第21話 配信者クロカラス1
ここ数日一緒に過ごす中で僕は何度も見てきた姿。
しかし一度もモンスター(妖怪だけど)がおやつを食べる姿を見たことのないたっくんとみーちゃんは、そんな大したことない日常の姿でも大はしゃぎをした。
「かわいいーーッ!!」
「本当に普通の魚肉ソーセージも食うんだな。すげえな」
ベンチに座らず、少し離れたところでイチゴが自分の体くらいはある魚肉ソーセージを食べるのを見つめる二人。
そしてそんな二人を気にもせず、魚肉ソーセージに夢中になっているイチゴ。
僕はそんなみんなを見ながらいちご牛乳のパッケージを開けた。
すると。
「キュッ!?」
甘い香りに反応したイチゴがピタリと動きを止めた。
そしてそのまま首だけをいちご牛乳へと向けるイチゴ。
僕の手にあるいちご牛乳に釘付けになって見つめるイチゴの姿に、僕はふッと息を漏らすように笑った後、いちご牛乳の上の部分を全部開けてイチゴの横に置いてやった。
すると顔をトロンと緩めたイチゴが、夢中で貪っていた魚肉ソーセージを手から放し、フラフラといちご牛乳へと近づき、舌を出してペロッといちご牛乳を味見した。
「……」
舌を出したまま固まってしまったイチゴ。
しかしそれも束の間で。
「キュウイィィィィッ――――!!!!」
イチゴは「何ですかこれめちゃくちゃ美味いですけど――――!!!!」と叫び声を上げ、いちご牛乳に頭を突っ込んだ。
文字通り頭をいちご牛乳に突っ込んだイチゴは、何をそんなに焦っているのか全身をジタバタさせながらいちご牛乳を急いで飲んだ。
もしかしていちご牛乳って鎌鼬専用の麻薬か何かなのか?
そんな馬鹿げた考えが浮かぶほど激しい反応。
たっくんとみーちゃんもそんなイチゴの反応にただ呆然とその光景を眺めていた。
苺が好きだとは聞いていても、まさかイチゴがここまで激しい反応を見せるとは思ってなかったからだ。
しかし呆然とイチゴの食いっぷりを鑑賞していてもいい2人と違って、僕だけはこの状況を見過ごすわけにはいかなかった。
僕は完全にいちご牛乳に溺れそうなイチゴの首筋を掴んでそのまま上に持ち上げた。
「キュイ――!!キュッ!キュイイィッ――!!」
自分から遠くなっていくいちご牛乳に悲しんで悶えるイチゴ。
それはかなり可哀想な姿だった。
しかし僕はそんなイチゴを哀れむ代わりに、淡々とした声でヤツの名前を呼んだ。
「イチゴ」
「キュイイィッ――!!」
「……イ・チ・ゴ」
「キュ、キュッ……?」
遅れて自分を呼ぶ僕の声が尋常ではないってことに気づいたイチゴが、ピタリと動きを止めた。
そして恐る恐る僕の方へ緊張の目を向けるイチゴ。
僕はそんなイチゴと真っ直ぐ目を合わせながら、警告を込めて静かに言い聞かせた。
「行儀が悪いそ。気をつけなさい」
もしかしてこの子はまた丸洗いされたいのかな?
僕も面倒だが、お前も嫌だろう?
