#21 エクスプロージョン――撃発
火星の衛星ダイモスには三つの宇宙港があった。
《リヴァール号》が着床したのはそのうちの一つ、北軍と南軍の基地に挟まれた、中立の民間宇宙港だった。
宇宙船の離着床にあわせて開閉される、三重の密閉与圧ドームのおかげで、地表では地球と変わらぬ生が営まれていた。だが、その三重構造も、軍の兵器による攻撃を受ければ容易に破壊される脆さだった。
謎の黒い宇宙船が、北軍の極秘ドックに入渠したという噂からか、このとき、南北両軍の緊張と監視体制は極限まで高まっていた。火星を廻る全面戦争とまではいかないまでも、ダイモスの地表に火の粉が降り注ぐ可能性はあった。
多くの民間人が犠牲になる事態が起きても、まったくおかしくない一触即発の状況にあった。
その民間宇宙港で脱走事件は起きた。
「それで、逃げ出した奴の名前は?」
「ヴォロンターリオってのらしい……」
「イタリア系だな」
「だから、なんだってんだよ?」
「元傭兵なら凄腕なのか?」
「そいつ武器は持ってるのか?」
「なら密輸品だろうな……」
「それを売って稼げば、御の字だろうに脱走とはな……」
《リヴァール号》から派遣された捜索隊は、見るからに情けなかった。
無駄話ばかり多くて服装もバラバラ、誰も武器を所持していなかった。
民間宇宙港周辺では、すでにサイレンが鳴り響いて大事になっていたから、誰も彼もが大口を叩いていたのは、怯えている証拠といえた。
「探す必要ないんじゃねーか? 放っぽっといて、さっさと離床するに限るだろ」
エイミーとパンタミーマは、気密扉の先に降ろされたタラップの先にたむろしたまま、一向に動き出す気配のない捜索隊を眺めていた。
そのとき、タラップを降りながら覇気のある声を張り上げた者がいた。
ディジアだった。
「あなたたち、探す気はあるんですか? ないならわたし一人でも行きます。ヴォロンターリオはわたしの担当患者ですから」
数瞬でざわめきが起こった。
「あいつ本気だよ。エイミーどうする?」
パンタミーマがすぐに反応した。
「でも、止められないんじゃないかな?」
「だな……仕方ない、ちょっと行くか……」
「ちょっとミーシャ、そんな身体でやめてよ」
パンタミーマは怯むことなく、タラップを降りはじめ、その後にエイミーがつづいた。
ディジアはたむろする男たちの前までいくと、一層声を張り上げて語りかけはじめた。
「あなたがた、なにもわかってないようだから説明しますけど、あの人は元傭兵なんかじゃありません。義勇兵です。南北どちらに所属していたかは知りませんが、後方支援の部隊にいたのに、人手不足から無理やり前線に引っ張り出されたんです。それで、自分の身を守るために、止むを得ず銃を取ったんです。そうして戦って精神を病んだんです。そういうことです。――そして、わたしは機関科整備士です。機関とは言い換えれば動力であり発動機です。機械だといえばそうでしょう。しかし、人間にも動力があります。心臓であり肺です。でも、その心臓や肺が故障することがあります。あなたがたは、そんなときどうしますか? 恐らく医師に診てもらうでしょう。そうして、必要であれば治療を受けるでしょう。機械も人もその意味では変わりません、同じです。あの人は、肉体的な動力や精神的な発動機の調子が悪くなっているだけです。あなたがた、そういう人を放っておきますか? すくなくともわたしは、看護師兼整備士としてそういうことは出来ません! いま彼に必要なのは整備であり治療です。その為にはまずは身柄を確保しなければなりません。それはわかりますよね? 壊れた機械、いえ機関をそのまま使いつづけて宇宙船がなんの役に立ちますか? むしろ危険ですらあります。状況は同じです。いまダイモスは緊張状態にあって、非常事態に匹敵します。あなたがたにも、それはわかっているはずです。この宇宙船だって似たところがあります」
そういって、ディジアは《リヴァール号》を指さした。
「いわしてもらえれば、機関の整備は毎日が戦争です。あなたがたの心臓も同じでしょう。ただ、心臓はそれを感じさせないだけではないですか? その、見えない心臓に目を向けてくれませんか?――さて、やる気のある人はわたしに付いてきてください! ない人は船に戻って結構です。無理強いはしません!」
熱弁を終えると、ディジアは腰の下まである長い髪を纏めあげた。
「おい! あの機関科の姉ちゃんがいってるのは事実だぞ、俺っちは恥をかきたくない」
「仕方ねえ、いっちょやったるか!」
「なんだなんだ、ナイチンゲールにでもなったつもりか?」
