第24話 一人こっそりダンジョン2
皓とイチゴが入ったダンジョンのもっと奥。
そこでは呑気な皓たちとは違い、激しい戦闘が繰り広げられていた。
キィンッ!キンッ!ドウンッ!!
鉄と鉄が激突する音と、鈍重な何かがぶつかり合う音。
その音を響かせているのは、一人の少女と、彼女よりも頭一つは大きいゴブリン、ゴブリンジェネラルの一匹だった。
少女篠原雀は荒い息を吐きながら、盾とナイフを構えてゴブリンジェネラルと交戦しているが、その顔色はどこから見ても酷く疲弊しきっていた。
理由はただ一つ。
疲れないとおかしいくらいの数のモンスターを相手したあとだからだ。
その証拠に、すでに死体は消えているが、地面にドロップアイテムが多く散らばっていた。それがここでどんなに激しい戦いが繰り広げられたのかを物語っていた。
一目で数え切るのすら難しいほどのゴブリンとの戦闘の後、疲労でグタグタになったタイミングで現れたゴブリンジェネラル。本調子ですら厄介な相手だというのに、疲労している状態で立ち向かうには無理があった。
それでも雀が耐えているのは、ただ生きて家に帰りたいという一心ゆえだった。
篠原雀。
彼女の両親は、彼女が小学生の頃にダンジョンでモンスターによって殺された。
なので彼女は今、自分と同じ孤児たちが集まる児童養護施設で暮らしている。
そこには親に捨てられた子、不慮の事故で親を失った子も多かったが、その中で一番多いのはダンジョンによって親を失ってしまった子供たちだった。
事故や病気と違い、ダンジョンは一度問題が発生すると場合によっては小さな町一つが丸ごと地図から消えることすらある分、犠牲者の数の桁が違うからだ。
そんな施設の環境ゆえだろうか、雀は思いのほか早く施設に馴染む事ができた。そして今では施設の皆を本当の家族のように大切に思うようになっていた。
そしてそれが、こんな深夜に雀が施設をこっそり抜け出しダンジョンまで来た理由でもあった。
施設の家族、その中でも一番親しい妹、琴の誕生日が間近に迫っていたからだ。
『琴に、ちゃんとした誕生日プレゼントをしてあげたい』
しかし、そう決意したところでそれが勝手に手に入るわけもなく。
施設で暮らす子供には持つものよりも持たないもののほうが多い分、努力が必要だった。
一応考えてみたが、施設から貰える小遣いではとても無理があった。交通費や授業の準備物を買い揃えるだけでもいつもギリギリなのだから。
それで結局のところ、雀は琴に何かを買ってあげるには何かしらアルバイトをしなければならないという結論に脱した。
ただアルバイトをするとしても問題があった。
雀が考えている琴のための誕生日プレゼントというものが一般的なアルバイトの給料では到底手の届かないほど高額なものだったからだ。
『錬金術初心者制作キット』
それが先日2人で出かけた時、琴がじっと視線を奪われていたものの名前だった。
錬金術とは、ハンターに覚醒してない人間でも魔石を使って奇跡を起こすことができるアイテムを作り出すための技術。
モンスターによって家族を奪われたが、ハンターに覚醒できてない琴は、以前から錬金術に強く興味を持っていて、よく図書館で専門書を借りて読んだりしていた。
そんな彼女が『錬金術初心者制作キット』に興味を持つのは当たり前のことだったかもしれない。
しかし先に言った通り、『錬金術初心者制作キット』の値段はとても高い。
それも仕方ないのが魔法のような現象を作るアイテムを制作するための道具一式を集めたのだ。
いくら初心者向けとはいえ中身が平凡なもののはずもなく、当然ながらその素材の大半はダンジョン産のものばかりで、値段が高いのが理解できる構成だった。
ゆえに雀は心を決めた。ダンジョンに潜る、と。
すべては雀がとある事件をきっかけに、スキルを持ったハンターになったからこそできた決意だった。
そしてそんな雀が選んだのは、Fランクダンジョン『ゴブリンの巣』。
そこを選んだ理由は二つ。
そこが施設から一番近いFランクダンジョンだったことと、またごく稀に宝箱が出現するという噂が立っていたからだ。
そうして家族同然の妹、琴の誕生日プレゼントのため、という目的を胸に、雀は施設の皆には内緒でFランクダンジョン『ゴブリンの巣』へと向かった。
ダンジョンに入るときは少し緊張したが、ダンジョンの管理人が入り口で一度呼び止めただけで、ハンターライセンスを提示するとすぐにダンジョンに入ることを許可してくれた。
一人で入るのが心配になったのか小言は少し言われたが。
それもそうなのが日本の法で、ハンターライセンスを持つ者がダンジョンに入るのを強制に止めることはできない、と決められているからだ。
あ、もちろん中学生未満は保護者の許可証を持參し、年上の保護者を一人以上同行しなければならないけど。
