第3話 初のダンジョン(社会科見学)2
ああ、なるほど。あいつのことが気になったのか。こいつ、こう見えても一応副委員長だからな。
そして、そんな僕の考えは当たっていたようで、そのまま箸を置いたたっくんが「少し行ってくる」と言って、橘がいる方へと向かっていった。
今にもセーフエリアから出ていきそうな橘を見て、引率の人を呼んでくる余裕もないと思ったのだろう。
「おい、橘。お前、いい加減にしろよ。さっきハンターさんがここから出るなって言ったの、聞いてただろ?何勝手に出ようとしてるんだよ」
「はあ?少し位いいでしょう?暇だし。どうせスライムしかいないんだから、危険なこともないし」
「バカかお前。暇だからって勝手に行動するんな!一応学校の行事なんだから、もう少し……」
たっくに小言を言われながらも、セーフエリアの外側へ足を進める橘。
それを見たたっくんが、橘を無理にでも連れ戻そうと彼女を追ってセーフエリアの外側へ足わ運んだ。
そして、その瞬間。突然橘の後ろから大きな何かが現れた。
まるでプリンのように揺れる不定形の何か。
このダンジョンの唯一のモンスター、スライムだった。
しかし、全体的な形は同じでも、その大きさが他のスライムとはまったく違った。
一般のスライムは子供が両手で抱え込むに丁度良いクッションほどのサイズだというのに、今橘の後ろに現れたスライムは小学生とはいえ人間である橘よりもずっと大きかった。
あれってイレギュラーモンスターじゃないか!?
まだ自分の後ろに現れたスライムに気づいてない橘とは違い、彼女の後ろに現れたイレギュラースライムに気づいたたっくんが、彼女に向かって走って行きながら橘の名前を叫んだ。
「……橘!!後ろ!!」
「え?キャああッ!!」
突然現れたイレギュラーモンスターに驚いてそのまま固まってしまった橘。そして、当然のように無防備な状態の獲物に襲いかかるイレギュラースライム。
それを見たたっくんが、迷うことなく橘のもとへ駆けつけて行ってその勢いのまま橘と一緒に横へ転がった。
勢いのあまりかなり遠くまで転がっていく二人と、二人が立っていた場所に一歩遅れて放たれたスライムの水鉄砲攻撃。
パッ!!シュウーーー。
スライムの水鉄砲が落ちた地面が、怪しい煙と共に溶けていった。
スライムの水鉄砲攻撃は、軽い火傷を受けるくらいで、ハンター協会で購入できるポーション入りの軟膏で治ると言っていた引率のハンターたちの言葉とは全く違う攻撃力。
冗談抜きで一発でも当たれば骨まで溶けてしまいそうな攻撃に、辛うじて助かったたっくんと橘の顔が恐怖で青ざめた。
予想以上のスライムの攻撃力に危機感を感じた僕はそんな二人に向かって叫んだ。
「……おい!二人とも!早くセーフエリアに戻って来い!!」
「そ、そう言われても……」
そう。そう言われても逃げられるはずがない。
イレギュラースライムがセーフエリアの通路を塞ぐ形で立っていた。
セーフエリアに逃げなければ助からないのに、セーフエリアに逃げるには目の前のイレギュラースライムを何とかしなければならない、ということだ。
どうしようもない状況に、橘の目元に涙が溜まるのが見えた。
そして、橘を守るように彼女の前に立つたっくんの姿も。
「ああ、もう……!!」
大して親しくもない同級生なんて無視すればいいのに。無駄に首を突っ込みやがって!
おかげでこっちも無視できなくなったじゃないか!
人間が嫌いだったとしても、それは昔の話。
人間に生まれて様々な人間と出会い、その怒りも嫌悪感もほとんど消えてしまった。
今となっては、僕の周りの人間は、何の苦労もなく安全な場所で平穏に暮らすことを願うようになったくらいだ。
そして幼馴染のたっくんも、僕にとってはその周りの人間の一人に入る存在。
そんな人間が、こんな場所でこんな形で死ぬのはとても胸糞悪いことだ。
それに、いなり寿司の恩返しとして、たっくんになにかあったら助けてやると決めたばかりだしな!!僕といなり寿司に感謝しろよ!たっくん!!
そこまで考えた僕は、遅れて狀況に気付いたのか後ろから呼びかける引率のハンターの言葉を無視して、イレギュラースライムに狙われている二人の方へ走り出した。
しかし普通に考えて、小学生の脚力で二十メートルはある距離を一瞬で駆けつけるのは無理がある。
仕方なく僕は、九尾の狐としての力を脚の方へ送り、走る速度を上げた。
すると、さっきとは比べものにならない速度でモンスターとの距離が縮んで行った。
そうやって僕がイレギュラースライムの前に到着するまでにかかった時間は、わずか三秒。
再び獲物である二人を攻撃しようと、流線型の体の内部でぶくぶくと気泡を踊らせ始めたイレギュラースライムの前に立った僕は、そのままスライムの核に向かって拳を突き刺した。
トブッと
トブンとした音とともにスライムの中に腕が入った瞬間、中に入った腕の外側がじわじわと熱くなって行った。
イレギュラースライムが、中の体液で自分の体内に侵入した僕の腕をそのまま捕食しようとしているのだろう。
しかし。
甘い!!これくらいで僕を止められるはずがないだろう!!
