、連鎖クレータを利用した軍事要塞がそれだった。

 巨大なクレーターの縁から立ち上がった、透明の多重密閉防御シールドは、基地生活を地球型環境(テラ・フォーム)に近づけることに貢献していた。また、そうした円形ドームの連絡を確保するために、連鎖クレーターは非常に都合がよかった。

 それでいて、基地の重要施設は地表に露出することなく、半地下と地下深くに隠されていた。

 他方、南軍の基地は地溝帯を利用して建設されていた。

 数百キロも連なる谷の各所に穴を掘り、そこに軍事施設を設けていた。

 こちらもまた、各所の基地は連絡通路で繋がりあい、神話の迷宮(ラビュリントス)さながらに複雑に入り組んでいた。

 とはいえ、こうした状況下で南北両軍が地表の領有を廻って激突する可能性は低かった。領有の意味を、その地域の政治的権力を独占する目的であるとするなら、地表での直接対決は非効率といえたからだ。

 地球サイズで考えるならこういえた。

 ユーラシア大陸全土を廻って陸空軍が全面対決? そんな馬鹿げたことはいくら好戦的な人類であっても不可能だ。そもそも、それだけの面積を攻略する兵力がどこにあるんだ? といえたのだった。

 さてそうなると、この時代の戦争において趨勢を決めるのは、衛星軌道上から艦隊火力による脅威を与え、地表にある基地を無力化することだった。

 つまり、複数ある基地の中枢部といえる司令部がある基地を、艦隊がもつ強大な火力の射程に捉えることが、領有の意味だった。

 そうして考えると、南北両軍がこのガニメデではなく、エウロパを廻って艦隊同士で全面対決する意味も見えてくるのだった。相手の艦隊主戦力を壊滅させてしまえば、何事も行い易いというわけだ。

 なににしても、ガニメデであれエウロパであれ、地表にある基地は艦隊の火力を浴びてしまえば、ひとたまりもなかったのだ。

 であっても、最終的に政治的権力を持つものが失脚しない限り、多くの場合、戦火はゲリラ戦やテロという形で継続される。また、政治的権力を掌握し己の望むような傀儡政権を樹立したとしても、その政権が機能するとは限らないともいえた。

 斯様に見てくると、戦争というものの複雑怪奇さが見えてくるのだろう。

 そこに、調整役としての太陽系連盟が存在する意義があったのだが、その連盟はほとんど実動軍を持たないだけに、軍事的にも政治的にも無力に等しかった。

 唯一、各国や南北両軍政治部門と軍事費の援助を廻って交渉できる力は持っていたが、数百の国家や準国家間の調整には手間も時間もかかり、またこの時代にあっても抜け道が存在していたのだった。

