#20 ダイモス――仮面
《リヴァール号》は、火星の衛星ダイモスに二日間駐機する予定になっていた。
その一日目。エイミーは普段と変わらず、パンタミーマの病室を訪れていた。
「だいぶ、いいみたいだね。――どれどれ、両腕、胸元、それから足も見せてね」
そういって、エイミーはパンタミーマの全身にできている発疹の具合を確かめた。
「なあ、エイミーあんた医者や看護師より、余程それっぽいよ。藪医者なんて一度も診にこない。看護師にぜーんぶ任せっぱなし。ということは、たいしたことないんだろうから、こっちとしては安心できるけど」
「ダイモスに着いたね。なんだか船の中も外も、ばたばたしてるよ」
パンタミーマはそれを聞くと、いつにも増して不満を並べ立てた。
「ここは稼げるんだよ。色々やることはあるんだけど、なにしろ手当が付く仕事がごっそりだからね。だから、じっとしてたくないんだけど、今回はどうにもならないかな。でも、そろそろ身体もすこしは動かさないと鈍っちゃいそうだし。――それよかさ、謎の宇宙船、先にここに着いてたらしいね。あんた見たのかい? あれだったら一日くらいお見舞いは中止して、取材と観光を兼ねて見てきたらいいよ。噂のあの船、北軍のらしいよ。あたし、ダイモスは五回目だから、もうそう見たものもないし、軍艦には興味ないんだ」
エイミーはそういう彼女に対して、一抹の寂しさを感じていた。
「ねえミーシャ、戦争のことどう思ってるの?」
「どうってさ……あんまり考えないようにしてる……」
パンタミーマの声は萎むように小さくなった。
「でもさ、ディジアだって北軍の人でしょ。いつかは古巣に帰るっていってた。整備の仕事だから安全だとも限らない。――それにティーポだって、いつまたカメラを持って戦場に行くかわからないんでしょ? どうしてそんなに呑気にしてられるの? まるで他人事みたいじゃない」
「そうじゃないよ。あたしだってわかってる。けど、口にしたからってどうなるわけじゃない。そういうのを何回も味わっちゃうと、普通にしてるのが精一杯なんだよ」
エイミーはとたんに自分の浅はかさに気づいたようだった。
「ごめん。わたしすこしばかり、ジャーナリストだっていうので、いい気になってた。――そもそも、戦争がはじまるって教えてくれたのミーシャだったね。それで、避難先探してるって……そのうえ、戦争を避けてこの船に乗ったって。あたしどうしたんだろう、ほんとにごめん……」
「火星の、というかダイモスの空気にやられたんだろ。ここ、ほんとに空気悪いからね。木星でドンパチはじまってからこっち、雰囲気は悪くなる一方。もともと軍事拠点だったうえに、常時南北が睨み合ってる。いつ戦闘が起こってもおかしくないのに、北も南も木星へ補給船を飛ばして知らぬ素振り。そうかと思えば、それを攻撃してみたり。えげつないことこのうえない。だからって、ここでドンパチはじめたら、あっという間に月や地球が巻き込まれるから、黙って見過ごすしかない。こんないい方なんだけど、木星でドンパチやってる連中のほうがずっとましに見えるよ。――それに、ディジアはいまのところ心配いらない。あいつ、地球に帰る途中で月に降りる予定になってるから。その先のことはわからないけど。――チッコリーノはどうなんだろう。まるでわからない……」
エイミーはそれを聞いて胸のうちで抑えがたい衝動に駆られていた。
「ねえミーシャ、本当にそれでいいの !? どうして正直にならないの? どうしてティーポを止めないの? だって……だって……」
エイミーは、知ってしまった検査結果を口にするのを止めるので目一杯だった。
「だってなんだよ?」
「もう知らない !!」
「変なやつ……」
エイミーはパンタミーマの前で涙を流したくなかったのか、給湯室へと駆け出していった。
その後姿が消えたあと、彼女は呟いた。