「いや、ジャンヌ・ダルクじゃねーのか?」
「だったら、この船の乗組員だってわかる目印をなんとかしないとだろ。でないと軍の連中が勘違いするんじゃねーのか? それに、そのほうが捜索も混乱しないだろ?」
方々から賛否の声があがったが、大方は賛意を示していた。
「叶わないね、あの勢いにわ。だからいっただろ、怪物だって」
パンタミーマがエイミーにいった。
「それなら、これを使ってください」
そういったディジアの手からなにかが放り投げられた。
「なるほど、いい手だ。――みんな、両腕と両膝に蛍光テープを巻け。フラッシュライトを忘れるな。それでも、不安だってやつは、胸と背中に十字形にテープを貼れ。それから、無線も忘れるな。――さっさと片付けないと朝が来ちまう。はじめるぞ!」
そうして、三十人ほどの異様な集団がいくつかのグループに分かれて、捜索が開始された。
「エイミー、これも取材のひとつだ。行くよ!」
「もう! ミーシャったら!」
二人はディジアが率いる捜索班に加わり、その班がヴォロンターリオらしき人影を見つけ出した。
「来るんじゃねーよ! 俺はなにもしてないぞ! 南軍だ北軍だというけど、ただの人殺しじゃねーか! それ以上近づくと、こいつを爆発させるぞ! もううんざりなんだ……」
ヴォロンターリオは、どこから手に入れたのか、爆薬の仕掛けられたベストを着て、それに繋がれた起爆装置を手にしていた。
「待って、落ち着いてヴォータ! わたしよディジアよ! あなたを助けに来たの。もう戦争のことは忘れるって約束したじゃない! それにあなたはもう十分に戦った。もういいのよ、ゆっくり休んで」
「なにをいってるんだこの女は、天使みたいな顔したって俺にはわかるぜ、お前は殺し屋だ! だって臭うんだ。お前からは血の臭いがする。俺にはわかるんだ……臭え臭え……それに火薬の臭いもぷんぷんしやがる。機械油の臭いもする……」
「待って、待ってちょうだい! いつも付き添ってる看護師だってわかりませんか !?」
「看護師? そういう連中がなにしてきたんだ! え? 人の手足をぶった切ってみたり、まるでそれを生ゴミみたいに纏めて捨ててじゃねーか。俺はな、この目で見たんだ……。まるで、まるでよ、学校の放課後の掃除時間みたいに、へらへらしながら床の血を洗ってたじゃねーか……」
「おい、やばそうじゃねーか……」
「興奮させないほうがいい……」
そこにいた班員たちは、ずるずると後ずさりしはじめた。だがディジアは、まるで泣いてむずがる赤子をあやすように呼びかけながら、ヴォロンターリオに一歩、一歩、また一歩とにじり寄っていく。
「来るんじゃねー! 来るなって行ってんだろ! 聞こえねーのか! このど阿呆が! 俺はな、このボタンを押せば天国行きだ! 決して地獄には行かないぞ。なぜって、それだけのことをしてきたからだ。でも、来るな、来るなよ! もう威力偵察にも飽き飽きしたんだ! だいたい、あんなのは俺向きじゃねーんだ……俺はな、俺はな……」
「ヴォータ、約束したじゃない! 一緒に月に降りるって。それまでに心も身体も健康になって、故郷のある地球に帰るって、約束したじゃない! 『奥さんと子どもが待ってるんだ』っていってたじゃない……ねえ、思い出して、思い出してちょうだい……お願いだから……」
ディジアは宥めながらも前に進むのを躊躇わなかった。
「まずい! あいつやるぞ !!」
ヴォロンターリオは、にやりと満面の笑みを浮かべ、
「エイミー! 」
と絶叫して起爆装置を作動させた。
その瞬間、ディジアに飛びかかる人影があった。
衝撃波が地表と空気を振動させ、爆風が辺りにあるものをなぎ倒した。
その場にいた誰もが、ディジアが粉微塵になったのは確実だと思った。
爆煙が風に吹き流されて消えていくと、地面に倒れ込んだ二つの人影が見えた。
ディジアに飛びかかり、覆いかぶさるように倒れていたのは、チクローポだった。
戦闘服の上着の背中はズタズタになり、その下に着ていた防弾チョッキが覗いていた。背中から白煙がしゅうしゅうと立ちのぼっていた。
エイミーはヴォロンターリオが肉片になって飛び散り、降り注いできた血飛沫を浴びて立ち尽くしていた。
しかしなにより、彼が最期に名前を叫んだ人が彼女とは別人なことは自明だったが、自分と同じ名前を叫んだ男の声が耳について離れなかった。
それは、彼女がはじめて実感した過酷な戦争の惨劇だった。
かつて、火星には酸性の赤い雨が降ったといわれている。だがその夜、衛星ダイモスには、一人の男の血が降ったのだった。




