#18 イヤーニング――渇望
エイミーはその夜――といっても船内時間の深夜だったが――ふたたび、医務室にいるパンタミーマの元を訪ねた。
彼女はまだ眠っていたが、エイミーは音を立てないように、用意してきた洗面具や身の回りの品を、収納床頭台におさめた。
(こんな時間じゃ、ドクターも寝てるわよね? でも、連絡手段だけは確保したいんだけど、どうしよう?……)
時折、ほかの病室へと向かう看護師の姿は見かけたが、夜勤帯というのもあってか、辺りは静けさに包まれていた。
(誰かこないかな?……でも、探しにいってる間にミーシャが目を覚ましちゃうと、あれだし……)
エイミーはベッドの傍にある椅子に腰掛けながら、そわそわしていた。
そのとき、パンタミーマがなにか寝言をいった。
なにをいったのかは聞き取れなかったが、エイミーは妙に安心した気持ちがしていた。
(いつものミーシャじゃないみたい。もっとも、誰だって寝てるときは無防備だけど)
そんなことを思いながら、彼女は病床で寝息を立てているパンタミーマの顔を眺めていた。
「あ、お化粧も落としてくれてないんだ……」
それに気づいたエイミーは、すぐに椅子を立って給湯室に向かった。
ぬるま湯で湿らせたタオルを手に戻ってくると、とても髪の長い看護師らしい人影が目に入った。
いまだ!――とばかりに、エイミーはすぐに声をかけた。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい」
といって看護師らしい女が振り向いた瞬間、エイミーは目を大きく見開いて固まった。
「リッキー !!」
看護師らしい女はそれに見合った格好ではなく、あちこちに油染みのある整備作業服を着ていた。
彼女は上品な動作で首を傾げ、
「人違いじゃないですか? わたし、ディジアっていいます。ちなみに、この船の整備士ですけど、看護師も兼ねてます。――なにかお役に立てるようなら伺いますけど?」
といった。
「えっと、あの……ごめんなさい。あまりにも知りあいにそっくりだったもので……」
エイミーの胸はいまにもはち切れそうだった。
ディジアの、容貌はもちろん声も身振りもリッキーに瓜二つだったのだ。
「すいません、変なことをお聞きしますが、双子だったりしませんか?」
「いいえ、違います」
「そうですか……」
エイミーはそこで言葉に詰まってしまった。
ディジアはそれに気づいたのか、さりげなく話しはじめた。
「わたしの担当はあっち。戦場神経症の元傭兵なの。夜中になると起きて騒ぎ出すんだけど、わたしがいると大人しいらしいの。それでいつもどおり来てみたんだけど、パンタミーマが入院したって小耳に挟んだから、ちょっと様子を見にきたの。あなたは?」
「あ、えっと、わたしはミーシャの、じゃなくって彼女の友人のつもりです」
「そうらしいわね。――じゃあ、あなた、わたしの仕事場はもう見学してそうね」
「ということは……ディジアさんは機関関係の整備士ですか?」
「ええそう。でも、いわれたことをやってる程度ね。便利に使われてるみたいだけど、出向の身だから文句もいえないんだけどね」
エイミーは彼女がリッキーに似ていることを、どうしても否定できなかった。
だが、ディジアの生き方はリッキーとはあまりにも異なっていると感じはじめていた。
しかし、興味をそそられてしまったのも、また確かなようだった。
「すいません、しばらくお話しさせてもらいたいんですが、時間とか大丈夫ですか?」
「わたしは構わないけど、お友達、放って置くの? ――タミーどこが悪いの?」
「過労なんです。というか、本当は……いえ! なんでもありません……」
エイミーは、リッキーに似た容貌というだけで、なにもかもあけすけに話してしまいそうな自分に気づいて、ブレーキを踏んだ。
ディジアは不思議そうな顔をしたが、なにもいわずにさらりと話題を変えた。
「時間はありますよ。わたし夜型だから。でも、お話しするのはいいんだけど、とりあえず座りません?」
彼女は常識的なことをいって、辺りにあった椅子を二つ並べだした。
「あ、ごめんなさい。ついうっかりしてて……」
二人はパンタミーマのベッドの傍に並んで腰掛けた。
そうしながらも、エイミーは自分を失っているようだった。リッキーの件が心の奥底に、どす黒く膠着している事実にたじろいでいたのだった。
