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第26話 一人こっそりダンジョン4

 まさか何か感づかれたのか!?!??


 そんな疑念を抱いて、仮面越しにおさげのお姉さんを緊張混じりの目で見つめると、彼女は何を思ったのか両手をぶんぶんと振りながら言い訳するように言った。


「あ、いえっ!変なことを言っているのはわかってます!でも、なんだか気配が不思議で!決してモンスターじゃないかと疑っているわけでは……ないんですッ!はい!」

「……」


 これ、絶対にモンスターだと疑ってるやつだな。


 それにしても鋭いな。確かに今は正体を隠して一人でダンジョンに来たのだから、周りの目を気にする必要もないと思って妖気を隠さずいたけれど、それだけで僕の正体を疑うほど敏感に察知するなんて。


 しかし彼女が僕をなんと疑おうと僕には痛くも痒くもなかった。


 ちゃんと顔も隠しているから僕がリンネの配信にでた弟の皓だとはわからないだろうし、何より僕が純粋な人間ではないという事実はハンター協会ですら見破れなかったからな。


 そういうわけで、僕は堂々と嘘をつくことにした。


「人間だよ。ちゃんとね」

「……そう、なんですか」

「そもそも、ダンジョンの中のモンスターが人の食べ物を食べるわけないじゃないか」

「あ、ああ、それはそうですね!」


 おさげのお姉さんからもらったクッキーを見せつけるように音を立てて食べながらそう答えると、おさげのお姉さんがそれもそうかといった表情でこくりと頷いた。


 ダンジョンの中のモンスターは、人間の食べ物を食べない。


 ダンジョンブレイクが発生してダンジョンの外に出たり、人間にテイミングされたりすればまた話は別らしいが、協会の發表 によると、ダンジョンの中のモンスターは人間の食べ物を食べないと知られているのだ。


 そしてこれは現代人なら誰でも知っている話で、そんな知識に基づいた僕の言い訳にそういえば!と思ったのか、おさげのお姉さんは目に見えるくらいに肩の力を抜き、少し楽になった声で僕に質問した。


「あの、私、篠原雀って言いますけど。その、名前……聞いてもいいですか?」

「……」


 あ、この質問はちょっと困るなぁ。こっそり家を抜け出してきたんだから本名を教えるわけにもいかないし……。


 そうして少し答えに迷っていると、僕の沈黙から困惑を読み取ったのか、おさげのお姉さん、篠原さんが僕が何かを言うより先にこう言った。


「答えるのが難しいなら、キツネ……さんってお呼びしてもいいですか?」

「……えッ?どうしてキツネ?」


 本当にどうして!?!?もしかして僕の正体にもう気づいたのか!?さっきの言い訳で誤魔化せなかったとか!!?いや、それにしては……。


「そのお面、狐の面ですよね。だから、キツネさん、です。……ダメですか?」

「あ、ああ。いいよ」


 ふぅ。そういえば今日被ってきたのは、前に鈴ねーと遊びに行ったお祭りで買ってきた狐面だったっけ。

 どうして急に狐が出てきたのかと緊張したけど。正体がバレたわけじゃなくて本当によかった。


 僕はそう胸を撫で下ろしながら篠原さんに「いいよ」と答えた。


 正体がバレたわけじゃないなら、呼び名なんて何だって構わないからね。


 そんなことを考えている時、今度はまた何が気になったのか、篠原さんが続けて僕にもじもじと聞いてきた。


「あの、もう一つお聞きしたいことがあるんですけど……っ!」

「あ、ああ。な、何だい?」


 今度はどんな質問をするつもりだ???さっきからピンポイントで弱いところを突かれまくるから、おじいちゃん少し緊張しちゃうんですけど!?


 緊張のあまり唾をゴクリと飲み込みながら篠原さんの質問を待っていると、篠原さんがこんな質問をするのが申し訳ないという顔で問いかけてきた。


「あの、さっきから罠やモンスターを避けて進めているように見えますけど。魔力量は大丈夫なんですか?」

「え?ああ。大丈夫。コツがあるからね」


 何だ、そんなことか。

 なんの変わった行動も見せず、罠とモンスターを全部避けているから、僕が疲れている自分を考えてスキルを使ってモンスターを避けているのだと勘違いしてしまったのか。


 確かに一般人から見ればそう見えるかもしれないな。


 だが、僕からしたらこれは当たり前のことだった。

 隠し騙すのは妖怪の本分。この程度のことのためにスキルなんかを使う必要もないし、使う気もない。


 そもそも隠し通路すら気の流れで察知できる僕が、たかが罠やモンスターを察知できないはずもないし。


 しかし、そんなことを知る由もない篠原さんは、僕が言ったコツというのをどう勘違いしたのか、僕にこうお願いしてきた。


「あの!助けてもらってこんなことを言うのは申し訳ないですけど、探索スキルを効果的に使うそのコツ、私にも教えていただけませんか!?」

「はい?」

「お願いします!どうか私にそのコツを教えてください!」


 僕が篠原さんの的外れな推測に首を横に傾げると、そんな僕の仕草をどう誤解したのか篠原さんがそう言って深く頭を下げた。


 いや、教えてくれと言われてもそもそもスキルじゃないんだけど。


 そんなことを考えていると、篠原さんが切実に自分の事情をぶつぶつと語り始めた。


 篠原さんの話はこうだった。


 自分は探索スキルをメインに使っていること。

 そしてその探索スキルを頼りにダンジョンに潜ったものの、道中で魔力が底をついてしまってスキルが使えなくなった瞬間、運悪くモンスターが湧き出る罠を踏んでしまい、先ほどの危険に陥ってしまったこと。

