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第25話 一人こっそりダンジョン3

 いや~、よかった、よかった!ギリギリ間に合ったよ!正直、もう少し遠かったら遅れるところだった!このお姉さん、マジで運がいいな!


 僕は今さっき倒した他のゴブリンよりなんかちょっと大きいゴブリンを踏みつけながら、身バレ防止のために声を少し低くし、目の前のおさげのお姉さんに聞いた。


「……ええと、君。大丈夫かい?」


 さっきから声をかけているのに反応がないな。もしかして来るのが遅くて打たれちゃいけないとこでも打たれちゃったのかな?


 一応、見た感じ特に目立つ傷はないけど。もしかしてどこかよく見えない急所でも殴られたとか、そういうやつか?これ今すぐ病院に連れて行くべきかな?いや、でも僕、こっそり家を抜け出してきたんだからバレるわけにはいかないんだけど。どうしよう。


 僕はそんなことを考えながら、呆然と地面に座り込んでいるおさげのお姉さんの前で手を振った。

 このままここに放置して死なせてしまうのも後味が悪いし、本当にやばい状況だとしたら、ひとまずこのお姉さんをダンジョンの入り口まで運んで連れて行って、ダンジョンの管理人の前にでも放り投げておこうかと考えていたからだ。

 だが幸いなことに、そんな事態は起こらなかった。

 魂が抜けたようにボーッとしていたお姉さんが、しばらくしてハッ!と我を戻したからだ。


「あ、ありがとうございます!おかげで助かりました……っ!」

「いや。運がよかったよ。僕がちょうど近くにいて。それより、立てるかい?」

「あ、はい!大丈夫……いたッ!」


 僕の言葉に、自分は平気だとアピールするように立ち上がろうとしたおさげのお姉さんは、まともに立てずにそのまま地面にペタンとへたり込んでしまった。

 そんなお姉さんの視線は、自分の左足首に向けられていた。

 その視線を追っていくと、少し赤く腫れ上がったお姉さんの足首が目に入った。


 なるほど。さっき転んだ時に痛めたのか。


「ポーションは?」

「それが……持ってないです」


 俯きながら申し訳なさそうに言うおさげのお姉さん。

 僕はそんなお姉さんの反応を見ながら、悩ましげに唸り声を漏らした。


「うーん……」


 どうしよう。この人こんなんじゃダンジョンから出るのも難しそうだけど。かといって、このまま見捨てていくのも後味が悪いし……。


 とりあえず目の前のおさげのお姉さんと違って、僕には一応自前のポーションがあることはある。以前『悲嘆の白い獣ダンジョン』に入った時、鈴ねーからもらったポーションを使わずに持っていたからだ。

 だからポーションを使ってこのおさげのお姉さんを治してあげること自体は難しくないけれど――。


 問題は、後で鈴ねーにポーションを使ったことがバレたらどう言い訳するか、なんだよね。


 間違いなくどこで使ったのか聞かれるだろうし、どんな言い訳をしようと、どうしてそんな怪我をしたのに自分に知らせてくれなかったのかとうるうるの目で聞かれるに違いない。

 それを考えると、ここでポーションを使うのは得策ではなかった。


 でも、ポーション以外の方法なら使えるんだよな。


 そう考えた僕は、涙目で自分の足首を見ているおさげのお姉さんに一つお願いをした。


「ねえ、君、ちょっと目を閉じてもらえないか?」

「え?目を……?」

「ああ。少しの間でいいからさ」

「……少しだけなら、わかりました」


 何を考えているのか僕を少し警戒するように震える目で見たおさげのお姉さんだったが、自分を助けてくれた僕の言葉を聞いても損はないと思ったのか、それともただ負傷を負った今の状況では自分が警戒してもそう意味がないと考えたのか、覚悟を決めたようにそっと目を閉じた。

 そして、僕はお姉さんが目を閉じた隙を狙って、彼女の傷ついた左足首を指差しながらイチゴに小声で指示した。


「イチゴ、頼む」

「キュッ!」


 すると、ここに来てからずっと僕のパーカーのフードの中に隠れていたイチゴがタタッ!と飛び出てきて、おさげのお姉さんの足首の周りをくるりと一周回ったあと、瞬く間に僕のフードの中に戻ってきた。

 そのあと確認するとイチゴが触れたお姉さんの赤く腫れた左足首には、透明な軟膏のようなものが塗られていた。イチゴが鎌鼬の秘薬を塗ってあげたのだ

 それを確認した僕は、再びおさげのお姉さんに声をかけた。


「もう目を開けてもいい」

「あ、は、はい!」


 おずおずと目を開けたお姉さんの視線が、傷んでいたはずの左足首へと向かった。

 直接見てはいなくても、自分の足に何かが起きたことくらいは肌で感じることができたようだ。

 僕はそんなおさげのお姉さんに、優しい声で言った。


「もう一度、足を動かしてみてみないか?あ、もちろん座ったままで!」

「は、はい。わかりました」


 そう返事をしたあと、恐る恐る眉間を寄せながら足首を動かしてみるおさげのお姉さんだったが、強張っていたお姉さんの表情が驚愕へと塗り替えられるまで、そう時間はかからなかった。


