第12話 隠し部屋での戦闘1
「……」
目に見えない攻撃をギリギリかわした僕は、手を上げて熱い感覚が伝わる頬を指でなぞった。
頬を触った指に赤い液体。僕の血が付いているのが目に入った。
異変を感じて咄嗟に体を避けたおかげで致命傷は免れたが、それでも完全に避け切れず頬を切られたのだ。
僕は僕を写してるはずのカメラを意識し、手に付いた血に怯えたように足を後ろに引きながら頭の中では冷静に考えた。
何かがおかしい。
いくらカメラのことを考えて実力を隠していたとしても、この僕が一瞬反応が遅れてしまうなんて。
普通の攻撃とは思えない。
そこまで考えた僕は感覚を鋭くし、周囲の気配を探った。
そして正面にある祭壇、その上に白い塊のようなものが俯いているのに気づいた。
全身を白い毛で覆った、まるでイエティのような見た目をしている巨人。
大人と比べても二倍は大きそうなそれの頭の真ん中には赤く光る目があり、それは敵意を抱いて真っ直ぐ僕を見つめていた。
明らかに現世の生物ではないと言っているようなその姿。
僕はそれを見ながら怯えたように肩を丸くした。
「こ、怖い……!!」
しかしそれはただの見せかけ。
僕の目はそれを捉えたその瞬間から一度も離れずずっとそれを捉えていた。
祭壇の上にいたイエティに似たモンスター(面倒なのでそのままイエティと呼ぶことにしよう)がゆっくりと体を起こした。
するとただでさえ大きかったイエティの体が二倍になって、大岩くらいの大きさになった。
普通の小学生の体をしている僕とは比べ物にならない大きさ。
だけど強さとは大きさだけで決まるものではない。
真の力とは存在が内側に秘めているもので決まるもの。
パッと見たところ奴は絶対僕より強くなかった。
むしろずっと弱い。
ただ……。
ちょっとおかしいな。
どこか奇妙な違和感があった。
何よりさっきの攻撃。それを直前まで僕が気づかなかったという事実が引っかかった。
もしかして前から聞いていたダンジョンモンスター特有の特殊スキルなのだろうか?
奴の特殊スキルがどのようなものかは分からないけれど、油断できないことは確かだった。
僕は祭壇から降りて空洞の真ん中へと歩いてくるイエティを冷静に観察しながら、探りを兼ねて隠し通路に入る前からずっと持っていたスコップを怯えてうっかり投げてしまったフリをして奴に向かって投げた。
ブウン――と、奴に向かって頼りなさそうに飛んでいくスコップ。
だけどそのスコップには見た目とは違ってかなりの力が込められていた。
しかし。
カアン――!!
スコップはイエティの体に触れる前に何かに弾かれ、洞窟の壁に向かって飛んでいった。
僕はスコップが弾き飛ぶ軌道を目で追いながら静かに呟いた。
「……なるほど。風を操るスキルか」
おそらくさっき僕を攻撃したのもあのスキルだろう。
だけどそれだけでは僕の感知を逃れられた説明にはならない。恐らくそれに加えて別の能力を使ったはずだ。
そしてそれこそがダンジョンモンスターが持つという特殊スキルのはず。
そこまで考えた時だった。
さっき飛ばしたスコップが気に入らなかったのだろうか。
イエティが赤い目を光らせながら、僕の方へ襲いかかってきた!
