#19 アナザー・ロケーション――病室
エイミーは夢のなかで誰かが呼ぶ声を聞いた。
「ねえ……」
(どこかで聞いたことのある声だ……)
「ねえねえ……」
(なんだろう? そこまで切迫感はないけど……)
「ねえねえ、ねえってば……」
(ミーシャの声?)
エイミーが、むくりと起き上がって目を開けると、そこには現実のパンタミーマがいた。
「重い……」
「ごめんごめん。あたし寝ちゃったんだ」
エイミーはまだ寝ぼけ眼だったが、浅い眠りだったせいか、あるいはぐっすりと眠れたからか、頭はすっきりしているようだった。
「それになんかちょっと冷たい」
「これかな? お化粧落とした濡れタオルのせいだ」
エイミーはすぐに気づいてそれを空いた椅子の上に移した。
「ミーシャ、具合はどう? 痒み、眠気、怠さ、吐き気、すこしは治まった?」
パンタミーマはすぐに迷惑そうな顔をして、迷惑そうに答えた。
「あのな、そんなに全部いっぺんにいえないの。だから嫌なんだよね、こういうのって。普段の三倍も四倍も説明しないとならない。――というか、どうなってるのか訊きたいのは、こっちなんだけど?」
エイミーは、悪態をつけるのなら、そう気分は悪くないだろうと推し量った。
「ごめんごめん。――ねえミーシャ、服、楽なのに着替える? 一応、合いそうなサイズのとか、あれこれ買い揃えてきたよ」
「いまはいいよ。この白いの、生地を改良したのだから案外楽だしね。それにまだ動きたくない。でも、悪いね……余計な出費させて」
「ううん、全然。――ていうか、喉とか乾いてない? まだわたしもパンチャ先生から詳しい話を訊いてないから、あれだけど、水ぐらいならいいかと思って……。それに、タオル片付けてわたしも顔とか洗ってきたいから、そのついでに」
「うん、飲む」
「じゃあちょっと待ってて」
といってエイミーは席を立った。
しばらくして戻ってくると、パンタミーマはベッドのリクライニングの角度を変え、上体を起こしていた。
パンタミーマがさっそくそわそわしだしたことを、一瞬、叱ろうかと思ったが、エイミーもまたそわそわしながら、ベッドに備え付けられたテーブルを引出して、そこにコップを置いた。
「はい、お水ここに置くね。――ねえミーシャ、まだ無理しちゃだめだよ。――両腕見せて、あと胸元と足もいい? ほら見てよ。左腕なんて掻き壊してるんだから」
エイミーはそういって、袖や布団をめくって釘を刺しながらつづけた。
「これがちゃんと治るまでは医務室暮らしだよ。わたし、毎日来て話し相手になるから、ちゃんと治るまでは無理しないで」
それを聞いたパンタミーマは相変わらずの口振りで応じた。
「あーあ、人に弱み握られるとかなわないな。ひとつ、ここまで連れてきてもらった。ふたつ、症状を説明されて黙らされた。みっつ、飲みたくもない薬とか飲まされる」
エイミーは笑いながら聞いていたが、みっつ目を耳にしたあと、すかさず異議を唱えた。
「ミーシャ、はじめのふたつは仕方ないよ。誰だってそうなるときってあるもん。でも、みっつ目は違うでしょ。薬、定量以上に飲んだでしょ? それも四倍も!」
「バレてたか……」
「負けず嫌いは悪いことじゃないよ。でも、限度ってあるじゃん――。それに先生から聞いたけど、あの薬強いんだって。だから胃も相当やられてたって。眠気や怠さもそのせいだろうって。あと、蕁麻疹も普段よりずっと酷かったのは、副作用のせいかもしれないって」
「藪医者、信用できない」
「そうでもないみたいよ。半分藪で、半分は違うみたい」
「なにそれ? 結局、藪じゃん」
「馬が合わないだけだと思う」
「あたしが馬なら、あいつは鹿だ。――というか、鹿はあたしか。あいつが鹿なわけない」
「合わないだけじゃないかな? あるよ、そういうのって」
いいながら、エイミーは椅子に座ってパンタミーマをじっと見つめはじめた。
「あのね、わたしもあったんだ。ディッキーたちとの間で。ケースが違うかもだけど、どんなに仲良くなっても、どうしてもそれは駄目ってとこあるみたいだよ。――二人とも宇宙機構を辞めてから電話で話したことあったでしょ? あのときがそう。精神的にも肉体的にもボロボロだった」
「そういえば、声に疲れあったな」
パンタミーマは記憶を探るように宙を見つめた。
「わたしの場合、自責の念だったけど、とにかく自分を責めてさ。自分で最後の逃げ場を無くすようなことしたんだ。そのあと、夢遊病者みたいになって、お婆ちゃんとこに転がりこんだ」
「そんなことあったんだ……」
「うん。だから、ミーシャの場合はすこし違うかもだけど、でも、自分を追い込みすぎるって意味では似てるでしょ?」
「まあな」
「だから、わたしなりに心配してる」
エイミーはそこまでいうと、突然、笑いを堪えられなさそうな顔をして、口元を隠した。
「なんだよ急に……」
「いやあのね、ミーシャってさ、化粧落とすと意外と童顔だなと思って」
「あれ? それいう? いっちゃう? もうやだ! また弱み握られた!」
二人は顔を見合ってけらけらと笑いあった。
それで、ぎくしゃくとした関係が緩んだのか、互いに気の置けない関係に戻れたようだった。
しかし、困ったことにパンタミーマはせがむようにして、自分の容体を訊きたがった。
――変な病気ではない。ゆっくり休めば元通りになる。
エイミーは何度も説明したが、質問が止むことはなかった。
(ミーシャひとりの問題じゃないから、わたしの口からは容易くいえない。でも、先生にいってもらうのは気が引けるし……)
こうしてエイミーのお見舞い生活がはじまった。
一日一回、船内時間の昼間を選んでパンタミーマの病室を訪ねた。
時折、彼女の知りあいと鉢合わせになることはあったが、あの夜以来、エイミーがディジアと会うことはなかった。しつこくお見舞いをお願いした、ティーポの姿を見かけることもなかった。
四日後、《リヴァール号》は火星の衛星、ダイモスに着床した。
それはまるで、軍神アレースが恐怖と狼狽をもって、パンタミーマの行く末に立ちはだかったかのようだった。
《リヴァール号》が地球を発ってから二十日目のことだった。




