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無から無へ  作者: イプシロン
Ⅱ 開戦
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10/55

#10 フレンド・シップ――会食

 月面発着場を離床した《リヴァール号》は、船体各所にある噴射口から青白いプラズマを吹き出して、次の中継地になっている火星への進路を取った。

 もっとも中継地は火星そのものではなく、二つある衛星のうちのひとつ、ダイモスだった。

 その次は小惑星帯にある小惑星ベスタを目指し、最終目的地のガニメデへというコースが予定されていた。

 船内の照明は昼と夜、明け方と夕暮れというように、周期的に変動して体内時間を狂わせない工夫がされていたが、舷窓の外に目を向ければそこには常に真っ暗な宇宙があった。無数の星屑が散らばってはいても、地球上で見る瞬きは見られない。視野のなかを近くの民家や木樹や建築物が流れ去り、遠くの山並みや海が動かないといった対比はない。宇宙の闇と星々はまるで時間に置き去られたように静止して見えた。

 すっかり船の振動にも慣れてしまったエイミーは、船首が火星を向いたころ目を覚ました。

 遠慮もなしに背伸びと大きな欠伸をした彼女は、すぐに空腹を感じたようだった。

「あ、そういえば月に降りる前に食べただけだった。どうりでぐうぐういうわけだ」

 といってゆっくりと立ち上がった。

「あれ? なんかこの船傾いてない? あたしがおかしいの? まあいいか」

 無論、船体の傾きには理由があったが、エイミーはそのことを知らなかった。

 月面発着場で大量の貨物を搭載して、船のバランスが幾分悪くなっていたのだ。

 操縦席で、船長(キャプテン)副操縦士(コパイロット)が、プラズマ噴射を何度も試みて、姿勢を保てないものかと格闘はしたのだが、結局は「燃料の無駄使いだ!」と判断され、《リヴァール号》は傾いたまま火星を目指していたのだった。

 そんなこととは露知らず、エイミーは空腹と格闘していた。

(でも、一人で食べるのはつまらない)

 彼女はそう思った。

 なぜなら、一か月半ほど前、久しぶりに父の手料理で満漢全席(マンカンゼンセキ)風のコース料理を食べ、お花とお茶を趣味にしている母が淹れたハーブティーが脳裏に浮かんだからだった。

 そんなことから、エイミーは船内に幾つかあるギャレーをひとつひとつ覗いては、パンタミーマの姿を探し歩いた。

「いた!」

「おおー! びっくりしたじゃん! 心臓に悪いってば……」

 エイミーがギャレーの陰からひょっこり現れたことに、パンタミーマは肝を潰したようだった。

「お腹空いちゃったんだけど、一人だとつまらないから、ミーシャさえよければ一緒にどうかなと思って? あ、いま仕事中だよね……」

「いやまあ、仕事中はそうだけど、この船っていつも自由時間みたいなもんだから平気だよ。基本乗客はセルフサービスだし。だから、あたしの仕事は苦情処理と病人が出たときくらいかな」

「じゃあ一緒に食べようよ。お腹空いてないならあれだけど……」

「あんたほんとにコーシュカみたい。あ……妹の名前ね。――というか、あたしもちょうど昼飯にしようと思ってたとこだからいいよ」

 一瞬エイミーの半分が業務状態(モード)になり、妹の名前を記憶して忘れないようにしないと、となったがすぐに空腹に追いやられたようだった。

「本当! じゃあさ、なに食べよっか? メニューとかあるんでしょ? 食堂室はいつもバイキングだから、なんか変わったもの食べたい。――というか、妹さんコーチャなんだ。愛称、可愛いね」

「あんた、なんでそんなにロシアに詳しいん? 不思議ちゃんすぎる」

 パンタミーマは嬉しそうとも、恥ずかしそうともいえない顔をしたあと、

「ていうかね……」

 といって奇妙な動きをはじめた。

「この服さ、あっちこっち締め付けられて、ときどききついんだよね。でも、前のよりは全然マシなんだけど」

「そうなんだ。でも、デザインはいいし機能性もよさそうだけど?」

「いいとこに目をつけたね。――実はこれ、あたしが全部デザインしたの。生地からなにから全部ね。前のはさ、大手の制服をパクっただけで、嘘みたいにださくて着にくかったんだ」

 パンタミーマの瞳にはかつての秘書時代にあった、自信に満ち溢れた輝きがあった。

「そういえば、ミーシャ。宇宙機構の社内制服コンペで金賞だったよね。あれ、めっちゃ評判よかったんだよ。秘書課はみんな私服組だったから、あんまり話題にならなかったけど」

「なんだよ、急に褒めたりして。まあ、嫌な気持ちはしないけど。――というかあたしも腹ペコなのよ。ここで食べてもいいけど、落ち着かないから食堂室いこっか。それに、そういう裏話、ちょっと聞きたい気もする。あとさ、あっちならバイキングじゃない美味しいメニューもあるよ」

「じゃあそうときまったら、膳は急げだね! もちろん膳は御膳の膳だけど」

「あんた、駄洒落はセンスないね。まいいや、いこいこ」

 そうして二人は食堂室に行き、パンタミーマお勧めのロシア料理を挟んで会食をはじめた。

「ねえミーシャ、食事って面白いよね。だってさ、生まれも育ちも違う人が、同じお皿に乗った料理を突ついて食べるなんて、よく考えると奇妙な感じしない?」

「そんなこと考えたこともなかった。家はほら三人兄妹でしょ。だから、早い者順みたいに思うでしょ? ところが意外とそうでもなくて。兄貴は長男だったからとにかく可愛がらたんだ。そんで、妹は末っ子だからやっぱり可愛がられた。んで、あたしは放任されてたって感じだったんだよ。だから、いうなれば、いつも残り物になるみたいなさ。ほんと、変な家庭だったよ」