「あいつに、なにをいっても無駄なんだよ……。あたしがチッコリーノって渾名つけた理由さえ知らないくせに。あいつ、小さいことに拘りすぎる。自分のやりたいことしか見てない。だから、せめて標準であって欲しいって思ったから、ティーポってつけたんだ……」
エイミーはそうとも知らず、泣き腫らした目をして病室に戻ってきた。
「ごめんね、ミーシャ。こんな話するつもりなかったんだけど……」
「いいよ、ぜーんぶダイモスのせいにしときな」
「わたし、明日お見舞いお休みする。一日ってわけにはいかないかもだけど、半日でもいいから火星を見てくる。ちゃんと自分の目で見て、ミーシャがいってたこと、できるだけ確かめてみる。――ほんとにごめんね」
「いいってば、エイミー。それがあんたの仕事なんだから。ここにばっか来てたらまじで財布スッカラカンになるだろ。――そうだ、それで思い出した。あのさ、あたしの部屋わかるよね? あんたに渡しとこうと思ってた物があるんだ。例のガニメデの件でね。返事を聞く前にあたしが先走っちゃったから、どうとでも受けとってもらっていい。まあ、おみやげってことで受け取っときな」
エイミーはきょとんとした顔でパンタミーマの話を聞いていた。
「月を出たあと薄汚い貨物船とドッキングしたろ?」
「そういえば、そんなことあったね」
「あのガラクタみたいな船さ、《ピラータ》っていうんだけど、一応、名前は憶えといて。この船の元乗組員だった連中の船なんだけど、荒くれもいいとこなんだ。けど、あたしはまあまあ信用してる。やばい奴らなのは確かだけど。どっちにしても人づてで何か頼むより、顔見知りのが信用がおけてね。もしも、連中が馬鹿なことしたら、あたしがとっ捕まえてとっちめてやれるし。――でさ、そいつらに頼んで一応手配はしたんだ。ようするに、目印になるものが必要でさ」
「え? 目印?」
「そう、目印。――だから、それをドッキングしたときに受け取っといたんだ。――あたしの部屋の鍵は、着てた制服のポッケにあるから、自分でいって持ってって。箱のまま置いてあるからすぐわかると思う」
「え、でも……」
「いいってことよ。湿っぽい話のあとだし、別にあたしは困らないから。いまからでもいっといで」
といってパンタミーマは含み笑いをした。
エイミーもまた湿っぽい雰囲気を変えたかったのか、いわれるがままにすることにした。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。でも箱ここに持ってきて開けるね」
「おうおう、わかった。驚くなよ!」
それから十五分ほどして、エイミーはプラスチックケースを抱えて病室に戻ってきた。
箱には一着の宇宙服が入っていた。白とも銀ともいいがたい、身体にぴったりフィットする女性用の宇宙服だった。
それと、やけに大きなカップの金色をしたビキニ水着が入っていた。
「ねえミーシャ、宇宙服はわかるけど、この水着はなに? しかも金ピカとか趣味悪くない? それにこんな大きなカップのとか、なにかの嫌味?」
「そうじゃないって、目印だっていったろ」
といいながら、エイミーのふくれっ面を見たパンタミーマは笑い転げていた。
それから、彼女は宇宙服と金ピカ水着の使い方を説明しはじめた。
「ミーシャ、よくそんなこと考えついたね……」
エイミーは呆れ半分、感心半分の顔でそういいながら微笑んでいた。
その日の船内時間の深夜、医務室周辺で警報が鳴った。
金属的な警報音に目を覚ましたエイミーは、すぐにそのことに気づいて、寝間着姿のまま医務室へとひた走った。
ぐっすり眠っていたパンタミーマも目を覚まし、なにごとかと辺りを窺い、交わされる大声を耳にして、脱走者が出たことを知った。
それは、隣の病室にいた戦場恐怖症を患った元傭兵だった。
その夜も看護にきていたディジアを押しのけて、転ばせたうえでの脱走だった。