 そんな危機を経験した篠原さんは、二度とこんな事態に陥りたくないと思っているそうで、そのため自分と似たスキルを持っていそうな僕に、情けなくてもより前に進めるための方法、コツを質問せずにはいられなかったそうだ。


 そこまで聞いた僕は、首を傾げた。そもそも理解できない部分があったからだ。


「ええと、君はそもそもどうして魔力が空になるまでスキルを使っちゃったんだい?」

「……」


 僕の言葉に、篠原さんが何かを言いたげそうに口をモグモグとした。


 いや、まあ。この分野において篠原さんよりずっと上手いように見えるはずの僕が言っているのだから、『人の気も知らないで!』と思われる可能性が高いのは分かっているけれど、僕は今大真面目に言っている。


 だって、僕から漏れる妖気を気づいて違和感を覚える人間が、たかがダンジョンの罠ごときを把握できなくてあんな目に遭うなんて、おかしいに決まっているだろう?


 そんなことを考えながら首を傾げていると、篠原さんが何とも言えない複雑な表情で僕に言った。


「魔力を使わなければスキルを使えませんし、スキルを使わなければ探索なんてできませんから。仕方ないでしょう……?」

「……あは」


 なるほど。何が問題なのかわかった。


 僕はすぐに篠原さんの問題点を口にした。


「スキルを使わなくても、罠くらい見つけられるよ?」

「……へ?」

「ほら、こっちに来てよく見てごらん」


 僕は『何言ってるの、この人?』といった表情を浮かべている篠原さんの手を引いて、近くにある罠の前へと連れて行った。


 もちろん踏んだり突いたりして罠を作動させようとしているわけではない。ただ観察させようとしたのだ。ダンジョンに仕掛けられた罠から微かに漂う、わずかな違和感を。


「何か感じないかい?」

「ええと……」

「ほら、よく見て。ここだよ、ここ」

「……あっ!」


 予想通り、そう経たないうちに何かに気づいた篠原さんが小さく声を上げた。


 やっぱり。篠原さんほどの素質があれば、すぐに気づくと思ったよ。


 しかし、せっかく僕がどうやって罠を見つけたのかそのコツを教えてあげたというのに、なぜか篠原さんの表情はあまり嬉しそうには見えなかった。


 どうしてだ?


「嬉しくないのか?もうスキルを使わなくても罠を見つけられるんだよ?」

「あ、嬉しくないわけじゃないんです。ただ、このやり方で罠を見つけるのは、私にはちょっと難しいんじゃないかと思いまして。キツネさんがこうして教えてくれなかったら、ここに罠があることすら気づけなかったでしょうし……」

「ええっ、そんなことないよ。篠原さんみたいにすぐ気づく人なんて少ないんだから、十分素質はあるよ。自信を持っていいよ、篠原さん!」


 篠原さんの声からは、自分には到底無理だという感情が見えているけれど、それは篠原さんの勘違いだ。


「篠原さんなら絶対にできるから!」


 そんな気持ちを込めてぎゅっと篠原さんの手を握り励ますと、目を丸くした篠原さんが、やがて気恥ずかしそうにはにかんだ。


「励ましてくれてありがとうございます!頑張ってみます!」

「いい返事だ!じゃあ練習してみようか!また何か見つけたら教えてあげるからさ。あ、いや、待てよ。次は君が見つけてみるっていうのもありだな。どうだい?」

「はい!!頑張ります!」


 そうして僕は元気を取り戻した篠原さんと一緒に罠とモンスターの気配を察知する練習をしながら、どうにかダンジョンの出口付近まで辿り着くことに成功した。


 篠原さんはダンジョンの出口から差し込む神秘的な光を目にし、今までよりもずっと弾んだ声で叫んだ。


「出口!出口です!!やっと出られる……!!助かったぁ!」


 今度こそ本当に助かったのだという、安堵に満ちた声で叫ぶ篠原さん。


 だが、僕はそんな篠原さんに「よかったね」と返す代わりに、彼女が出口に気を取られている隙を狙い、妖力を使って音一つなく姿を晦ませた。


 今の僕は、ダンジョンの管理人の目を盗んでこっそりダンジョンに侵入した状態。

 やってはいけないことをしてダンジョンに入ったわけだし、そうでなくとも僕の正体がバレて家族に連絡でも行ったら一大事だ。


 なのでここでは姿を隠して消えるのが一番だ!!


 そうして誰にも気づかれることなく密かに気配を消し、ダンジョンの外へと出た僕は、こっそりと自宅へと足を戻した。


 ダンジョンの出口を出る時に後ろから「キツネさん、早く出ましょ……えっ!?誰もいない!?!?」という篠原さんの困惑の声が聞こえてはきたけれど、まあ命を助けてあげた上に特別にスキルの練習までしてあげたのだ。挨拶もなく姿を消したくらい、許してくれるだろう。


「ううーん。それにしても人助けもできたし、見込みのありそうな子に個人レッスンまでしてあげたし。今日は良いことをたくさんしたなぁ!」


 もちろんそのレッスンに集中したせいでダンジョンに無断で入ったことを忘れちゃって、出口の前でこっそり姿を消してしまい篠原さんを慌てさせてしまったけど!夜中にこっそり抜け出したのがバレたらこっぴどく怒られるだろうけれど!


 それでも全体的に見れば良いことをしたわけだし!良しとしよう!



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