日常のちょっとした変化
鈴ねーとの配信が流れてから、僕の日常には二つの変化があった。
一つは少し面倒だけど良いことで、もう一つは嬉しいこと。
ちなみに、そのうち少し面倒だけど良いことが何なのかというと――。
「……なのでコンくんのそんな有望さを見込んで契約を提案しに来たのです。どうですか、コンくん。できれば静かな場所で詳しいお話をしたいのですが……」
今のように、配信事務所のスカウトマンが僕をスカウトするため接触してくるようになったことだった。
学校からの帰り道。ちょっと立ち寄ったたっくんの行きつけのたこ焼き屋の前でスカウトマンに捕まった僕は、長々と自社の良さをアピールし、何とかして僕と別席で話をしたがる鬱陶しいスカウトマンに愛想笑いを浮かべたまま一歩離れながら答えた。
「あ、すみません。お母さんからどこにも寄り道しないで真っ直ぐ帰ってきなさいって言われていて……。寄り道するのは難しいです」
嘘である。うちの親はかなりの放任主義で、そんなことを言ったりしない。すべてはこの鬱陶しいスカウトマンから逃れるための方便だった。
この人について行ったら本気で面倒なことになる!
と、僕の直感が警鐘を鳴らしているからだ。
「そ、そうですが。本当に少しだけでいいのですが」
「すみません。本当にダメなんです」
「では、ここでもう少しだけお話を……!」
うわ、今日のスカウトマンはやけにしつこいな。
そう思った時だった。
カカァン!
甲高い金属音が聞こえたのは。
音がした方へと視線を向けると、険しい顔をしたおばちゃんがまるで武器のようにオタマを構え、いつの間にか僕の手首を掴んでいるスカウトマンを睨みつけていた。
「おい、あんた!しつこいよ!この子が嫌がってるじゃないか!いい年した大人が子供を困らせるんじゃないよ!そもそもあんた何なんだい!?こんな可愛い子を連れて行こうとするなんて……もしかしなくとも誘拐犯じゃないだろうね!!」
「い、いえ。私はれっきとした配信事務所の……」
「そもそもウチの店の前で子供を口説くんじゃないよ!営業妨害だ!失せな!!」
「そ、その……はいっ」
おばちゃんの怒声に何か言い返そうとしたものの、その凄まじい迫力に気圧されたスカウトマンは、僕に名刺だけを押し付けた後、尻尾を巻いてその場から立ち去った。
脱兎のごとく立ち去っていくスカウトマン。
その背中を見送りながら、僕はたこ焼き屋のおばちゃんに言った。
「ありがとう、おばちゃん!」
「なーに、これくらいどうってことないさ。当たり前だろ?大人が子供を守るのはね」
そんな風にクールに言って、何事もなかったかのように手際よくたこ焼きを転がすおばちゃん。
おばちゃん、かっこいい~!
だけど、僕の事情を知っている知り合いだという理由で、おばちゃんに何度も助けてもらってばかりでは申し訳が立たない。
もちろんここはたっくんの行きつけの店だから、こういうことがあるたびに少し多めに買って皆で食べるようにしてるけれど、それでも何となく申し訳ない気分がするのだ。
うーん。少し恩返しでもしておくとするか。
スカウトマンと話している間にコンビニへ飲み物を買いに行ってくると言ったたっくんとみーちゃんもまだ戻ってないし。ちょうどいいや。この際おばちゃんにちょっとしたプレゼントをしよう!
そう思った僕は、屋台をぐるりと回り込んでおばちゃんに近づいてこう言った。
「ええとね、おばちゃん。いつも助けてもらってるお礼をさせて?えいっ!おばちゃん、ワンちゃん好きでしょ?ワンちゃんじゃないけど、はい!撫でてもいいよ!」
笑顔を浮かべながら頭を差し出す僕の仕草に、手をピクつかせながらも少し躊躇うおばちゃん。
おばちゃんは少し悩んだ末、咳払いをしながら僕にこう聞いてきた。
「コホン!本当に、い、いいのかい?」
「もちろん!僕も撫でてもらうの好きだし!」
むしろ気持ちいいし。僕にとってもご褒美なんだよね!だから撫でて撫でて!
