#17 アンタッチャブル――すれ違い
エイミーが自室に辿り着こうとしたころ、船内の恐慌状態は最高潮に達していた。
通路ですれ違ってきた人々の口から溢れでた、謎の宇宙船の噂は、当然彼女の耳にも伝わってきていた。
(見に行こうかな? やめとこうかな?……)
思いあぐねながら扉の前まできたとき、向こうからチクローポが、あちこちを見渡しながら歩み寄ってくるのを目にした。
(見るなっていってたけど、見に行ったのかな? でもそういう感じでもないかな?……)
好奇心が湧いたエイミーはチクローポに話しかけた。
「ティーポ、謎の宇宙船を見てきたの?」
「いいや。追い抜いていっただけらしい」
「らしいってことは、やっぱり見なかったの?」
「見てない。それどころじゃない」
「誰かを探してる感じに見えたけど?」
思わず口を衝いて出た言葉だったが、エイミーは不必要な質問をしたのにすぐに気づいた。
それを誤魔化したかったのか、慌てて言葉を重ねた。
「でも、わたしではなさそうね」
チクローポは会話に応じながら、視線をあちらへこちらへと投げていた。
「ねえ、ティーポどうしたの? いつもの落ち着きがないんだけど……」
そういわれて腹を決めたのか、チクローポはエイミーを見つめていった。
「今日のパンティーは何色だ?」
「え !?」
エイミーはあまりにも予想外なことに、驚きながら赤面しはじめた。
「そんなこと……いえません……」
だが、チクローポにはまったく動じた様子はなかった。
「勘違いするな。あいつの服の色だ」
「えっと、あいつってミーシャのこと?」
「そうだ」
「なら白です。それにミーシャは……えっと……そう、過労で倒れてわたしがさっき医務室に連れていきました」
「ならいい。そこどいて」
それで満足したのか、チクローポは狭い通路を通り抜けようとした。
「ねえティーポ、心配じゃないんですか? たとえそうじゃなくても腐れ縁とかってあるじゃないですか? だから、よかったらでいいんですけど、お見舞いにいってくれませんか?」
「必要ない」
「そんなこといわないでください。確かにティーポは無口だから、お見舞いってなんか似合わないんですけど、ミーシャはしばらく仕事に戻れないと思います。それに、ああ見えて彼女、寂しがり屋ですよ」
「いらんお世話。どいて」
チクローポはそれ以上我慢ならなかったのか、エイミーを押しのけて自室の扉を開けると、さっさとなかに入ってしまった。
エイミーは扉越しにもう一度、お見舞いにいって欲しいと願い出たが、なかからはなんの音沙汰もなかった。
「駄目か……」
船内は謎の宇宙船の話題でもちきりだったが、周囲には信用のおけない耳目もあり、パンタミーマのプライバシーもあると考えたエイミーは、諦めて隣にある自室に戻った。
部屋に入ると、一目散にベッドへ歩み寄って飛び込み、
「でもよかった、ミーシャが変な病気じゃなくって」
と嬉しそうに呟いた。
それから仰向けになると、足をぶらぶらとさせて靴を脱ぎ捨て、天井をながめながら考え事をはじめた。
(わたしにとっては救いだな、ミーシャがしばらく医務室にいるのは。だって、これからしばらく毎日、会いにいってお喋りできるんだもの。――自分勝手ね、わたしって! でも、嬉しい気持ちに嘘はつけないよ。だけどミーシャ、『藪医者は御免だ!』とか『ゆっくり寝てる暇はない!』とかいいだすんだろうな……。そうなるとまた説得が大変そう。さっきも散々苦労したもんね……。ドクター・パンチャが上手いこといいくるめてくれるといいんだけど、あの先生、人がいいのはわかったけど、頼りないし……。だからって、知りあった権威ある先生に、担当医になってくださいとはいえない。検査に立ち会ってもらうとか、検査結果を見てもらうくらいならいいんだろうけど……。となると、ハスキー・ヴォイスで二枚目だけどちょっと強面な先生とかがいて、『いうこと聞かないと、死ぬぞ!』とかいってくれれば、ミーシャだってすこしはね……。あれ、待って !? すぐそういうこという人がいるじゃない !? でも、ティーポはいまのところ当てにならなそう……。けどティーポ、さっきミーシャのこと探してたよね? あれはどう見てもそう。色違いでデザインした制服だから、ミーシャを探すには色がひとつの目印になるのはわかる。でも、なんであんなに目の色を変えて探してたんだろ? ――もしかして、謎の宇宙船? わたしだけじゃなくて、ミーシャに危険が降りかかるのを怖れてたとか? ないとはいえない。だって『死なせたくない』っていってたもん。けどそうなら、過労で倒れたって聞いたらふつうは心配するよね? ああ、わからない……ティーポがなにを考えてるのか全然わからない。でもなあ……)
しばし沈思黙考したあと、エイミーは起き上がってトランクのなかから、封印ができる伝言用の、極薄プラスチックカードを手に取った。
それからまたベッドに腰掛けて、カードに向かって語りだした。
「こんにちは、エイミーです。さっきは勘違いしてごめんなさい。えっと……ミーシャの件ですが――」
そうして、長い録音を終えると、彼女はそれに封をして立ち上がった。
(ちょっとしつこすぎたかな?……でも、核心には触れてないし、触れようがないんだもん。仕方ないよ。とにかく、ミーシャが医務室にいる間に、一度でいいから時間を作ってお見舞いにいって欲しいんだもん。けど、タイミングが合わないと、あの二人また喧嘩しそう……)
ようやく意を決したのか、エイミーは裸足のまま部屋を出て、隣室の扉の前に立った。
何度かノックはしたものの、思っていたとおり反応はなかった。
「やっぱり駄目か……」
溜息をついたあと、エイミーは手にしていたプラスチックカードを扉の隙間に差し込んで、部屋のなかにコトリと落ちる音を確かめた。
それでもそこを立ち去りがたく、ふたたびノックを試みようとしたが、白いストッキングを履いた自分の足先が、せわしなく動いているのに気づき、
「これ、完全に怪しい人だよね?……」
と呟いて、諦めて自室に戻っていった。
ふたたびベッドに仰向けになったエイミーは、また天井を見つめながら夢想しはじめた。
(誰かと話せるって幸せなことなのかもね……たとえ問題が解決しなくても、それがあるから耐えれるとかってあるのかも……いやむしろ、そういう風にしか生きれないのかもしれない……特にわたしとかは……)
エイミーは思いに沈んでいたかと思えば、がばりと起き上がってはミーシャの医務室暮らしに必要そうなものを揃えたりしていた。
(わたし、あのとき興奮しすぎてたかも……。ドクター・パンチャとの連絡方法すら確認するのを忘れてた。自分では冷静なつもりだったけど、手落ちだらけ……)
様々なことに気づいたエイミーは、しばらく休んだあと、ふたたび医務室に行くことに決めた。
(ミーシャが目を覚ましたとき、ひとりぼっちじゃ可哀想だし……)
とは思ったものの、心配と疲れからか、ベッドに仰向けになったまま眠ってしまった。
ときを同じくして、《リヴァール号》を追い越していった、謎の宇宙船による恐慌状態もおさまっていた。噂の拡大と鎮静にあわせるようにミーシャが倒れたのは、偶然だったのか必然だったのか、定かではなかったが……。