とにかくそうしてダンジョンに入った雀は、思いのほかスムーズに奥へと進むことができた。
すべては雀が持っているスキルのおかげだった。
雀が持っているスキルは、探索(D)と短刀術(F)。
この中で特に役立ったのが探索(D)だった。
魔力を消費して周囲を探知するスキル。
下から二番目のランクで直接の戦闘力皆無、探知範囲も決して広くはなかったが、このスキルは極めて使い勝手が良かった。
雀が最も理想と思っている結末は、宝箱を見つけてそのまま孤児院に帰ること。そしてもしそれができそうになかったら、可能な限り安全に戦って無傷の状態で、できるだけ多くのモンスターのドロップアイテムを確保して帰ること。
そのため雀は探索スキルを使い、極力モンスターのいない道を選んで進み、どうしても敵を避けられない時では、一番敵の数が少ないルートを選んで短刀術を使って切り抜いて行った。
そうして戦闘を続け何一つ問題なく、自分はうまくやれていると確信した時だった。問題が生じたのは。
唐突に探索スキルが発動しなくなったのだ。
それを自覚した途端、急激に胃のあたりがモヤモヤと波打つような感覚に襲われた。
こんなに立て続けにスキルを使った経験がなかったせいで、自分の魔力の限界を悟るのが遅れてしまったのだ。
そこになって、雀は悩んだ。
「……戻るべき、かな?」
しかし雀はすぐに決められず悩んだ。
ここまで極力戦闘を回避しながら進んできたせいで、集まったドロップアイテムは数点だけ。
これでは目標の『錬金術初心者制作キット』を買えるか確信が立たなかった。
それに、ダンジョンに入るとあれこれ調べたり準備したりしてたから琴の誕生日、本当にもうすぐだし。
そんな考えが雀の足を重くした。
しかしそれも束の間。
「……やっぱり、帰ろう」
ダンジョンで過度な欲は命取りになる。
それは雀自身、誰よりもよく知っている事実だ。雀の両親もまた、ダンジョンから戻れずに死んでしまったのだから。
それに琴だって、自分の誕生日プレゼントのために実の姉のように慕っている雀が大事になってしまったら悲しむだろう。だからここで問題が起こってしまっては本末転倒ってことだ。
プレゼントは……もし足りなかったら少し遅れて渡そう。琴なら、きっと許してくれる。
そう心を決めて体を後ろに向けた、まさにその時だった。
カチッ!
「……」
雀の足が罠を踏み、そのトラップから無数のゴブリンたちが一斉に出てきてしまったのは。
それが、雀が絶体絶命の窮地に陥った経緯だった。
雀は激しく後悔した。
誰でもいいから人を連れてくればよかった……!
しかし雀が一人でダンジョンに来たことには事情があった。
一緒に来る人を見つけられなかったのだ。
昼間は学校へ通い、夕方には施設の子たちの面倒を見なければならない雀が、自由に使える時間といえば子供たちが全部眠る深夜だけ。
だから雀がダンジョンへ潜るには夜を狙うしかなかった。
しかしそんな雀とは逆に、まだ高校1年生に過ぎない雀の友人たちには門限があって、こんな夜中にダンジョンに潜ることができる人は一人もなかったのだ。
かといってネットで人を探して、見ず知らずの人たちとパーティを組むのは怖くて一人で来たというのに……!
状況がこうなると、そんな人でも集めてダンジョンに潜るべきだったと心の中から後悔が湧いてきた。
せめて最後にゴブリンジェネラルさえ出なかったらこうはならなかったのに……!
雀はそう考えながら唇を噛み締めたが、すでにゴブリンジェネラルが出てしまった以上、それは無意味な仮定に過ぎなかった。
雀はただ血が滲むほど唇を噛み締め、どこかから救いの手が現れることを、それが叶わないならせめてゴブリンジェネラルがミスを犯してくれることを心の底から願った。
しかしそんな都合の良い奇跡が起こることはなく、結局先に致命的なミスをしてしまったのは雀の方だった。
「きゃッ!!!!」
まだ死んで間もなく、体が残っているゴブリンの死体。
それに足を取られ、後ろへと尻餅をついてしまったのだ。
雀の体が大きく傾ぐのと同時に、ギリギリのところで均衡を保っていた戦闘の天秤もあっけなく崩れた。
「クルルルッ!!」
ミスをした雀を嘲笑うように声を漏らしたゴブリンジェネラルが、その好機を逃さず得物を力強く振り下ろした。
今にも華奢な雀の肉体を両断しそうに真上から降りて来る、ゴブリンジェネラルの凶器。
それがもたらすであろう激痛の予感に怯え切った雀は目をつむり恐怖に身を竦ませた。
「……」
しかし、いくら恐怖に震えていても、痛みは訪れず。
その妙な静寂に違和感を抱いた雀は、恐る恐る目蓋を上げ、恐怖に染まった瞳をゴブリンがいるはずの方向へ向けた。
そして、そんな彼女の目に映された光景は――。
「……ええと、君。大丈夫かい?」
ゴブリンジェネラルを片足で踏みついたまま、雀を見下ろしている狐の仮面を被った少年の姿だった。