 エイミーは、秘書時代のパンタミーマであれば、決して話さなかっただろう物語が、自然と彼女の意思で語られていることが嬉しいようだった。だが、そんな素振を見せずに耳を傾けていた。

「真ん中の子は我慢して当然みたいなのってやっぱりあるのかな? というか、なんていうのかな、どっちつかずになりやすいとか、そんな感じなの?」

 エイミーは手にしたフォークを止めて、宙を眺めながらいった。

「どうだろ? ちょっと違うような気がするけど」

「あのね、家の母さんがそういうタイプらしいの」

「ていうと?」

「どっちつかずらしいの。――どういえばいいかな……要するに右でもあり左でもあるみたいな?」

「なにその比喩? 比喩になってなくて意味わかんない。もうちょっとわかりやすくいえないの?」

 パンタミーマは面白がって突っ込みをいれた。

「じゃあこうかな? 花も好きでお茶も好きなんだけど、本人どっちが本当に好きか自覚できてないみたいな感じかな?」

「ああ、それなら結構あんたの母さんとあたしは被るとこあるかもね」

「どういうところが?」

 エイミーは、残り少なくなった一口サイズのペリメニを、フォークで突いてサワークリームをつけて口に含んだ。

「家の両親もさ、あたしが嫌いだとか憎かったんじゃないらしいのね。兄貴と妹が可愛いから、どっちを可愛がろうかな? ってしてると、あたしとか目に入らなかったんだろうね。そんで、結果あたしが余り者になったんだろうね。だけどさ、こっちもこっちで恨んではいないんだよ」

 エイミーは、複雑かつ難しい環境で育っただろうミーシャの幼少期を思って、小さく溜息をついた。

 これ以上しつこく訊くのは申し訳ないという気持ちに駆られたのか、急に話題を変えた。

「ねえミーシャ、ロシア民話に『コロボーク』ってあるの知ってる?」

「もちろん知ってるよ。懐かしいねえ。何度も絵本で読んだよ。んで、それがどうかしたの?」

 パンタミーマには予想外の質問だったようだが、同時に郷愁を誘われたようだった。

「わたしの知りあいに、民話とか童話が好きなお爺ちゃんがいてね、その人がときどき『面白いからよんでごらん』といって送ってくれるの。メールとかでね。――短いのばっかりだし案外愉快だから読むんだけど、寓意っていうの? それがよくわからないことが多くてね」

 パンタミーマは納得したような顔をしたあと、残った最後のペリメニをフォークで突くと、マスタードをつけて食べたあといった。

「これがほんとの残り物。――というか辛いよこれ!」

 エイミーは思わずぷっと吹き出してから、いまでは友達になった気のする、パンタミーマが話し出すのを待っていた。

「なんだっけ? ああ、『コロボーク』の話だっけ。――あのね、コロボークって余り物とか最後に残った物って意味なんだよ。つまりは余ったパン粉で作った丸いパンだね。そんでさ、そのコロボークはコロコロ転がって色んな動物に出会いながら生き抜くんだけど、最後キツネに食われるの」

「うん、それはわかるのよ、さすがに。でも寓意がね……」

 パンタミーマはじっとエイミーの目をみつめていた。

「要するにキツネは狡賢いってことだね」

「え、それだけ?」

「うん、それだけ」

「よくわからないなあ……」

「あのね、エイミー。いうなればこう。――あんたはどっちかというとコロボーク。あたしはキツネ」

「ううん……そうかあ……。わたしはもう少し狡賢くならないとってことか……」

「そこまではいわないよ。あんたはあんたの持って生まれたものがあるからね。それに、寓意なんて当てになるのかわからない、一般論みたいなとこあるし。でも権威を振りかざす学者なんかがいうことよりは当てになるかも。――まあでも、変な男に喰われて不幸になるのは、同じ女として見たくはない。そんなところかな、あたしの本音は。だから、あんたにお勧めするロシア民話なら『大きな蕪』かな。――あとそれに、『小さなおうちテレモーク』を追加」

 エイミーは感心したようにパンタミーマを見つめた。

「ミーシャって、リアリストだよね」

「うん」

「わたしは逆なのかもね。宇宙に憧れて宇宙機構に入ったのに、宇宙船とか、あとこれとか」

 といってエイミーは首に嵌めたリストコムに触れ、

「そういうのに興味持てなかった。それで、目が向いたのは人間だったんだと思う」

「悪くないんじゃない。その人間を買い被りすぎてるようで、相当危なっかしいけど」

「そうかもね。もうそれは素直に認めるよ」

「さあて、お腹は満足したみたいだから、あっちに戻ってお茶でもしようか。ここも込んできたし。なんだかんだいって、あそこあたしの城みたいなもんだから、居心地いいんだ」

 そういいながら、パンタミーマは両手を上にあげて屈託のない背伸びをした。

「おっし、じゃあ片付けますかね」

 ギャレーに戻った二人は時間の経つのも忘れて、すれ違った十二年間を取り戻そうとするかのように、悲喜こもごもを語りあった。

 そうして、エイミーは別れ際に訊いた。

「ねえミーシャ、この船傾いてるよね?」

 パンタミーマは黙って大きく頷いたあといった。

「いつものこと。月で貨物の積み下ろしして、バランス崩れたんだろうね。でも、大丈夫だよ。船長、腕は確かだから。あたしが保証するよ」

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