第16話 マスコットの採用1
「うぅん。皓くん……ごめんね」
「……」
隠し部屋での戦闘の後、遅れて現場に到着した救助隊に保護され家まで送ってもらった僕は、今、鈴ねーの腕に抱かれてベッドで横になっていた。
夜に悪い夢でも見るんじゃないか心配だからと言って、鈴ねーが自分の家に帰らないと駄々をこねてうちに残ったからだ。
まあ、普段から僕のことを気にかけてくれる鈴ねーだ。今日はそんなこともあったし、このくらいの我儘なら別に聞いてあげてもいいと思ってオーケーしたけれど、それでもこれは……。
「……苦しい」
この状態じゃいくら眠くても眠れない。
夢の中でまで僕を守ろうとしてくれるのはありがたいけれど、本当に息が苦しい。正直そろそろ限界だ。
結局首をぎゅっと締め付けつづける鈴ねーのホールドに耐えかねた僕は、鈴ねーの腕を解きそっとベッドの外へと抜け出して首を動かせた。
バキバキッ。
うーわ。これが小学生の首から鳴っていい音か。
鈴ねー。一体どれだけの力で僕を抱きしめてたの?
鈴ねーが起きないよう心の中で呟いた僕は、何かを探すように腕をもぞもぞと動かす鈴ねーの手に自分の枕を差し出し、机の上で寝たふりをしている鎌鼬だけを取ってから静かにリビングへと出た。
「思ったより疲れたな」
久々の戦闘で疲れたというのもあるけれど、それ以上にその後のことで疲れたのが大きかった。
遅れて現場に到着した救助隊に連れて行かれて体に異常がないか検査を受け、その後はハンター協会の職員にどうやって隠し部屋に入ることになったのか説明を求められ、その次には鈴ねーを宥めるのに時間を使ったのだ。
疲れない方がおかしい。
「まあ、それでも隠し部屋のことは『僕、子供だからよく分からない』で通り抜いたけどね」
そもそも小学生に説明を求めること自体おかしな話だし、ハンター協会の職員もそれを分かった上で念のために聞いてみただけのようで、そこまでしつこくなかったけれど。それでも疲れるものは疲れるのだ。
「まあ、おかげで助かったこともあったけど」
僕はそう言いながら、未だに寝たふりを続けている鎌鼬を見下ろした。
ダンジョンで拾った鎌鼬は様々な検査と手続きを終えた後、協会の測定器ではランクが低くて危険性が低く、僕に懐いている(正確には怯えて命令に従っているだけだが)という理由で、正式に僕のペット、いや、テイミングモンスターとなった。
鎌鼬の首につけられている赤い宝石がついた首輪がその証拠だった。
モンスターが自ら同意した状態で首輪に血を登録すれば、真っ黒だった石が色をもつようになる。
そしてそれがモンスターに主人として認められた証拠だそうだ。
鈴ねーの話では、こうしてテイミングモンスターとして認められるには、普通なら直接モンスターを協会まで連れて行って様々な検査を受け、協会の管理者クラスにまでその検査結果の確認を取ってもらって、所有者認定をもらうまでに、少なくとも3日はかかるらしいからな。
けれど今回はダンジョン配信中隠し部屋に小学生が閉じ込められるというイレギュラー中のイレギュラーな状況だったため、協会のお偉いさんまで救助隊に同行していて、その場で必要な検査を行った後、すぐに管理者から判子をもらえたというわけだ。
僕はそんなことを考えながら、鎌鼬の首筋を掴んで目の前まで持ち上げた。
「もう寝たふりはやめたらどうだ?」
「……」
「……まさか僕が気づいてないとでも思ってるのか?」
「……」
「まあ、いい。それなら夜食は鎌鼬の丸焼きにでもしようかな。まだ鎌鼬は食べたことがないんだよね。この際普通のイタチと鎌鼬の味比べでもしてみるのも――」
「……キュ、キュウ!」
お、もう寝たふりをやめるのか。いくら僕が脅しのつもりで台所へ足を進めながら言ったとはいえ、諦めが早いな。
まあ、何にせよ話す準備が整ったことは良いことだ。
良いことではあるけれど……。
「……うーん」
コイツ、さっきからプルプルと体を震えているのもそうだし、こうしてまともに目を合わせないのもそうだし。
間違いなく僕にビビってるな。
まあ、九尾の狐である僕に鎌鼬が怯えるのは、動物としても、妖怪としても当たり前のことだけどね。
今の状況でこれはあまり良くないな。
コイツには色々と聞きたいことがあるんだから。
他の妖怪のこととか、さっきダンジョンでモンスターの中に入っていたこととか。
どうやら話をするには少しコイツの僕に対する恐怖を和らげておく必要がありそうだ。
そして、長年の経験から僕はこういう状態のヤツをどう扱えばいいかすでに熟知している。
まずは――。
「夜食でも食おうか!」
エサで釣れば何とかなる!
妖怪は妖怪でもコイツは動物だし! 食べ物の誘惑には勝てないだろう!
「キュウゥ~」
そして僕の予想通り、餌付けによって鎌鼬はすっかり僕に心を許すようになった。
僕は目の前でお腹を見せて転がっている鎌鼬を見下ろしながらボソリと呟いた。
「うん。めちゃくちゃチョロいな」
むしろチョロすぎる。これでも何度か餌付けを繰り返し、手間をかける必要があると思っていたのに、まさかたった一度エサをやっただけでこうして落ちるとは。
ちなみに僕がコイツにあげたのは、魚肉ソーセージ1本だけだった。
この夜更けに出してやれる腹ごしらえになりそうなものが、それくらいしかなかったからだ。
僕と鈴ねーがハンター協会で出されたご飯を食べている間、色々と検査をされてその間何も食べられずにいたせいで腹ペコだったのかもしれないけれどさ。コイツ大丈夫なのか? 生存本能はちゃんと機能してるのか? いや、少し前まで怯えきっていたことを考えるとちゃんと生きてるって分かるけど……。
「……なんというか、単純なヤツだな」
「キュッ?」
「ううん、何でもないよ。もっと何か食べるか? 果物もあるよ。甘いイチゴとかさ」
「キュウゥッ?」
「なに? イチゴは酸っぱいものじゃないのかって? うーん、確かに野生のものはそうだけど、最近のは色々あってさ……」
正確には品種改良とかそういうのがあって昔とは比べ物にならないくらいに美味しくなったけど……。
そこまで考えた僕は、鎌鼬の曇りなき瞳を見つめながら呟いた。
「言葉で説明しても分からないと思うよ。百聞は一見に如かず、物は試しだ。ほら、食べてみてよ」
僕は水で洗った真っ赤なイチゴを1つ、鎌鼬に差し出した。
すると鎌鼬は自分の顔くらいの大きさはあるイチゴに顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ後、嗅ぎ慣れた香りに安心したようにパクッとイチゴを頬張った。
そして。
「キュッ!? キュキュキュウッ!?!?」
そのままイチゴに夢中になって、我を忘れてくいつくようになった。
「そうかそうか。そんなに気に入ったか。それは良かった」
「キュッ! キュキュッ!」
「ん? もっと欲しいって? ふーん。まあ、いいけど。でも、その代わり条件があるよ」
正直タダであげても別に問題ないけど、これだけ食いつきが良いなら、このイチゴと引き換えに何か僕に得になるようなものを得ないとね。




