↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無から無へ  作者: イプシロン
Ⅲ 暴発
PR
22/55

#22 コンフュージョン――衝撃

 いまだ硝煙の臭いが漂う、瓦礫と塵埃のなかに倒れている、二つの人影に声をあげて走り寄る者がいた。

「ティーポ !!」

 それはパンタミーマだった。

 二つの人影はもそもそと上体を起こした。

「ディジア、大丈夫か?」

「あなたこそ? 腕が血だらけです。ちょっと見せてください」

 身についた熱心な職業意識からなのか、ディジアはすぐにチクローポの傷を確認した。

「これくらいなら平気です。見た目ほど酷くないようなので、後遺症も残らないと思います」

 即座に診断してそういうと、彼女は走り寄ってくるパンタミーマに気づいた。

「タミー、あなたこんなところでなにしてるの? 病室にいないとなはずでしょ?」

「それどころじゃないだろ!」

 息を切らしながら、ふらふらになってやって来たパンタミーマは、二人のいる場所へ辿り着くとへたりこんでしまった。

「ティーポ、無事か……ディジーも無事らしいな……」

 彼女は二人の様子を見て、それだけいうのがやっとだった。

「気持ち悪い……」

「それが普通だ」

 チクローポは嘔吐しはじめたパンタミーマの背中を擦りはじめた。

「それより、わたしはあの子のほうが心配です」

 ディジアはそういって、手と膝を地面についているエイミーを指さしてから、ゆっくりと立ち上がった。

「まだ耳が変だけど、わたし行くわね。ありがとうチクローポ、助かりました。あの人は残念だったけど……」

 そうして、ディジアはエイミーの元に向かってふらつきながら歩きはじめた。

 血肉を浴びて崩折れていたエイミーは声もなく涙を流していた。

 恐怖と狼狽と悲哀と衝撃のなかで、全身を震わせながら嘔吐していた。

「おい、誰か担架をもってこい! そうだな、三台もあれば足りるだろう。あとの連中は後始末だ。――出航まで時間がないぞ」

 その場にいた捜索班の乗員たちは、指示を飛ばしあい無線で応援を呼びはじめた。

 戦場なれとは違ったが、それは荒くれた連中ならではといえた。

 エイミーのところに歩きついたディジアは、すぐにしゃがみ込んで彼女の様子を見た。

 酷いショック状態にあることを診てとったのか、

「歩くのも無理そうね……すみません、担架はこっちにお願いします」

 と声をあげた。

 胃のなかのものをすべて吐き出してしまったのか、しばらくしてエイミーの嘔吐は止まった。

 だが、虚ろながらもギラギラとした目からとめどなく涙を流し、涎を垂らしていた。

 現場から目を背けたかったのか、両手両膝をつかってくるりと向きだけは変えたが、それ以上どうすることも出来ないまま、ぶるぶると震えていた。

 なにかいおうとしていたが、声にならない奇っ怪な音が口から漏れていた。

 ようやくディジアが聞き取れたのは、

「どうして……なんで……」

 という絞り出すような枯れた声だけだった。

 エイミーはそれで力尽きてしまったのか、横ざまに倒れたあと身体を丸めて震えつづけていた。

 その頃、ようやく気分の悪さが峠を越えたのか、パンタミーマは平静さを取り戻しはじめていた。

「いけない、ティーポ、あたしエイミーのこと……あいつどこ?」

「あそこだ」

 チクローポは両腕をだらりと垂らしたまま、顎をしゃくって居場所を示した。

 パンタミーマは、傍に寄り添うディジアを見てすこしは安心したのか、

「なんだよこれ、怪我人と病人だらけじゃん」

 と悪態をついた。

「パヴリーンは病気じゃない」

「こんなときに細かいこといいやがって。いいからティーポ、あんたはさっさと医務室に行けよ」

 とさらに勢いを増してチクローポに食ってかかった。

「病人はお前だ」

「……」

「行くぞ」

 彼はそれだけいうと、血に濡れた両腕でパンタミーマを抱き上げた。

「馬鹿、よせ、よせってば! みっともないからやめろ。自分で歩けるから降ろせよ!」

 パンタミーマは口では意地を張って見せたが、抱き上げられたことがよほど嬉しかったのか、すぐに静かになった。そうして、チクローポの幅広い胸に頭をもたせかけて、囁き声であれこれとなく語りかけつづけた。

「あたしが調子にのって、『ちょっと行くか』なんていったから……」

 チクローポはなにもいわずに、パンタミーマの好きにさせていた。

 一方、エイミーはといえば、ディジアに付き添われながら、担架に乗せられて運ばれていた。

 ときどき、意味不明な言葉を声にしていたが、それは、いまだにショック状態にあることを知らせていた。

 パンタミーマを抱きかかえたチクローポが傍まできたとき、二人はエイミーの様子をディジアに訊ねた。

「いまは話しかけないほうがいいです。すべてを恐怖に感じているから……」

 彼女は端的にそれだけいった。

 それからディジアはチクローポに、

 ――この子……再起不能になるかもしれない……。

 と目配せを送った。

 エイミーはそれに気づいたのか、ディジアの目を見つめて、

「リッキー……どうしてここに?……ああ、迎えに来てくれたんだ……」

 と異様に目を輝かせながら、安心したようなか細い声でいったあと、気を失った。

 それを耳にしたチクローポは、

「パヴリーン」

 とだけいって口を閉じた。

 ダイモスでの惨劇は一人の男の命を奪い、一人の女の精神を再起不能に陥らせかねないほど恐ろしかった。

 男の名は、ヴォロンターリオといい、女の名はエイミーといった。

 戦争の記録にこうした被害者の名前が記されることは稀だった。

 その日、ダイモスに明けが訪れるのと同時に、《リヴァール号》は民間宇宙港を定刻どおりに離床した。

 次の中継地は小惑星ベスタだった。

 エイミーが目指す目的地ガニメデまで、まだあと四十日の行程が残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。