「……うおッ!」
奴の攻撃をギリギリでかわす振りをしながら、僕は奴の攻撃を観察した。
普通、風を使う妖怪は動きが速いことが多いが、妖怪とモンスターの違いだろうか? 奴はそれほど速くはなかった。
目で追うのに十分な速度。
体格がデカくて一歩一歩が大きくはあったけれど、動き自体は鈍重極まりなかった。
ただ問題が一つあるとすれば。
「こいつ肉弾戦をしながら同時に風で攻撃してくるな」
正確に言うと、体の周りに風で作った刃をランダムに放出しているというものか。
僕がいる場所を正確に狙って突進してきたのを見ると、敵を感知できないわけでもなさそうだが、敵である僕がいる方向以外の別の方向にも風で作った刃を飛ばしていた。
「それにしてもややこしいな」
ただでさえ風を使う攻撃は目でその形状を見ることができなくてややこしいというのに、攻撃に当たる直前のギリギリの時まで攻撃に気づくことができないなんて、なおさらややこしいとしか言えなかった。
おそらくこの場にいるのが僕でなく他の誰かだったら、奴と出会うと同時に死んでいた確率が高かっただろう。さっき僕がギリギリ避けた最初の攻撃を避けることができなくて。
とにかく目の前の奴のスキルはそれだけ面倒なものだった。
「だからと言って対処法がないわけではないけどさ」
伊達にあの厳しい平安時代を平定したわけではない。
風を使う妖怪は飽きるほど会ってきたし、今まで一度も戦って負けたことがない。
結局僕にとっては奴の能力もちょっとややこしい、その程度の能力なのだ。
ただ……。
「体が大きいのがちょっと問題だな」
そう。体が大きい。すごく大きい。
こっちは小学生。それも同年代の子供たちの中でも小柄な方だと言うのに。
奴の体格は大人の人間どころか巨大な岩ほどの大きさだ。
これ、僕の攻撃通用するか?
正直、少し自信がないけど。
少なくとも肉弾戦で致命傷を与えるのは難しそうだ。
「さて、どうしたらいいか」
僕は再び自分に向かって突撃してくるイエティの肉弾攻撃を避けながら考えた。
目の前にいるイエティを相手にしながら僕が克服しなければならないことは四つ。
純粋に大きさで圧迫する肉弾攻撃への対処
気配を隠して近づく風の攻撃を把握できる方法の用意
奴の大きな胴体を貫いて致命傷を与えられる攻撃手段
一番重要な、戦いながら僕の可愛くてかっこいい姿をどうアピールするか!
1はそれほど難しくない。奴は体は大きいが速度は速くない。今まで通り避け続ければいいだろう。
残りの2と3はとりあえず対処できそうな能力はあるけれど――。
「……おっと! 危なッ!」
こいつ、人が落ち着いて考える時間をくれないな。
僕はイエティの攻撃を避けながら舌打ちをした。
奴の攻撃が速いわけではない。
ただこの空間が奴の体に比べて狭くて、攻撃を避けたと思ったらすぐにまた奴の攻撃の範囲に入ってしまうのだ。
こいつが間抜けで、最初の攻撃を除けば遠距離攻撃をしてこなかったからよかったものの。そうじゃなかったらこうやって考える時間もなかっただろう。
僕はそう考えながら再び突進してくる奴の攻撃を避けた。
とにかく対処できる能力におもいあたるのがあるから、倒すのはそれほど難しくなさそうだが。
問題は僕がたかがこのイエティみたいな奴を倒すためだけにここに来たわけではないということだよな。
僕が今ここで成し遂げなければならないのは認知度の上昇!
そしてそれを基盤にした僕の、僕のためだけのチヤホヤ軍団の設立!
だから4の『一番重要な、戦いながら僕の可愛くてかっこいい姿をどうアピールする!』をどうするかが重要だ。
僕はチラッと奴の位置を確認するように見せかけて、さっきからずっと僕を撮っているダンジョンカメラとコメントウィンドウを横目で確認した。
予想通りコメントウィンドウはめちゃくちゃ盛り上がっていた。
心配するコメントと応援するコメントでギッシリの画面。
鈴ねーの僕を心配するコメントと、僕が入ってきた隠し通路を鈴ねーが探しているという報告も見えた。
うーん。鈴ねーにはちょっと悪いな。マジで心配しているし。少し良心が痛む。後で穴埋めで何かプレゼントでもしてあげようかな。だけど鈴ねー、隠し通路を探すのは少しゆっくりにしてね。無事にこいつを倒して出ていってみせるからさ。
とにかく注目を集めるのは完璧に成功したと言っても過言ではないだろう。しかし。
それだけじゃダメだ。僕は欲張りな九尾の狐様だからね。
僕は得られるものは全て手に入れないと気が済まない性格なのだ。
たかがこの程度で満足するつもりはない。
自由と目標を達成するためなら多少の損害を甘受すること、それも僕というものだ。
なのでしっかりと雰囲気が盛り上がってきたと思った僕は、すぐに次の計画へ移ることにした。