そう言いながら、僕はおばちゃんのそばにもっと近づいて「はいっ!」と頭を差し出した。
すると、これ以上我慢できなかったらしく、おばちゃんの大きな手が僕の頭を撫でてきた。
はじめはおずおずと、そして次第に手慣れた手つきで僕の頭を撫で回すおばちゃん。
普段から店の周りの動物をよく撫でているせいか、その手の動きが心地よかった。
そうして目を細め、おばちゃんの優しい手つきを堪能していた時だった。
「あ、あの……」
「す、少しいいですか?」
と、声をかけられたのは。
僕は片目を開けて、声がした方へと視線を向けた。
するとそこには、顔を桃色に染めた女子高生が二人立っていた。
あ、これアレだ。
鈴ねーとの配信が流れてから、僕の日常に起きた変化の中で嬉しいこと!
僕を知ってこうして声をかけてくれる人が増えたのだ!こんな風に耳を出している時はかなりの高確率で声をかけられるし、そうじゃない時でもたまに僕が誰か気づいて声をかけてくる人がいる。それがとても嬉しく、努力した甲斐があった〜、と思えた。
そんなことを考えていると、僕と目が合ったお姉さんたちが、「きゃっ!」と小さく嬉しい悲鳴を上げた後、もじもじと聞いてきた。
「あ、あのっ。コン君?いや、コウくん?ですよね?」
「あ、はい!皓です!」
僕がにっこりと笑いながら愛想よく答えると、お姉さんたちがパッと顔を明るくし、キャッキャと二人で手を合わせながら僕にこう聞いてきた。
「やっぱり!あ、あのっ!私たち、皓くんのファンなんです!サ、サイン!いや!写真、撮っていいですか!?」
「ええと、サインはちょっと……僕、かっこいいサインとか書けなくて……」
以前たっくんがもらったクロカラスさんみたいな、格好いいサインを書くのは無理だよ。
そんなことを考えながらモゴモゴと答えると、女子高生たちはそんなこと問題に入らないというかのようにあっさりとこう答え返した。
「普通に名前を書いてくれるだけでいいんです!皓くんに会えた記念に欲しいだけですから!」
「そうそう!」
「えへへ、じゃあ書きます!」
「その……写真は……?」
「もちろん、写真も撮っていいですよ!」
「「きゃああっ!!ありがとうっ!!」」
いやいや、それはこっちのセリフですよ。
ふふふ!こうして写真とかを撮ってあげれば、それがまた拡散されて僕を有名にしてくれるし、そうすれば僕をチヤホヤしてくれる人がさらに増えるだろう。何もかも僕の得にしかならない!
そんな黒い企みを胸に隠しつつ、お姉さんたちと写真を撮り、サインを書いてあげた後頭を上げると、いつの間にかたこ焼き屋の前には騒ぎに気づいて集まった人たちで人だかりができていた。
「何だ何だ?」
「あ、あの子、前に見たことあるかも!」
「ああっ!!コウくんだ!!」
「えっ、本当だ!サインもらってる。いいなぁ……私ももらえるかなぁ」
そうみんなでざわめきながら、期待に満ちた目で僕を見つめてくる人たち。
僕はそんな人たちに向けて照れくさそうに見える笑顔を作り見せながらこう答えた。
「ええと、このお姉さんたちにしてあげたみたいに、サインとか写真とか撮りましょうか?あ、ちなみにサインは普通に名前を書くことしかできないですけど……」
「「「はいっ!!お願いしますッ!!」」」
「うわぁ。みんな声大きいなぁ」
狐耳がキーンとする。
耳鳴りがする狐耳を両手でペタンと押さえると、「はっ!」と息を呑む音のあと、人だかりの中からカシャカシャと写真を撮る音が聞こえてきた。
何だ何だ。もう写真を撮ってるのか?まだ何のポーズも取ってないけど?せっかちな人たちだなぁ。
僕はそんなことを考えながら耳を押さえていた手を離し、その後は皆の要望に応え、サインをし、写真を撮っていった。
チヤホヤされるの最高〜〜!!