 エイミーがタブレットにまとめあげた、木星宙域ならびに戦争全般に対する分析はそのようなものだった。

 彼女は画面に表示されたファイルを何度も読み直し、どうすれば政治的解決が可能なのかと考えた。

 だが、そこで出てくる答えはいつも決まっていた。

 ――太陽系圏で暮らすひとりひとりが、賢い政治的選択をすればいい――だった。

 しかし、そんなことが本当に可能なのだろうか? 彼女の答えは"否"だった。

 そして、その先を考えはじめると、哲学的な問題に行き着いてしまい、ジャーナリズムと乖離するのだった。

 いわんや、ガニメデの南北両軍基地への取材や、それでまとめた情報をどう発信すべきかという、現実や現場感覚からの乖離は、どうにもしようのない葛藤を生んだのだった。

 ガニメデ到着はすぐ目の前にあった。だが、エイミーはこうしたことから具体的な取材方針を固められずにいた。


 彼女が沈思黙考に耽っていると、扉をノックする音がした。

 エイミーはすぐに椅子を立って扉を開けた。

「おうおう、エイミーちゃん、どうしたどうしたそんな暗い顔をして。今日はあんたの送別会だよ! 深夜まで馬鹿騒ぎしようと思って来たんだぜ!」

 そこには、両手で段ボール箱を抱えた普段着姿のパンタミーマが立っていた。

 箱のなかには、様々な食材やお菓子やら、パーティーグッズが詰め込まれていた。

「ミーシャ、パーティーって、あなた妊娠してるのよ。身体に触るじゃない」

「心配いらないって、ほらこれ見て!」

 そういってパンタミーマは、2リットルのオレンジジュースのペットボトルを顎で示した。

「お子様専用じゃない、それって!」

「そう、そのとおり。お子様がお腹にいるから、いまから胡麻すっとくんだよ。酒なんか一滴だって飲む気はないよ!」

 といって軽やかに笑った。

「仕方ないわね、まあ入って入って」

「そうこなくっちゃ。――あのさ、悪いんだけどあたしの独断と偏見で、いろんな奴に声かけといた。だから大勢くるかもだけど、勘弁してな」

 とパンタミーマは付け足した。

 その預言どおり、この夜エイミーの部屋はひっきりなしに人が出入りしつづけた。

 ドクター・パンチャもやってきた。

「いやあのね、儂も随分ながいこと藪医者やってきたけど、本気で激昂して藪医者呼ばわりしたのは、あんたがはじめてじゃよ。でも、いまとなってはいい思い出じゃ」

 といって禿げ頭をいじりながら語った。

 看護師長も姿を見せた。

「ほんと、あなたの回復力にはびっくりしましたよ。わたしもこの仕事は長いし、戦争がはじまってから随分様々な人を診てきたけど、奇跡ってあるんだなと感じてね。仕事のやりがいを改にしたわよ」

 とお世辞とも本音ともつかない口振りでいった。

 エイミーが船内の各所で知り合った人たちも、そうとうの人数が顔を見せた。

 彼女の部屋の一角には、別れを惜しみ再会を願う人たちが手にしてきた贈り物が山と積まれた。

 夕方からはじまった送別会が夜になるとディジアも姿を見せた。

 エイミーは、彼女の片耳にある補聴器に気づき、数瞬、悲しい現実に引き戻されたが、ディジアが話しはじめた空気感に触れた瞬間、この人ならなんでも乗り越えていけると感じて、すぐに相貌を崩した。

「わたし本当にあのときは恥ずかしかったんです。でも、あまりにもリッキーに似てて、いやいまも似てるんです。だけど、ディジーはディジーなんだって、最近つくづく思うようになったんです。けど、リッキーも素敵な人だったんです。たとえば――」

 エイミーはディジアとリッキーのことについて話せることが、嬉しくてしかたないようだった。

 ディジアは妹を愛するように彼女に優しかった。

 そして、何より彼女を喜ばせたのは、金属でできた掌大の《リヴァール号》とその機関の模型であり、その模型にまつわる挿話だった。

「そうなんですか? フイデースさんとの共作なんですか !? 凄い凄すぎる! だってどこから見てもオンボロ船に見えないじゃないですか!」

「そうね、すこしは脚色があるかもね。彼、まだ機関は無理だったからそっちはわたしが、でもあの人もの覚えがとても良くて、船の全体像はすぐに掴んで仕上げたのがそっちね」

 といってディジアは南北の整備士が共通点を見出して、交流していることを伝えた。

「でもねディジア、ミーシャなんて『南北整備士戦争が勃発するから、見ものだぜ!』とかいったんですよ」

 そのいわれようを耳にしたパンタミーマはすぐに反論した。

「そんないいかたしてないだろ。『二人が遭遇するとろくなことにならないんじゃないか』っていったんだよ。エイミー、嘘ふき込みすぎ! あくまでも憶測。それじゃまるで、あたしが嘘つきの神様みたいじゃん。こんな根が正直な人間、滅多にいないんだってば!」

 そのパンタミーマはとえいば、表面上ははしゃいでいるように見えたが、エイミーから見れば誰よりも寂しがっているのが一目瞭然だった。このときまだ姿を見せていなかったチクローポのことが話題があがるたびに、

(ミーシャには幸せになって欲しい……。無口で無愛想なパパのままでいいから、一緒に子育てしてるのをわたし、どうしても見たい……)

 とエイミーは胸のなかで瞳を潤ませていた。

「しかしあれだね、この船の男どもは不幸だね。明後日でこのボインも見納めだからね。今夜のうちによーく記憶に留めとくといいね。――な、エイミー」

「またはじまった。二言目にはボインボインてさ、ほんといい加減にしてよね。好きでそう生まれたんじゃないの! わたしだって生まれたばっかりは、ミーシャくらいのサイズだったんだからね!」