「えっ!痛くない……!?」

「そうか。よかったな!じゃあ、もう一度立ってみないか?」

「あ、はい!」


 僕の言葉に、差し出された僕の手を掴んで慎重に立ち上がるおさげのお姉さん。

 そして案の定、お姉さんはさっきと打って変わって何一つ不自由なく、自分の足で立つことに成功した。

 それを見たおさげのお姉さんが、目を見開いて叫んだ。


「痛くない!さっきまで立つこともできなかったのに……!……ポーション!ものすごく高いポーションを使ったんじゃ……!?」

「い、いや。そんなことはないよ」

「そんなわけないでしょ!打撲にだとしても、即効性を見せるやつは相当高いんだから!」


 命の恩人だと意識しているせいか、今までずっと敬語を使っていたおさげのお姉さんが、その敬語すら忘れてそう叫んだ。


 たかがポーション一つで、なぜこれほど大袈裟な反応を見せるのか。

 それは、ポーションというものがそのくらい高価なものだからだ。


 もちろん、すべてのポーションが高いというわけではない。正確には原液に近いものほど高価になる、と言った方が正しいか。


 ポーションというものは、基本的にダンジョンから得られるもの。だが、ダンジョンから得られるポーションの絶対数は極めて少ない。

 だからこそ人々は研究を重ねた。限られた量のポーションから、より大きな効果を引き出すための研究を。

 そしてその結果、人々はポーションを他の薬品と混ぜ合わせ、効能を引き上げる方向へと技術を発展させていった。

 そういうわけで、一般人が普段使うものは、そうした希釈合成物であり、この合成物におけるポーションの純度が高くなればなるほど、比例して価格も跳ね上がっていく。


 最近では企業の研究によって似た効能を持つ代替品を作り出せるようにできたと聞いたが、その効果はダンジョン産の原液に比べれば足元にも及ばないらしい。


 そんなわけで、鎌鼬の秘薬のように即座に効果を出すポーションは、かなり高いらしい。

 普通に病院に行って治療を受けるのと比べると、その何倍はするくらいには。

 だから、このおさげのお姉さんが取り乱すのもおかしな話ではなかった。


 まあ、今の場合ポーションを使ったんじゃなくて鎌鼬の固有能力を使っただけだから、僕の懐には何の痛みもないけれど。


 そんなことを知る由もないおさげのお姉さんは、申し訳なさそうに視線を泳がせ、覚悟を決めたように自分のポケットから財布を取り出し、それをそのまま僕に差し出した。


「はいッ!こ、これ受け取ってください!!」

「ええ……困ります」

「こ、これじゃ足りないってことですか!?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」


 それよりも、いくら請求すればいいのか見当もつかない、というのが本音だった。


 病院の治療費くらい?それともポーションの時価?あるいはその中間あたり?そもそもカマイタチの軟膏はいくらなんだ?


 仮に金額を決めたところで、目の前の小さな財布の中にそれほどの金額が入っているとは到底思えなかった。

 そもそもそんなに金を持っているなら、パニックになって財布ごと差し出そうとはしないだろうし。


 結局、少し考えた僕はおさげのお姉さんに財布を返し、代わりにこう言った。


「財布はいい。その代わり、さっき倒した大きなやつのドロップ品と……あとは水とか食べ物を持ってたら譲ってくれないか?うっかり持ってくるのを忘れちゃってさ」

「もちろんです!倒したのはそちらですし!これもどうぞ!」

「あ、うん。ありがとう」


 そんな話をした後、腰を直角にし、貢ぎ物でも捧げるかのように水筒と手のひらサイズのクッキーを何個か差し出すおさげのお姉さん。僕は苦笑いを浮かべながらも、それを受け取った。

 これで財布を押しつけるような真似はしないだろう、と思いながら。

 そこまではいい仕舞いだったが。


 ぐううううぅぅぅぅ――。


「「……」」


 おさげのお姉さんのお腹から、大きい腹の虫の音が盛大に鳴り響いた。

 それが号砲だったのか、鳴り続けるおさげのお姉さんの腹の虫。

 そして視線を泳がせながら何かを激しく葛藤した末、がっくりと肩を落とすおさげのお姉さん。


 これ、あれだな。間違いなく何も考えずに手持ちの食べ物を全部僕に渡しちゃったやつだな。


 結局、僕は苦笑しながら受け取ったクッキーの一つをおさげのお姉さんへと差し出しながら言った。


「……一緒に食べるかい?」

「い、いえ、そんな……(ぐぅ~)……お断りし……(ぐぅるるる)……は、はいぃ。ありがとうございます」

「いやいや。君がくれたものだからね」


 そうして僕とおさげのお姉さんは、ダンジョンの床に転がっていたゴブリンたちのドロップ品を回収した後、お菓子を口にしながらすぐに出口へと足を進めた。

 少し休んでいかないかと聞いたものの、疲れたのは我慢できるし、何より一刻も早くダンジョンから脱出したいというおさげのお姉さんの強い希望があったからだ。


「……」


 サクサクとお菓子を咀嚼する音だけが微かに響く沈黙。

 その沈黙を破り、先に口を開いたのはおさげのお姉さんだった。


「……あの、一つ聞いてもいいですか……っ!?」

「ん?何だい?」

「ほ、本当に人間なんですか……?」

「ゴホッ!ゲホッ!な、何……!?」



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