人間の子供の体に生まれ変わったとはいえ、今の僕の体は妖力を使って強化されている。
たかが下級モンスターの体液ごときで、有意味なダメージを与えるのは不可能!
僕はそのダメージを無視し、腕に送る妖力をさらに強くした。そしてその妖力で指先を獣のように鋭く変形させ、そのまま奴のコアに突き刺した。
指先にガラス玉のような硬い感触が触れると同時に、
カキン――!!
と、イレギュラースライムの中から何かが割れる音がした。
そして、その音が聞こえたのを境に、イレギュラースライムのプヨプヨな体が瞬く間に崩れていった。
イレギュラースライムの中心にあったコアが壊れ、スライムとしての形を維持できなくなったのだ。
イレギュラースライム退治成功!てことだ。
「ふうー。なんとかなったな」
割とギリギリだったけど。
もう少し遅れたら危うく、いなり寿司の恩人であり僕の友達であるたっくんをたかがイレギュラースライム相手に失うところだった。やれやれ。
流してもない汗を拭う真似をした僕は、もはや弾けた水風船のようになったイレギュラースライムをそのままにして、たっくんたちのほうへと体を向けた。
「たっくん、橘さん、大丈夫?怪我とかない?」
「……あ、……う」
「ん?」
「……お、お前!大丈夫か?!それに、その耳と尻尾は何なんだよ!!」
「……え?耳?尻尾??ウワッ!!」
たっくんの叫びを聞き頭を触った僕は、その時になってようやく、隠していた狐の耳と尻尾が出ていることに気づいた。
うわあああああ!!!やだ!!何でこれが出ているんだよ!!僕、尻尾を隠すことも忘れるほど全力で走ってきたの!?しかも、まだ本来の力を取り戻していなくて、一つしかない尻尾を!?!??恥ずかしすぎるんだけど!!いや、そうじゃなくて!!早く引っ込もう!早く!こいつらにはともかく、さすがに引率者にまで見つかったらヤバい!!
僕は半分パニックに陥りながらも、なんとか引率が到着するよりも早く狐の耳と尻尾を隠すことに成功した。そして、僕の前で呆然としている二人の手をぎゅっと握りながら言った。
「……たっくん、橘さん!!これ、秘密にしてくれない!?!!?お願い!!!」
マジでお願い!こんなの他の人に見つかったら、また退治されちゃうから!
もしここで首を縦に振ってくれなければ、僕も心を鬼にして、二人に少し手を出すしかなくなるから!お願い!!
そんな僕の心の熱量が伝わったのだろうか。
二人は幸いにも、僕のお願いを聞いてくれるそうだ。
そんなこんなで、その後は遅れて到着した引率のハンターにお説教を食らい、流石にイレギュラーモンスターが現れたダンジョンでそのまま社会科見学を続けるわけにはいかないという理由で、社会科見学は中止となった。
その後は、軽い火傷を負った僕の腕と、橘を突き飛ばした時に挫いたたっくんの足をポーションで治療してもらった後、簡単な事情聴取。
その過程でイレギュラースライムをどうやって倒したのかという質問を受けたが、驚いたたっくんと橘さんは、ただ「怖くて目を閉じていてよく分からない。目を開けたらイレギュラースライムが倒れていた」と言うばかりで、まともな事情聴取にはならなかった。
そして僕はどうなったかというと――。
「はい。その時、この子に耳と尻尾が出ているのを見ました」
「そうですか。僕、ちょっとお姉さんとお話ししようか?」
「……はい。分かりました」
同級生二人の口封じをしたにもかかわらず、同行した引率のハンターの証言で、早速耳と尻尾をばれてしまった。
そりゃあそうだよね。見えちゃいますよね。低ランクだとしてもハンターだものね。焦りすぎて忘れてたよ。
結局、狐の耳と尻尾についてバレてしまった僕は、一人で協会の職員と話をすることとなり、その結果、僕の耳と尻尾はスキルの一種であるだろうと結論づけられた。
ダンジョンやモンスターがいる世界に住んでいながらも、彼らが妖怪について全然知らなかったおかげで起きる事ができた幸運だった。
そうしてダンジョン協会からスキルと個人情報が記載されたハンターカードを受け取って解放された僕は、協会を出た後、さっきのイレギュラースライムと戦った時にも流さなかった冷や汗を拭いながら静かに呟いた。
「マジでよかった。こんなことで陰陽師どもにバレたら、たまったものじゃないからな」
そうやってトラブルが起きた割には、割とスッキリ終わった社会科見学に、僕は胸をなでおろした。
だがこの時の僕はまだ知らなかった。
イレギュラースライムが現れる前からずっと、橘のダンジョンカメラが回っていたことを。そして、そのカメラに僕がイレギュラースライムと戦う姿がばっちり映り、その戦闘がライブでインターネットに流れていたということを。
真の波乱はまだ始まってもいなかったのだ。




