第17話 マスコットの採用2
皿を片手にして話す僕の言葉に、鎌鼬は首を横に傾げた。
「キュッ?」
「ああ。条件は何かって? それはだな、僕の質問に正直に答えること。それだけだよ。そうしてくれたらこの皿の上のイチゴは全部お前のものだ」
僕はそう言いながら皿の上のイチゴを手で掴み、鎌鼬の前でチラつかせた。
すると、まるで良くないクスリでも飲んだかのようにトロンと解けた目をした鎌鼬の頭が、イチゴに釣られて動いた。
確かに昔より美味しくなったとは思ったけど、現代の様々な美食に免疫のない鎌鼬には、刺激が強すぎたようだ。
僕は全く正気に戻る気を見せない鎌鼬の前からイチゴを隠し、改めて奴に問いかけた。
「さて、それじゃあ僕の質問に答えてくれるな?」
「キュッ! キュキュッ!」
イチゴを人質に取った僕の質問に、鎌鼬は何の躊躇もなく首を縦に振った。
「おお、いい返事だな。じゃあ早速質問だが。お前はどうしてあそこに、しかもあんな姿でいたんだ?」
「キュウ、キュウゥッ? キュッ! キュキュッ!」
「ああ、そうか。なるほど。腹が減ってエサを探しているうちに洞窟へ迷い込んで、そこで赤い玉を見つけて以降はあんまり覚えてない、ということか」
「キュッ! キュウゥッ!」
「あ、でもイエティみたいな姿になった理由は薄っすら覚えてるのか」
「キュッ! キュキュキュッ!キュウ、キュッ!」
「ああ、なるほど。一人で思うように動けない状態でいるのが怖くて、とにかくダンジョンに落ちてるアイテムを本能的にかき集めて体の周りを包んだ、と。ふむ。そういえば協会の人たちも、イエティの体を構成していた毛の大半がダンジョンに生きるツノウサギのものだったって言ってたな。なるほど。だからイエティの姿をしていながら氷を使った攻撃をしてこなかったのか。あ、じゃあ風の攻撃がギリギリまで感じ取れなかったのは、鎌鼬特有の能力だったのか」
なるほどなるほど。状況はおよそ把握した。
要するにコイツは偶然ダンジョンに入ってしまって、偶然赤い玉(ダンジョンの核)を見つけてそれに囚われてしまった。そして半分朦朧とした状態のまま、動物の本能に従って身を守るための手段としてそれを使った、と。
ふむ。ダンジョンの核に妖怪が触れると理性を失うかもしれない、ということ。それ一つを除けば、今の会話で役に立つ情報は皆無だな。
けれど、ダンジョンの核に妖怪が触れると理性を失うかもしれないという点。これだけは実に重要な情報だった。
さっきダンジョンの核に触れた時は何ともなかったけど、次もそうだとは限らないからな。
この体は人間の両親から血と肉をもらって生まれた純然たる人間の肉体だが、僕の魂は九尾の狐のものであって、しかもその力を行使することもできるのだ。
鎌鼬がそうなったからといって、僕も同じ様になると決めつけるのはまだ早いが、かといって油断していいわけではない。
まだ鎌鼬が入る前のダンジョンの核に触れてみたわけじゃないのだから。用心するに越したことはない。
「次からはダンジョンの核には触らないよう注意することとするか」
さて、じゃあ一番重要な『なぜ鎌鼬がダンジョンの核に封印されていたのか』という疑問は解けたとして。
次に気になっていることを聞いてみるとしよう。
「お前、ひょっとして僕に見覚えはないか?」
こうしてダンジョンの核と切り離してみると、余計にどこかでこの鎌鼬の気配を感じたことがある気がした。
しかし鎌鼬は本当に見覚えがないらしく、「キュッ! キュキュッ!」と微塵も悩むことなく首を横に振った。
「ふむ。見覚えない、と。でもなあ、やっぱりその気配覚えがあるんだよな。……もしかしてとは思うが、お前、モモ、っていう鎌鼬を知らないか?」
