第18話 マスコットの採用3
「これは……僕の核じゃないか」
正確に言うと、僕の核の一部。
僕が転生する際に粉々に砕けてしまったはずの、九尾の狐である僕の妖核、その小さな欠片だった。
とても小さい、こうして目の前にしなければ存在すら気づけないほどの小さな欠片だったが、それでも僕の妖核であるという事実に変わりはなかった。
そして自然と、僕があの九尾の狐『狂月』であることをモモの曾孫が容易く受け入れられたのか理解できた。
散り散りになって残っているのはほぼ痕跡程度だけだとしても、これほど近くでずっと僕の妖核の気配を感じていたのなら、僕の妖気にすぐ気づくのも当然のはずだ。
「キュウゥ……」
「……モモが僕の死後、僕が死んだ場所で見つけて、自分が死ぬまでずっと持っていたと」
「キュウキュッ……」
「この核がまだ光を宿しているのを理由に、どこかで僕が生きていると信じて、モモはずっと待っていたのか」
それはいかにも、未練がましいというか、馬鹿正直というか。
危うい希望を信じて息を引き取るまで僕を待ち続け、結局その未練を死ぬ間際まで捨てきれずに自分の子孫にまで託したなんて。
……実にモモらしいな。
いっそ自分で吸収してしまえばよかったものを。
欠片だとしても九尾の狐である僕の核だ。下級妖怪だったモモが食べたなら、より上の等級の妖怪になれたかもしれないし、そうでなくても寿命くらいは延びたはずだ。
そうしていればまだ生きてこの場にいたかもしれないのに。
一瞬そう思ったが、あのモモだ。そんなこと、絶対に考えもしなかっただろう、とすでに分かっていた。
敵が多くて常に周囲を警戒していた前世の僕が、側近として側に置くほど信頼していた妖怪だったからな、モモは。
すでに過ぎ去った過去はどうしようもないと、僕は頭を振って未練を振り払った。
そして僕は自分の妖気に反応してさっきよりも少し強く光を放っている妖核を手できゅっと握りながら、モモの曾孫に尋ねた。
「……貰っていいのか?」
「キュッ!」
これを僕が受け取ればお前は妖怪として大きく進化する機会を失うことになるが、それでもいいのかという問いだった。
だが僕の言葉にモモの曾孫は当たり前だと言わんばかりに激しく頭を縦に振った。
むしろ早く早く! と急かしまでしてきた。
その躊躇のない姿が、一瞬曾祖母であるモモと重なって見えた。
その姿にふっと笑みをこぼした僕は、迷いなく手の上の妖核をごくりと飲み込んだ。
外から見たら小石を呑み込んでいるようにも見える姿。
しかし僕の口の中に入った妖核は、細かく削られたかき氷のように口の中で溶け、瞬く間に僕の体へと吸収されていった。
すると、ごく僅かではあったが僕の体の中の妖力が大きくなったのを感じた。
そしてそれはモモの曾孫も感じ取ることができたらしく、モモの曾孫が食卓の上でぴょんぴょんと跳ね回りながら僕の変化を喜び祝った。
出会って間もない頃、若い頃のモモを思い出させるその姿に、僕は穏やかに微笑みながらモモの曾孫へと話をかけた。
「さて、それじゃあ疑問も全部解けたことだし。次の話に移るとするか」
「キュ?」
「お前も見ての通り、僕は今、人間の子供として生きている。そして人間の子供というのは大人の保護を受ける存在であって、それは僕も同じだ。だから、正直今の僕の状況じゃお前と一緒に暮らすことはできない」
「キュウゥッ!!!??!?」
僕の言葉にモモの曾孫は仰天し、その場で飛び跳ねた。
自分の曾祖母の主君に会うことができたのだから、これでこの厳しい現代を生き抜く道を見つけたと思っていたのに、僕がそれは不可能だと言い切ったからだ。
僕はショックを受けたようにふらつくモモの曾孫を見下ろしながら、話を続けた。