そんな僕の考えを読み取ったのだろうか。
イチゴは激しく首を縦に振ることで、これからは気をつけますと意思を示した。
僕はそんなイチゴの反応に「今回は見逃してやる」とイチゴにだけ聞こえる程度の声で警告した後、イチゴをベンチへ戻してやった。
すると遅れていちご牛乳に目が眩んで自分でも恥ずかじい反応を見せてしまったと思ったのか、イチゴが前足を上げていちご牛乳でぐっしょり濡れた顔を拭い始めた。
そうやって手で拭ったところでそれが牛乳である以上、石鹸でちゃんと洗う以外の道はないと分かっていながらも、僕はただイチゴが毛繕いをするのを眺めた。
ああやって顔を拭けば、少なくとも見た目だけはまともになると思ったからだ。
とにかくそうして顔を何とか手で拭いたイチゴは再びおやつを食べ始め、結局たっくんがくれた魚肉ソーセージといちご牛乳を一人で平らげてしまった。
その後に残ったのは、パンパンに膨らんだお腹をしてベンチに横たわっているイチゴだけ。
僕がそのパンパンに膨らんだお腹を指先でツンツンと突いていると、みーちゃんが心配そうな声で聞いてきた。
「ねえ、皓くん。イチゴちゃん大丈夫なの?食べ過ぎたんじゃない?お腹パンパンだけど……」
「おい、美奈。こう見えてもモンスターだぞ。大丈夫に決まってるだろ」
「ああ、たっくんの言う通りだよ、みーちゃん。イチゴは全然平気だよ!」
イチゴはモンスターではないけど妖怪だし、何より前に苺を初めてあげた時と比べたら量もそこまで多くなかった。
きっとこのパンパンに膨らんだお腹もすぐに元の姿に戻るはずだ。
だから心配はないし、今のこの面白い姿を楽しまない理由もない。
僕はイチゴの膨らんだお腹を指先でツンツンと突き続けながらふふふッと笑った。
少し離れたところでみーちゃんとたっくんが羨ましそうに唸る声が聞こえてきたが、これはイチゴの飼い主である僕にだけ許された特権。
僕は二人の視線を楽しみながら、イチゴのパンパンの腹を指でくすぐった。
くすぐられながらもパンパンのお腹のせいでイチゴはろくな反抗もできず、手だけを前に振った。
そうやってしばらくイチゴで遊んでいるとき、不意にそう遠くないところから大きな声が聞こえてきた。
「あっ!!その白いモンスター!!お、お前……リンネの弟だな!!」
どう見ても僕を指す言葉に頭を上げると、近くの中学校の制服を着た男の子が僕を指差しているのが見えた。
黒髪のところどころを赤く染めたメッシュ頭をしているその中学生は、瞬く間に僕の目の前まで走ってきて、宣言するように言った。
「お前!俺様と一緒に配信しろ!」
道端で出くわした見知らぬ人物からの突然のコラボ配信の誘い。
しかもなぜか片目を手で隠しながらの痛々しいポーズで。
これに対して僕が返せる言葉は一つしかなかった。
「……ええと、どちら様ですか?」
「……はあ!?!?お前俺様を知らないのか!!?」
知りませんけど。今日初めて会いましたし。
自分が相手を知っているからといって、初対面の相手も自分を知っていて当たり前だと思うなんて、どれだけ自意識過剰な人間なんだ、この人は。
そんなことを考えていると、横で状況を眺めていたたっくんが驚いた顔で赤メッシュ頭の中学生を指差しながら叫んだ。
「く、クロカラス!!」
何だ、クロカラスって?天狗か何かか?ていうか。
「たっくん、この人知ってるの?」
まさか僕が覚えてないだけでどこかで会ったことがあるとか?
首を傾げて聞く僕に、たっくんが呆れた声で答えた。
「クロカラスだよ、クロカラス!有名なダンジョン配信者のあのクロカラス!」
「へえー。そうなんだ」
「テレビにまで出るほど有名な人だぞ!なんで知らないんだよ!」
いや、その、今まであんま興味なかったから。
ダンジョン配信に興味持ったのつい最近だし。仕方ないだろ。知らなくても。
と思いながらも僕は態度を改めた。
たっくんの話どうりなら結構有名な人のようだし。せっかく話をかけてくれたんだから、愛想良くしておくか。
そこまで考えた僕は即座に表情を切り替え、赤メッシュ頭の中学生、クロカラスにニッコリ笑いながら挨拶をした。
「初めまして!リンネお姉ちゃんの弟の皓です!」
「お、おう。マジで俺が誰か知らなかったんだな……。少しショック……じゃなくて!ゴホン!改めて名乗ろう!俺様は黒き翼の死神、クロカラスだ!」
クロカラスはそう自己紹介しながら、再び先ほどと同じ痛々しいキメポーズを取った。
いや、その、あれだな。何か喋るたびにそうやってポーズを取らなきゃいけないのか?そんなルールでもあるのか?それとももしかしてこれがあの有名な噂の中二病ってヤツなのか??
僕はそんなことを考えながらも、顔にはニッコリと無邪気な営業笑顔を浮かべながら話を続けた。
「はい!クロカラスさん!よろしくお願いします!それで、さっき一緒に配信しようって言ったのは、ダンジョン配信のことですか?」
「ああ!そうだ!リンネの配信に出たのを見る限り、お前も配信者なんだろ?悪いことは言わない!このダンジョン配信界の黒き星、クロカラスが導いてやる!俺様と一緒にコラボ配信しろ!」
堂々とした姿勢で、自分と組むのが当然だと言わんばかりに告げるクロカラスさん。
言葉にも態度にも一点の迷いがないその姿に、少々感嘆が出るくらいだった。
だがしかし。