「キュ!?!?!?」
僕の質問に、鎌鼬はまるでスプリングのようにその場で跳ね上がった。
明らかに何かに驚愕しているような反応。
その反応に僕は確信を持って質問を続けた。
「もしかして家族……とか?」
「キュッ! キュキュッ!」
「……あ、曾祖母なのか」
「キュキュウッ?」
「ずうっと前に亡くなった曾祖母と家族だとどうやって分かったかって? そりゃあ似てるからだよ」
似ている。実にそっくりだ。見た目もそうだが、この鎌鼬と僕の知っている鎌鼬のモモは気配が本当にそっくりと言っていいほど似ていた。
ダンジョンの核に邪魔されてる状態でも、どこか懐かしいと思うほどに。
「そういえば食いしん坊で、果物が好きなところも瓜二つだな。モモはイチゴじゃなくて桃が好きだったけど」
「キュウッ?」
「曾祖母のことをどうしてそんなに詳しく知ってるのかって?」
そりゃあ、この体に転生する前、九尾の狐として君臨していた頃に繋がりがあったからだ。
部下、いや。側近と言ってもいい。
桃の香りにモモが釣られて僕の食べていた桃に襲いかかった以来、鎌鼬のモモはずっと僕の傍で仕えていたのだから。
モモという名も僕がつけてやったものだしな。
そんなことを考えながらモモの曾孫のもふもふの頭を指先で撫でていると、奴はその手から逃れようとジタバタ暴れながら、自分の曾祖母とどんな関係なのかと僕に改めて聞いてきた。
その問いに少し考えた僕は、モモの曾孫にこう答えた。
「狂月」
たった一言。
だが、その名を聞いた瞬間、モモの曾孫の反抗的な動きがピタリと止まった。
それが何を指すものなのか、誰の名なのか。知っているからこその反応なのだろう。
僕はそのまま硬直してしまったモモの曾孫を右の手のひらに乗せ、溜息を吐き出すように呟いた。
「……僕の前世の名だ」
「……」
僕の言葉を聞いたモモの曾孫が、まるでぬいぐるみのように固まったまま僕の手のひらの上に立った。
僕が口にした言葉が何を意味しているのか、呑み込むまでに時間がかかるみたいだった。
いや、もしかして僕の言葉を信じられなくてこんな反応なんじゃないか?
下手をしたら詐称犯だと疑われるかもしれない。そう思いついた時、
「キュ、キュイィィィィィッ――――!!!!」
突如飛び跳ねたモモの曾孫が、「きょ、狂月様――――!!!!」と叫び声を上げた。
いや、信じるのかよ。
こんな平凡な(?)小学生が平安時代を恐怖に陥れたあの『狂月』だという話に、こうもあっさり納得するとは。
モモは僕のことを一体どんな妖怪だと思って話してたんだ?
僕は少々複雑な心境になって、僕の腕を駆け上がって肩へ行き、反対側の腕へ渡り、頭の上を経由して、再び元いた手のひらへと戻ってきたヤツを両手で包み込むように捕まえた。
モモの曾孫が興奮しすぎていて会話にならないと思ったからだ。
そうやって両手で押さえてしばらくじっとしていると、ようやく落ち着きを取り戻したモモの曾孫が瞳をキラキラと輝かせて言った。
「キュッ! キュウッキュ!!」
「ん? 僕が生きていると信じていたって? それはどういう……」
「キュッ!! キュキュッ!!」
モモの曾孫は僕の質問に答える代わりに、毛でモフモフした自分の尻尾を探り、小さな石の欠片のようなものを取り出した。
それを見た僕は吸い寄せられるように手を伸ばし、それをモモの曾孫から受け取った。
色は濁った金色。
僕の小指の爪よりも小さく、道端で見たらただの変わった色の石だと思うくらいのもの。
しかしそれは、道端の石ころとは比べ物にならない価値を秘めている代物だった。




