#22 コンフュージョン――衝撃
いまだ硝煙の臭いが漂う、瓦礫と塵埃のなかに倒れている、二つの人影に声をあげて走り寄る者がいた。
「ティーポ !!」
それはパンタミーマだった。
二つの人影はもそもそと上体を起こした。
「ディジア、大丈夫か?」
「あなたこそ? 腕が血だらけです。ちょっと見せてください」
身についた熱心な職業意識からなのか、ディジアはすぐにチクローポの傷を確認した。
「これくらいなら平気です。見た目ほど酷くないようなので、後遺症も残らないと思います」
即座に診断してそういうと、彼女は走り寄ってくるパンタミーマに気づいた。
「タミー、あなたこんなところでなにしてるの? 病室にいないとなはずでしょ?」
「それどころじゃないだろ!」
息を切らしながら、ふらふらになってやって来たパンタミーマは、二人のいる場所へ辿り着くとへたりこんでしまった。
「ティーポ、無事か……ディジーも無事らしいな……」
彼女は二人の様子を見て、それだけいうのがやっとだった。
「気持ち悪い……」
「それが普通だ」
チクローポは嘔吐しはじめたパンタミーマの背中を擦りはじめた。
「それより、わたしはあの子のほうが心配です」
ディジアはそういって、手と膝を地面についているエイミーを指さしてから、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ耳が変だけど、わたし行くわね。ありがとうチクローポ、助かりました。あの人は残念だったけど……」
そうして、ディジアはエイミーの元に向かってふらつきながら歩きはじめた。
血肉を浴びて崩折れていたエイミーは声もなく涙を流していた。
恐怖と狼狽と悲哀と衝撃のなかで、全身を震わせながら嘔吐していた。
「おい、誰か担架をもってこい! そうだな、三台もあれば足りるだろう。あとの連中は後始末だ。――出航まで時間がないぞ」
その場にいた捜索班の乗員たちは、指示を飛ばしあい無線で応援を呼びはじめた。
戦場なれとは違ったが、それは荒くれた連中ならではといえた。
エイミーのところに歩きついたディジアは、すぐにしゃがみ込んで彼女の様子を見た。
酷いショック状態にあることを診てとったのか、
「歩くのも無理そうね……すみません、担架はこっちにお願いします」
と声をあげた。
胃のなかのものをすべて吐き出してしまったのか、しばらくしてエイミーの嘔吐は止まった。
だが、虚ろながらもギラギラとした目からとめどなく涙を流し、涎を垂らしていた。
現場から目を背けたかったのか、両手両膝をつかってくるりと向きだけは変えたが、それ以上どうすることも出来ないまま、ぶるぶると震えていた。
なにかいおうとしていたが、声にならない奇っ怪な音が口から漏れていた。
ようやくディジアが聞き取れたのは、
「どうして……なんで……」
という絞り出すような枯れた声だけだった。
エイミーはそれで力尽きてしまったのか、横ざまに倒れたあと身体を丸めて震えつづけていた。
その頃、ようやく気分の悪さが峠を越えたのか、パンタミーマは平静さを取り戻しはじめていた。
「いけない、ティーポ、あたしエイミーのこと……あいつどこ?」
「あそこだ」
チクローポは両腕をだらりと垂らしたまま、顎をしゃくって居場所を示した。
パンタミーマは、傍に寄り添うディジアを見てすこしは安心したのか、
「なんだよこれ、怪我人と病人だらけじゃん」
と悪態をついた。
「パヴリーンは病気じゃない」
「こんなときに細かいこといいやがって。いいからティーポ、あんたはさっさと医務室に行けよ」
とさらに勢いを増してチクローポに食ってかかった。
「病人はお前だ」
「……」
「行くぞ」
彼はそれだけいうと、血に濡れた両腕でパンタミーマを抱き上げた。
「馬鹿、よせ、よせってば! みっともないからやめろ。自分で歩けるから降ろせよ!」
パンタミーマは口では意地を張って見せたが、抱き上げられたことがよほど嬉しかったのか、すぐに静かになった。そうして、チクローポの幅広い胸に頭をもたせかけて、囁き声であれこれとなく語りかけつづけた。
「あたしが調子にのって、『ちょっと行くか』なんていったから……」
チクローポはなにもいわずに、パンタミーマの好きにさせていた。
一方、エイミーはといえば、ディジアに付き添われながら、担架に乗せられて運ばれていた。
ときどき、意味不明な言葉を声にしていたが、それは、いまだにショック状態にあることを知らせていた。
パンタミーマを抱きかかえたチクローポが傍まできたとき、二人はエイミーの様子をディジアに訊ねた。
「いまは話しかけないほうがいいです。すべてを恐怖に感じているから……」
彼女は端的にそれだけいった。
それからディジアはチクローポに、
――この子……再起不能になるかもしれない……。
と目配せを送った。
エイミーはそれに気づいたのか、ディジアの目を見つめて、
「リッキー……どうしてここに?……ああ、迎えに来てくれたんだ……」
と異様に目を輝かせながら、安心したようなか細い声でいったあと、気を失った。
それを耳にしたチクローポは、
「パヴリーン」
とだけいって口を閉じた。
ダイモスでの惨劇は一人の男の命を奪い、一人の女の精神を再起不能に陥らせかねないほど恐ろしかった。
男の名は、ヴォロンターリオといい、女の名はエイミーといった。
戦争の記録にこうした被害者の名前が記されることは稀だった。
その日、ダイモスに明けが訪れるのと同時に、《リヴァール号》は民間宇宙港を定刻どおりに離床した。
次の中継地は小惑星ベスタだった。
エイミーが目指す目的地ガニメデまで、まだあと四十日の行程が残されていた。




