#13 エンジン・ルーム――情愛
「エイミー、はいこれ」
そういってパンタミーマは船内帽を手渡した。
そういいながら彼女も、つばを折り曲げてポケットにしまってあった帽子を被った。
紺地の帽子には、金糸で MPAC-SHIP. MISC-003 "RIVAL" という文字と、翼を大きく広げた鳥の刺繍が入っていた。
「これもあたしがデザインした」
「へええ、凄いね。でもこの鳥って空想上のでしょ?」
「そう、よくわかったね」
「だって、こんな変わった色とりどりの鳥なんて、見たことないもん。それに、どことなくミーシャの髪型に似てる」
「バレバレだな」
パンタミーマは照れくさそうに声をたてて笑った。
エイミーは手渡された帽子を、じっくり眺めてからそれを被った。
「悪いね。規則なんだよ。でも、それはおみやげでもある。あんたにあげるよ。――あたしらは作業服着用、お客さんは平服でいいんだけど、帽子は目印みたいなもん。乗務員が付き添いでないと見学すらご法度。ボロ船のくせに案外、厳しいんだよそのへんは」
「意外としっかりしてるんだね」
「そうなんだよ。座席番号はひっちゃかめっちゃかだし、長距離運行するくせに個室の客室は馬鹿みたいに少ない。客席や客室の予約は適当そのもの。――とにかく、とんちんかんな船だけど、基本的なとこは嘘みたいに口うるさいんだ」
エイミーは、愚痴なのか称賛なのか判別しにくいパンタミーマの話を、面白そうに聞いていた。
「そんなだから、見学っていっても行けるの機関室くらいなんだ。着床してれば、操縦室とか通信室も一応は許可されてるんだけど、あれこれ忙しくなるときに、見学の付き添いなんてやってられない」
「規則の面では宇宙機構に割と似てるね」
合間に言葉を挟みながら、エイミーはルフトとはじめて会ったときのことを思い出していた。
(そういえば、あの時は……わたしはストローハットを被って、ルフトさんにハンチング帽を渡して、「被ってください」っていったんだっけ……)
そんな夢想とは無縁のように、パンタミーマの口は忙しなく動いていた。
「そんで飛んでしまえば、操縦室は関係者以外は入室禁止。通信室なんてある意味じゃ秘密の宝庫だろ。かといって貨物室なんか見てもつまらないし、お客さんのプライバシーとかあるじゃん。 ――結果、機関関係くらいしか見学できないってわけ」
「ねえミーシャ。そういえば、チクローポさんと話してたとき、なんであんな感じだったの? こうなんていうか、奥歯にものが挟まった感じだったけど……」
「あいつ、大の組織嫌い。だから組織の名前なんて出そうものなら貝になっちまうんだ。いや、石像っていったほうがわかりやすいか。――戦場カメラマンとかやってんのに、南とか北っていっただけで、ぶーたれて無言の神になるんだ」
「じゃあ、隠語みたいなものだね。……もっとも、わたしも……あ、なんでもない!」
「なんだよ急に気持ち悪いな。――あれか、パヴリーンのことか?」
エイミーは歩きながらも、パンタミーマの表情を窺おうとしたが、帽子のつばに遮られてよく見えないようだった。
「ようは、宇宙機構の船に積まれてた人工知能の開発には、裏話がありそうってやつだろ? けど、それってそんなに重要か?」
「どうなんだろうね、わたしもよくわからない……。人工知能の開発は二つのチームが競いあってて、それが派閥と直結してたのは知ってたけど、わたしはどっちも頑張れ、いいもの作れって応援してた」
「なんだよそれ、オリンピックじゃないんだから。――あんた、その競争がどんだけ激しくて、いがみあってたか知らなかったの?」
パンタミーマは思い出したくもないという渋い顔をしていた。
「あのさ、あれってそのまま南北両軍の対立そのものみたいだったんだぞ。それはそれはえげつなかった……。その意味であたしは北だったし、先代のヴァルト派で、あんたはどっちかというと、反対だったでしょ?」
「うん、まあね。でも、そこまでは知らなかった……」
「あたしもその件では随分と悪どいことをした。でも、相手を蹴落とすとかじゃないよ。自分らが有利になるようにって努力しただけ。だから工作とかそういうとこには足を突っ込まなかった」
パンタミーマはその件には触れたくなかったのか、そこで人工知能の話を打ち切った。
「どっちにしろ、機関室は一回見とくといい。あたしの説明より、見たほうがずっと早い。――もう着いた。ここが入口だ!」
そういって彼女は機関室に通じる隔壁扉の開閉ボタンを操作した。
油圧装置や電動機、空気圧搾機が作動する音が船内に響いたあと、それが止まると二人の目の前に、広々とした機関室の全景が飛び込んできた。
「うわ! 凄い!」
「だろ!」
パンタミーマは嬉しそうに親指を立てて見せた。
「あんたも宇宙機構で、様々な機関の立体画像やら見てきたからわかるだろうけど、こいつはそれとは違うってわかるだろ?」
エイミーは入口に立ったまま、視線をあちらこちらへと動かして、記憶にある機関室の印象と比較していた。
「これがオンボロ船の機関だなんて信じられない」
「だからいっただろ。オンボロは見た目だけだって。――いい眺めのところがあるんだ。着いてきな」
そういうとパンタミーマは足取りも軽く歩きだした。
彼女は先に立って、ときどきエイミーの手を掴んで引っ張りあげながら、各所に掛けられた階子や階段を登っていった。
