第2話 初のダンジョン(社会科見学)1
流行。
ある時は食べ物、ある時はサブカルチャー、またある時は特定の集団や人物になるもの。
そんな数ある流行の中で、現代において最も流行っているものは何かと尋ねられれば、誰もが口を揃えてこう答えるだろう。
「ダンジョン」だと。
それについて肯定的に考えていようが、否定的に考えていようが関係なく、誰も否定できないのが現代におけるダンジョンの流行というものだ。
そして誰も否定できない流行り物は多くの人々の憧れとなり、「自分もやりたい」「触れてみたい」と思う人が増えていくのが自然な現象。
そうなれば当然、関連する職業が生まれることとなる。そしてその結果一般的な職業となったものを公教育だからといって無視することはできない。
そして、その余波は小学校という教育機関に所属する僕も避けて通ることはできず。
一時代を恐怖に陥れた九尾の狐の転生者、この三日月皓も、致し方なくこの社会科見学という制度に縛られ、今ダンジョンに来ていた。
しかし、退屈だな。早く家に帰りたい。
小学生の社会科見学だからということで選ばれた、出てくるモンスターがスライムしかいないダンジョン。
あの過酷だった平安時代でも、危険な妖怪のトップクラスに立っていた僕としては、ここは退屈でしかなかった。
おまけに、よりによって洞窟型のダンジョンだから湿っぽく、子供たちは社会科見学だからと浮かれていて、引率は疲れているのかどことなく顔色が悪い。そして何より。
「はーい、みんな〜!みんなの可愛いアイドル、ルンルンだよ〜!!」
空気を読めず引率にだだをこねて、ダンジョン配信をしている子がうるさくて頭が痛い。
社会科見学でスライム程度しか出ない安全な場所とはいえ、一応ダンジョンという危険な場所に入るのだから、動きやすい服を着てくるようにと言った先生の言葉も完全に無視したとしか言えない、ひらひらのスカートとブラウス。おまけに新調したのが明らかな光沢の生きた桃色の靴を履いている女の子。
ダンジョンに入るやいなや「キャーキャー」と浮かれた声を上げていたその子は、今、引率の制止にもかかわらずダンジョンカメラを飛ばし、堂々と配信をしていた。
いや、まあ。小学生はこういう機会でもなければ普通はダンジョンに入ること自体が難しいから、それを配信したいと思う気持ちは理解できる。しかしそれが学校行事に臨む態度なのかと問われれば、首を横に振らざるを得ないというものだ。
引率をするハンターたちも僕と同じことを考えていたのか、彼女を横目で見ながら深い溜め息を吐いた後、他の子供たちを引率して先へと進んで行った。
そりゃあそうなるよね。ダンジョンに入る前に注意させる引率のハンターたちに、泣きながらだだをこねて、しかもその時のセリフが、「パパに言いつけてやる!」とか、「引率の先生が意地悪したって教育委員会に通報してやる!」とか言われたら。変に刺激して面倒なことになりたくないと考えるだろう。僕がその立場だとしてもそう思うはずだ。
というか。自分は何を言ったかもちゃんと理解できていなだろうな、あの子。おおよそ、ネットで拾ったことをそのまま口にしただけじゃないかな。バカだし。
ともかく、そんなわけで僕はダンジョンに入ってからずっと気分が地面を這っていて。
こうなるくらいなら、やっぱりたっくんの誘いを断って他のところに行くべきだったかな。でも、特に行きたいところもなかったしなあ。とか考えていた。
そんなところで、一人でみんなの後ろをついていっていた僕の隣に、クラスの一人が近づいてきた。
僕をここへ誘ったクラスメート、たっくんだった。
「よお、皓!元気ないな。朝飯食わなかったのか?」
中村太一。あだ名はたっくん。
僕のクラスの副委員長。ちょっと残念なところもあるけど、人当たりが良くて運動もできるクラスの人気者。