「お前のエサ代も、お前の生活に必要な物も、僕のちっぽけなお小遣いで賄えるようなものじゃないからな。この世界で食べ物を手に入れることがどれだけ大変なのか。それはエサを手に入れられずあんな目に遭ったお前もよく分かっているだろう? 昔なら狩でもしたはずだが、今の日本じゃそれも難しいし。それに今の僕は全盛期の力の4分の1も使えない状況なんだ。仕方のないことだよ」
「キュウ……」
僕の説明に、モモの曾孫は丸い瞳を涙でいっぱいにして横座りをした。
本当に絶望した様子。
かなり可哀想に見える姿だった。
しかしそんな姿を見せながらも僕に縋り付いてきたりはしなかった。
曾祖母の主君だった僕に迷惑をかけてはならないという思いと、自分で考えても僕の説明に何一つ間違いがなかったからだ。
そうしてモモの曾孫が完全に僕と一緒に住むのを諦めた頃。
僕は少し声を変えて、こう言った。
「しかし僕も、せっかく会ったモモの曾孫を野垂れ死にさせたいわけではない」
「キュウ……?」
「そこで提案なんだが、僕と一緒に働く気はないか?」
「キュ?」
「そうだ。僕がお前に仕事を与えるという意味だ。正確には僕のダンジョン配信のマスコット、まあ分かりやすく言えば僕のサポート役のようなものだが、お前がそれをやるというなら、お前を僕の配下として迎え入れ、食べ物と住む場所を用意してやろう。あ、ちなみにサポートと言っても戦闘とかじゃないからな。ただ僕の言うことをよく聞いて、言われたことをしっかりこなせばいいだけだ。どうだ。やってみるか?」
野生の鎌鼬が理解できるような詳しい仕事の説明など何一つしてない、大雑把極まりない説明。
正直、現代文化をよく知らないであろう鎌鼬にマスコットの概念を説明するのが難しいからと、説明を適当にしすぎたのではないかとちょっと心配になった。
だがこれ以上詳しく説明をしようとすれば朝陽が昇るまで終わらないかもしれない。だから僕のせいじゃない。
僕はそう思いながらも、僅かな不安を胸に抱いた。
見た目はイタチに似て愛らしく、僕の言葉をちゃんと理解できて、そのうえ危険な状況では最低限の自衛ができる鎌鼬。これは手放したくない人才、いや。妖才だが。
そんなことを考え、不安を抱きながらモモの曾孫を見下ろしていたが、
「キュッ!!」
モモの曾孫は微塵の躊躇もなく、僕に従うと返事をしてきた。
ただただ曾祖母の主君と一緒にいられることができて嬉しい、と言わんばかりの態度。
その曇りなき真っ直ぐな眼差しに、僕は「はっ!」と息を漏らして言った。
「モモの曾孫。お前、お人好しにも程があるぞ。少しは疑えよ」
「キュッ? キュッ、キュキュッ!」
「はあ。曾祖母の主君である狂月様が自分を騙すはずがない、だって? やれやれ。モモは一体自分の子たちにどんな教育をしたんだ」
いくら僕が曾祖母の主君だったとはいえ、少しは疑うように教育しておけよ。盲信しすぎだ!
「はあ、まあ。今はいいか。僕も無駄に説明に時間を使わずに済んだことだし」
「キュキュ~キュキュッ~!」
「何が『そうでしょうそうでしょう~』だよ! まったく!」
「キュッキュウゥッ?」
「いや、お前。今この状況でイチゴが重要か? いや、勿論約束は約束だからやるけどさ……。ほら、食え」
僕がイチゴが乗った皿を出してやると、モモの曾孫は嬉しそうな悲鳴を上げながら皿へと飛びついた。
そのままイチゴの皿の上に登り、その中で転がりながらイチゴを貪り食うモモの曾孫。
そんな奴を眺めながら、僕は後でコイツを丸洗いすることを考えて溜息をついた。
マスコットの採用が成功したのはいいが、この先が心配だ。