踊り場や通路にある薄い金属板を踏む音がしばらくつづいたあと、二人は見晴らしのよい場所に着いた。
「ここに座って見てみな」
エイミーはいわれるがままに、そこへ腰を下ろして自然界とは異なる方向性の絶景を眺めわたした。
「これさ、光子核分裂融合重力機関ていうんだって」
「聞いたことない。だって、核反応炉やタキオン動力炉が一般的でしょ。それにそもそも重力を動力に組み込んでるなんて常識外れだよね?」
そこから見える機関部全景にパンタミーマは酔っているようだった。
「あたしに説明した連中が嘘をいった可能性はある。でもさ、あたしら元宇宙機構出身だろ? そんなあたしらが、騙されるか? ――たださ、こう見えてあたしもそこまで自信過剰じゃないから、あんたにも見てもらいたかったんだ」
「ミーシャ。わたしこんな機関見たのはじめてだし、知ってる限りの範囲だけど、さっきいってた方式もはじめて聞いたよ」
「やっぱりか」
それだけいうと、パンタミーマはすこし先にある、腰掛けられそうな四角い配管を指さして、
「ここから見るとまた違って見えるんだ。こっちきて座ってみな」
といった。
二人が並んで腰を下ろした場所からは、脈動する機関がただの機械ではなく、どこか神秘的な空気を生み出しているのが見えた。
「あたしさ、こういうのが大好きなんだ。ほら、前に飯食いながら話したけど、子供時代が悲惨だったじゃん。余り者でどっちつかずってあれね。だから、どっかしら人間嫌いなとこがある。だけど、とことん嫌いになれない。なぜってあたしもまた人間だから。でもさ、こういう最新鋭っていっていいのかな、そういうの見てると救われるんだ。こういうのが人間をちっとはましにするんじゃないかって」
エイミーはパンタミーマの澄んだ瞳を見つめながら訊いた。
「ミーシャよくここに来るの? あのね、月に降りたあと船に戻ってからミーシャのこと探したことあるの。船内の行けるとこ全部見て回った。でも、見つけられなかった」
「うん、来る。こことギャレーがあたしの居場所だからね。――あんとき、誰かを呼んでた声聞こえたろ? あれ、あたしだったんだけど、あれもまた渾名のひとつ。この船はそんなことばっか。偽名だの渾名だの愛称だの、それがふつう。だからさ、チクローポの本名なんて誰も知らないんだ」
「そうなんだ」
エイミーは、パンタミーマの謎がまたひとつ解けたことを喜んでいるように頬を緩めていた。
「だけどさ、なかなかこの感覚は誰にもわかってもらえなくてね。唯一わかるんじゃないかって思ったのはチクローポ。そんで、ここからの映像を撮ってくれって一回頼み込んだことがある。『頼む! ティーポ、一生のお願いだから!』ってね。――あいつ一応ここまで来たけど、『くだらない。レンズに黴が生える』とかいいやがってさ、まじで頭きたんだよ。その場で首締めてやろうかと――。あいつ、いつもカメラ分解しては調整してるんだけど、あれってさ、宇宙をそのまま撮るとつまらない白黒になるからなんだって。コズミック・ラテっていう現象らしい。でもだからって、宇宙機構がやってたように、派手に色付けしたら詐欺じゃん。だから、自然そのものを感じられる色付けにしたいって、ねちねちずっと分解しては調整してんだよ。馬鹿みたいだろ?」
エイミーはパンタミーマの語りに耳を傾けながら、奇妙な勘が働いていることに気づいた。
「でもさ、ミーシャ。二人は正反対だけど似てるとこあるんじゃない?」
「は !? あいつとあたしが? 似てない似てない!」
「あのね、二人ともなにかを強く求めてる。でも、その対象が反対なんじゃないかな。チクローポさんは自然。ミーシャは機械というか先進技術ってだけじゃない?」
「どうなんだろうな……」
「ミーシャ、チクローポさんのこと好きでしょ?」
「はあ? 誰があんな奴……」
「怒ったときは本当だって話あるけど? だってさ、ミーシャさっき自然にティーポっていってた。さっき三人でいたときもさ、大事な話をするときはティーポって呼んでたよ。――それにチクローポさんも、その呼び方のほうが気に入ってるっていってたけど?」
「お前って奴は……」
とたんに、パンタミーマはそわそわしはじめた。
「図星だ!」
「エイミー! あんた意地悪すぎ!」
「ボインのお返しだよ。だって同じでしょ? 人のこと好きになろうとして好きになるわけじゃないでしょ? それと同じだもん。わたしだってボインになろうと思ってたわけじゃないもん」
二人はけらけらと笑いあった。
「だけど、あいつは受け入れないし、あたしも踏み越えられない」
「どうして? ディッキーとリッキーとはまた違うけど、お似合いだと思うけどな……」
「さっきいったじゃん。要するに余り者のどっちつかずなんだよ。そういう星の下に生まれたらしい。本当に欲しいものは手に入らないらしいよ、あたしは……。――お、いけね! もうこんな時間だ。そろそろギャレーに戻っとかないと。このあとパーティーの準備があるから、これからまた大忙しさ。さ、立って立って、お客さん!」
そうして客室区画に戻ったエイミーは、その日あったパーティー会場に姿を見せた。
一般旅行客、仕事で渡航中の人、季節外れのハネムーンカップル、軍関係者と見られる者、そして、得体の知れぬ者たち。様々な人々が漂う大海に浮かびながら、エイミーはいまだ自分の羅針盤の指す針に自信が持てぬまま、遥かな岸辺を見つめていた。