昔からなぜか頻繁に僕に構う、僕の幼馴染。
彼は初めてのダンジョン探索にウキウキとした顔をしていた。
まあ、将来ハンターになりたいと言っているくらいだから当然と言えば当然か。
「いや、なんでも。ただちょっと湿っぽくてさ。たっくんはベタベタして気持ち悪いと思わない?」
「いや?俺は平気!むしろ元気なくらいだ!俺は将来トップハンターになる男だからな!これくらい慣れないとな!」
「そうなんだ」
結局、お前も我慢しているだけで、ジメジメして気持ち悪いと思うのは同じだってことだな。
ダンジョンだと言っても色んなものがあると聞いたけど、もう少し環境を選べなかったのかな。もっとこう、草原フィールドとかさ。それならピクニック気分で行けるのに。まあ、あれこれ考えた結果、これが最善だから選ばれたんだろうとは思うけどさ。
そうしてダンジョンの湿気に耐えながら歩くこと約二時間。
いよいよ、みんなが待ち望んでいた時間がやってきた。
「よし、それじゃあみんな、ここでお昼を食べましょう。ここはセーフエリアだから安全だけど、ここから出るとモンスターが出るので、みんなここから出ないようにしてくださいね」
社会科見学に来た生徒たちにそう言った引率が、他の引率たちと一緒にご飯を食べに行き、生徒たちもそれぞれ集まってご飯を食べ始めた。
「よお!皓!一緒に飯食おうぜ!」
「あ、うん。分かった。ええと、あっちで食べようか」
人が少ない場所を選んで足を進めると、たっくんがニヤけた顔で僕に話しかけてきた。
「なあ、皓。俺の弁当、今日何だと思う?」
「お弁当?」
今からその弁当を食べるんだから、すぐに分かるというのに、その中身が何かをそんなにもったいぶって言う必要があるのか?
いや,待て。何かがおかしい。今言ったどうり、お弁当を開ければすぐに分かることをわざわざこうして言うということは、そのお弁当に何か特別なものがあるということだ。
それも、間違いなく僕の気を引く何かが。
そして僕がそれほど気にする食べ物といえば……。
「まさか、お前!!」
「ふふっ。そうだ!この俺様の弁当は、お前の大好物のいなり寿司だ!」
「ごくり。ち、ちなみに聞くけど。僕のお弁当のおかずと交換する気はあったりするのか?」
「はっ!何の馬鹿なことを聞いてるんだよ!あるに決まってるだろ!むしろ、お前と一緒に食うと言って、母ちゃんに多めに作ってくれって頼んだくらいだからな!」
「おおお!!さすがたっくん!!俺の友達!!信じてたよ!!」
「エヘン!」
顎を上げて『もっと俺を褒めろ!』と言わんばかりのたっくんは、僕の小さな称賛の言葉と引き換えに、本当に僕にいなり寿司を分けてくれた。
しかも二個も!
思ってもない幸運だった。
今日は僕の家族みんなが忙しくて、僕の弁当はただの塩おにぎりにハンバーグだっていうのに!!たっくん、君というやつはなんて素晴らしい友達なんだ!!
あまり来たくもなかったダンジョンに来たことで後悔して、少したっくんを恨んだりもしたけれど、それは全てチャラだ。
むしろ、僕のほうから何か恩返しをしなければいけないのではないかとすら思えてきた。
よし。今度、君が困ることがあれば、それが何であれこの僕が一度助けてやるとしよう!
そんなことを考えながら、楽しくたっくんにもらったいなり寿司を味わっていた時のことだった。
美味しそうにお弁当を食べていたたっくんの手が止まったのは。
彼は何か気になることがあるようで、ある一方をじっと睨みつけていた。
「たっくん、何見てるの?」
少し気になって、たっくんが見ている方向へ視線を向けると、さっきまでお弁当を食べていたルンルン。本名、橘ルナがこそこそとセーフエリアの外へ出ていく姿が見えた。