「それで、あなたとタミーはどんな関係なの?」
「あの……友達なんですけど、いろいろ複雑で……」
エイミーはさっき出会ったばかりのディジアに、どこまで話していいものかと悩んで口籠った。
「随分と歯切れが悪いのね。大丈夫よ、わたしこう見えても口は硬い方だから」
「元国際宇宙機構の同僚なんです。それも関係あるんですけど、いまはふつうの友達です」
「そう、じゃあわたしとはあんまり相性がよくないかもね。だって、わたし北軍所属ですから。ある時期から宇宙機構って北軍とは距離を取ってる感じがするから」
エイミーは、ディジアの美貌や物腰とはあまりに違う、その立場に驚きを禁じ得なかった。
「でもね、わたしも北軍にすこしばかり嫌気がさして、それで、自分から願い出てこの船の機関整備員として出向したの。いずれは、軍に戻って馬鹿にした人たちを見返してやろうとは思ってるんだけど、まだ時間がかかりそう」
「わたしは駆け出しのジャーナリストです。だから、北も南もなく公平のつもりです」
ディジアはなにが面白かったのか、くすくすと笑ったあといった。
「あなた、真っ直ぐすぎるんじゃない? そんなだと、いいカモにされるんじゃない?」
「ミーシャにもそういわれて、説教されました。――でも、どうしようもないんです、性格なんで」
エイミーはしょんぼりしながらも抗弁を試みた。
そのとき、パンタミーマが目を覚ました。
「んあ……どこここ?……ああそうか……」
「ミーシャ、大丈夫? もう吐き気とかない?」
「ああもう、だから嫌だっていったんだよ。こうなることもあると見込んでたんだよ、あたしは……」
起きた瞬間のパンタミーマの口振りが可笑しかったのか、ディジアが吹き出し笑いをした。
「ディジー、あんたこの子に変なこといってないだろうね?」
「いってない!」
意外に強い口調でディジアは即答した。
「こいつさ、前の職場の上司とその嫁にぞっこんでさ、だから会わせたくなかったんだ。――あれだろ、ディジー、こいつあんたのこと『リッキー !!』て呼んで抱きつこうとしたろ?」
「そこまでじゃないけど、そう呼ばれはしたわ」
「あーあ、面倒くさいことになった……」
それだけいうとパンタミーマは口と目を閉じてしまった。
そのとき、三人の話し声のせいか、隣室から苦情の声があがった。
「お前ら何時だと思ってやがんだ。傭兵は寝るのも仕事なんだ、いい加減にしやがれ! 明日は威力偵察なんだぞ!」
それを耳にしたディジアはすぐに立ち上がった。
「わたしもう行くわね。あの人の担当わたしだから。悪い夢ばっかり見てるけど、根は悪い人じゃないし、病気だから」
「あ、ディジアさん、わたしエイミーっていいます。挨拶が逆になっちゃいましたが……」
「そう、わかったわ。それじゃ行くわね。彼女のことよろしく! ――タミー! なんだかしらないけど、ちょっとはゆっくり休むといいわ。この船、人使いが荒すぎるから」
そういうと、ディジアは長い髪を揺らしながら、隣室に消えてしまった。
エイミーはパンタミーマの様子を窺ってから、冷めてしまったタオルをぬるま湯にひたすために、ふたたび給湯室に足を運んだ。
戻ってくると、慣れない手つきで、彼女の顔に残ったままの化粧を拭い取っていった。
その感触で目が醒めたのか、パンタミーマは囁き声でなにかをいった。
「あいつ、あんな華奢で恐ろしいほどの美人だけど、タフなの。化物なの。プレッシャーなんだよ……」
エイミーはとめどなく目尻をつたう涙をずっと拭いつづけて、黙って囁き声に耳を傾けていた。
「三日も寝ないでも、隈ひとつできないとか、どんな身体してんだよ。いくらなんだって、ファンデじゃ誤魔化せないだろ。というか、あいつは寝てるのか? それともサイボーグかなにかなのか? 薬でもやってるんじゃないのか? 『徹夜だった』とかいいながら、欠伸ひとつしないで平気な顔してんだよ、おかしいって……」
長くつづいた啜り泣きのあと、エイミーはパンタミーマにいった。
「ミーシャ、負けず嫌いすぎるよ。でも、いまはすこし休んで。お願いだから」
「うん……」
エイミーは、パンタミーマが泣きつかれて眠るのを見届けてから、彼女に覆いかぶさるようにベッドに突っ伏して眠ってしまった。
その日一日、あまりにも色々なことで混乱したからか、彼女は自室に戻る気持ちになれなかったのだった。