「うわ! いうにことかいて、すごい嫌味いうねあんた」

「だったらわたしもミーシャの弱点バラしちゃうよ」

「いいじゃん、『馬鹿とボインは使いよう』っていうだろ?」

「いわない! ――すいませーん、このなかでそういうの聞いたことある人いますかー?」

「なに、あれかい、あたしの弱点いっちゃうの? いうの? いうのか? ――どっちだ? 下着のほうか? それとも顔か?」

「どっちも!」

 二人の間を飛び交う言葉にある深い意味などわからなくても、笑いが耐えることはなかった。

 しかし、時計の針は止まることを知らず、残酷に動きつづけていた。

 午前零時に近づいたころ扉をノックする音がした。

 生真面目そうな叩き方だった。

 残っていた人の数もだいぶん減っていたが、傍にいた人が扉を開けた。

 するとそこに、フイデースの姿があった。

「あの……なんだか賑やかだったんで、誘われてなかったんですが気になって来ちゃいました……」

「そうなの? わたしてっきりミーシャから聞いてるとばかり……」

「いやすまん。伝えきれなかった一人なんだ。ディジアにも頼んどいたんだけど、シフトが正反対だから、難しいかもとも聞いてたんだけどね。すまんすまん」

「まあ、だいぶ静かになったんだけど、よかったらどうぞ」

 エイミーはフイデースを招じ入れた。

 時間も時間だっただけに、一人また一人と部屋を去っていき、残ったのはパンタミーマとフイデースだけになった。

「さあて、明日は休みとはいえさすがに疲れた。エイミー、あたしもそろそろ部屋に帰って寝るわ」

「ミーシャ本当にありがとうね。長時間だったけど、お腹の具合とか平気?」

「大丈夫。あれからまじで気をつけてるから。まだ安定期に入ってないから、いろいろ冷や冷やすんだけど、ここんとこつわりもそこまで酷くないし。それに、絶対に健康な子ども産んでやるって誓ったんだ。――エイミー、あたし意地悪かもしれないけど、それがあいつへの一番の嫌がらせでもあり、愛情表現だと思ってる」

「そっか……。じゃあまだ、ティーポと話できてないんだね……」

「でもあたし、あいつを恨んだりしてないよ。だって、あいつのおかげでこういう幸福もあるんだって、実感してるから。こんなこというの小っ恥ずかしいけど」

「恥ずかしくなんかないよ。ただね……わたしとミーシャじゃ、そのへんのところ、すこし価値観が違うのかなって思うだけだよ」

「とにかく、くよくよしてても仕方ないんだ。だから一人でも頑張る!――もしかしたら、別の父親、ようするにいい育ての親に出会うことだってあるかもしれないし。――あたしがあいつに執着したら、チッコリーノならぬパンティリーノになっちゃうだろ」

 その言い草に、エイミーは吹き出してしまった。

「そいじゃまた、おやすみ!」

「またね!」

 そして、最後に残ったフイデースはエイミーにひとつの打ち明け話をした。

「例の北軍基地から南軍基地への移動のことは、なにも力になってあげられなかったけど、ひとつ提案があってね。ガニメデの整備課に友人がいてね。そいつ整備の腕は二流なんだけど、上司に取り入るのが滅法うまいんだ。それで昨日連絡を取ったんだ。――君の取材のスケジュールからして、この船の出航にはまず間違いなく間に合わない。だから、そいつに頼み込んで、南軍の高速輸送船に君を乗せてあげられるように手配してくれって。その船に乗れれば月まで直行だから、この船で帰るのとそう変わらないんじゃないかって。それで、そいつの名前は――」

 フイデースはそういって彼女の帰路を気にかけたのだった。

 だがこの夜、エイミーの心の機微を鋭く読み取っていたのは、パンタミーマただ一人だった。

(エイミー……運がないな……。ガニメデにつく直前にフイデースに出会うなんて……。南ってこともあるけど戦闘拒否者ってのが、エイミーにぴったりだ。――あたしはまだいい。しばらくでもティーポと一緒にいられたし、この船にさえいればあいつとまた会えることもありえる。でも、フイデースはそうじゃない……それに、ディッキーに似てる顔立ちってのは、なにかの運命なのかもしれない……。あたしはいいんだ。あいつがいなくても家族は三人になる予定だし。だからそんなに寂しくない)

 パンタミーマは自室へと歩きながら、両手で大切そうにお腹を抱いていた。

 その夜、フイデースがエイミーの部屋を去ったあとも、チクローポは姿を見せなかった。

 彼が姿を見せたのは、《リヴァール号》がガニメデの民間宇宙港に着床したあとだった。

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